国内外を旅して風景や人、土地の文化を撮影するフォトグラファー、飯田裕子。独自の視線で切り取った、旅の遺産ともいうべき記憶を写真と言葉でつづる連載、第2回

TEXT AND PHOTOGRAPHS BY YUKO IIDA

 長崎港からジェットフォイルに乗り、冬の海を上五島へ渡った。「上五島」とは五島列島の主要5島のひとつ、中通島(なかどおりじま)や若松島など五島列島の北部一帯を指す。前線の影響だろうか、低く垂れ込めた雲のあいだから、まるでカーテンのドレープのように光の筋が海面を照らす。神々しい景色を横目にしつつ、うたた寝をしてしまい、気がつくと鯛ノ浦港に着いていた。

画像: 遠藤周作『沈黙』の舞台とされる長崎の外海地区から西の海を眺める。信徒たちは、ここから密やかに五島列島へと船出した

遠藤周作『沈黙』の舞台とされる長崎の外海地区から西の海を眺める。信徒たちは、ここから密やかに五島列島へと船出した

 オレンジ色の西日が長い影を作り、小さな港の風情を引き立てていた。島の人たちに混ざって下船し、レンタカーで曲がりくねった島の道をゆく。上五島には29もの教会が点在し、その中で世界遺産認定を受けたのが、「頭ヶ島(かしらがしま)の集落」にある頭ヶ島天主堂である。頭ヶ島天主堂は全国でも珍しい石造りで、その石は対岸の島から船で運ばれ、信徒自らが建設労働に参加して教会を建設した。ここに暮らすのは、切支丹禁教の弾圧から逃れるため、長崎の沿岸部から暗闇に小舟を出して逃れ、急峻な斜面に細々と畑を耕し信仰とともに暮らしてきた人々の末裔だ。今も「隠れキリシタン」の当時のまま信仰を変えず、クリスマスにはブリ大根で祝う集落もある。

 国の重要文化財のひとつ、煉瓦造りの青砂ヶ浦(あおさがうら)天主堂は海を少し見下ろす高台にある。教会のドアは基本、いつでも誰にでも開かれている。脇の入り口で靴を脱ぎ、敬意を胸に堂内へ足を踏み入れた。沈みつつある太陽の光がステンドグラスを透過し、白壁をスクリーン代わりに色と柄を映し出している。教会内のあちこちに投影された影は夢の中のような美しさだ。丸い柱には彫刻が施され、アーチ状のリブ・ヴォールト天井に向かって伸びている。

画像: 煉瓦造りの青砂ヶ浦天主堂の内部は三層式リブ・ヴォールト天井。長崎の教会建築に生涯を捧げた鉄川與助の秀作だ 青砂ヶ浦天主堂 住所:長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷1241(青方港より車で約10分) 拝観時間:9:00~17:00(日曜9:00~、第2日曜7:00~はミサのため拝観不可)

煉瓦造りの青砂ヶ浦天主堂の内部は三層式リブ・ヴォールト天井。長崎の教会建築に生涯を捧げた鉄川與助の秀作だ

青砂ヶ浦天主堂
住所:長崎県南松浦郡新上五島町奈摩郷1241(青方港より車で約10分)
拝観時間:9:00~17:00(日曜9:00~、第2日曜7:00~はミサのため拝観不可)

画像: 青砂ヶ浦天主堂のクリスマス・ミサ。真摯に祈る姿が光の中に浮かんでいた

青砂ヶ浦天主堂のクリスマス・ミサ。真摯に祈る姿が光の中に浮かんでいた

 長崎の教会建築を語る上で、核になる需要な人物が鉄川與助だ。與助自身は上五島出身で仏教徒だったが、日本布教に人生を捧げたフランス人のマルク・マリー・ド・ロ神父を師として仰ぎ、見たこともない教会を作る技を一心に磨き続けたという。信徒は長いあいだの弾圧により、教会を作ることすらもちろん許されなかったが、懸命に漁や仕事に励み、建設資金を蓄えた。やがて1873年(明治6年)に禁教令が廃止。長崎各地から依頼を受けて教会建築に携わった与助は、生涯で34棟もの教会を建造した。同じく中通島にある冷水(ひやみず)教会は與助の処女作となった教会で、今なお修復を繰り返し、信徒たちに大切に使われている。

画像: 手作りのクリスマス・イルミネーションに彩られる冷水教会 冷水教会 住所:長崎県南松浦郡新上五島町網上郷623-2(青方港より車で約10分) 拝観時間:9:00~17:00(第2日曜9:00~はミサのため拝観不可)

手作りのクリスマス・イルミネーションに彩られる冷水教会

冷水教会
住所:長崎県南松浦郡新上五島町網上郷623-2(青方港より車で約10分)
拝観時間:9:00~17:00(第2日曜9:00~はミサのため拝観不可)

 中通島は、その形も十字架を彷彿とさせるから不思議だ。「静けき真夜中、星はひかり、救いの御子は、み母の胸に眠りたもう」――。静謐なクリスマスの夜、蝋燭の灯火がわらに包まれた幼子の像を照らす。ベールを被った女性、子どもたち、日焼けした漁師さんらが集い、慎ましやかなイブのミサが始まった。信仰の灯火は受け継がれてゆく。ミサの最後には神父様から聖体拝受がある。クリスチャンでない私も頭を垂れ、神父の掌の暖かさを頭上に感じつつ「祝福」を授かった。

飯田裕子
写真家。1960年東京に生まれ、日本大学芸術学部写真学科に在学中より三木淳氏に師事。沖縄や南太平洋の島々、中国未開放地区の少数民族など、国内外の“ローカル”な土地の風景や人物、文化を多く被写体とし、旅とドキュメンタリーをテーマに雑誌、PR誌で撮影・執筆に携わる。現在は千葉県南房総をベースに各地を旅する日々。公式サイト
長崎の教会と聖地を、歴史を織り交ぜながらグラフィックに紹介する『長崎の教会』(吉田さらさ著)では撮影を担当している

 

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