国内外を旅して風景や人、土地の文化を撮影するフォトグラファー、飯田裕子。独自の視線で切り取った、旅の遺産ともいうべき記憶を写真と言葉でつづる連載、第6回

TEXT AND PHOTOGRAPHS BY YUKO IIDA

「ブラ!」
 これがフィジーの挨拶。語感の明るさやリラックス感は、そのままフィジーのイメージに直結している。「ブラ!」大きな体のフィジー人が満面の笑顔で呼びかけてくる。すると、旅人の自分にも気分が伝染し、数日滞在して気がつくと、笑顔で「ブラ!」と挨拶を交わしている。「フィジー」とは「偉大な、大きな」という意味だという。この国の人々の大きさやおおらかな雰囲気は、まさにその言葉どおり。そしてフィジーは、世界で一番「幸せ」を感じていると答えた人が最も多い国としても知られている。

画像: いにしえの戦士に扮した男たち。ブラ! フィジーの挨拶は元気がいい

いにしえの戦士に扮した男たち。ブラ! フィジーの挨拶は元気がいい

 そもそも私はフィジーとの縁が深く、出会ってから、かれこれ30年近くになるだろうか。太平洋の島々の営みや人に惹かれた30代の頃、フィジーと日本のあいだに直行便が飛び始めた。初めて訪れたのは、フィジーの「マナ島」というリゾート。到着初日の夜に「酋長に挨拶に行かなくてはならない」と言われ、暗い夜道を歩き、村を訪ねた。

 ランタンの灯りだけのほの暗い部屋にはパンダナスの葉で編んだマットが敷かれ、そこにデンと酋長と取り巻きの男たちが座っていた。「ブラ!」と挨拶を交わし、カヴァと呼ばれる伝統的なもてなしの飲料を、茶の湯の儀式のように丁重にふるまわれた。

画像: 村へ入る前の通過儀礼、カヴァの儀式。リラックス効果が高い

村へ入る前の通過儀礼、カヴァの儀式。リラックス効果が高い

 カヴァは、胡椒科の植物の根を乾燥させ、粉末にしたものを水で溶かした飲料で、口中に少し痺れるような感覚がある。鎮静やリラックス効果があるとされ、アルコールのない南太平洋では、白熱しやすい酋長会議などで酒の代わりにカヴァを酌み交わしながら、延々と議論が交わされてきたという。

 カヴァのおかげで私もだんだんリラックスしてきた頃、酋長の口から、島の名前である「マナ」の意味が告げられた。マナとは生命の息吹を指し、宇宙万物全てに宿っている命の源ようなものである、と。帰路、満天の夜空の星を眺めながら、目には見えないエネルギー、「マナ」の存在を想像してみた。

画像: 波の音をBGMに星空を仰ぐ。南十字星も瞬き出した

波の音をBGMに星空を仰ぐ。南十字星も瞬き出した

 今回は10年ぶりに訪れたが、今もフィジーの夜空はその頃と変わらない。直行便で8時間半の夜間飛行。夜明けとともに現地へ着くと、思い切りトロピカルな空気に包まれた。まずはラキラキ村のボリボリ・ビーチ・リゾートへと向かう。「ラキラキのボリボリ、ブラ!」――いったい何のこと? と言いたくなる不思議な響きだ。余談だが、日本語にもある「キラキラ」とか「モシモシ」といった重複音は、太平洋の言語からの影響であるとも指摘されている。

 ボリボリ・ビーチ・リゾートがある岬の縁は、緑濃いマングローブに覆われていた。その豊かな土地に比例して、海の中の豊かさも計りしれない。早速ボートでイルカウオッチングに出かける。特定の海域にボートが入ると、すぐにスピニードルフィンたちが船に沿って泳いできた。まるで誰かが「遊ぼうよ!」と声をかけたみたいに、四方八方からイルカが集まってきては船首にまとわりつき、競争したり、ジャンプしたりして遊ぶ。青い海の遠くに眺める島にかかった雲までが、楽しそうに笑っているように見えるから不思議だ。「今日は運がついてるよ! イルカに会えないときもあるからね」と船頭のフィジアンが言う。

画像: 南太平洋の青い海と緑の島、イルカたちにとっても楽園だ

南太平洋の青い海と緑の島、イルカたちにとっても楽園だ

 ボートにはダイビング器材も積んであり、大きくて優しいフィジー人が海の中へ誘ってくれる。私もフィジーで体験ダイビングをしたことがあった。フィジー人の心強いガイドで初めての海中世界の緊張が解かれ、安心して海中散歩ができたことを思い出す。海の中は極彩色のソフトコーラルが揺れる竜宮城のようだった。フィジーでは、大型のサメとも楽しく安全に邂逅ができるという。サメでさえフィジーでは「幸せモード」らしい。それはバランスのとれた生態系が生き生きと循環している証しだ。

 いつもフィジーでは、文明社会で身につけた心の殻を脱ぎ捨てて、真っさらな子どもに還ったようになれる自分がいる。自然の豊かさが、動植物だけでなく人の気持ちまでリラックスさせてくれるのだ。「この地球で、安心していなさい」とでも言われたかのように。「今、この時」を幸せと素直に思える感性が培われ、その結果が、世界一幸せだと人々が自覚する国であることにも繋がっているような気がした。

 

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