BY TOSHIE TANAKA, PHOTOGRAPHS BY TAISHI HIROKAWA

ブータンに仏教をもたらした聖人が瞑想したといわれる標高約3,000メートルの場所に建てられたタクツァン僧院。タクはトラ、ツァンは隠れ家の意味
機体が山肌すれすれをスラロームするかのように降下する。このエキサイティングな着陸が“幸せの国”ブータンの旅のはじまりとなる。日本からタイ国際航空で飛びたち、バンコクでブータン国営エアラインに乗り換える。提携によりトランジットでも荷物はブータンまでスルーだ。私がこのヒマラヤの麓に位置する小国を訪れるのは、今回で11回目になる。しかし旅のはじめに目にする光景と、胸に去来する思いは、回を重ねても変わることがない。

東京―バンコク線のエアバスA380のファーストクラス。旅客機最大規模の広々とした専用空間と安定感のある快適なシート。そして微笑みの国のホスピタリティが優雅なフライトを実現

ビジネスクラスの機内食より。和、洋のほかタイ料理のセットメニュー「サムラップ」も。黒豚ポークのパネンカレー、ガイヤーン(焼き鳥)など本格的なタイの味を機上でも楽しめる
2006年、雑誌の取材ではじめてこの国を訪れた。当時まだ情報も少なかったブータンで思うように物事が進んでいなかった私たちだが、偶然、ひとりのブータン人の青年と出会う。彼の献身的なサポートのおかげで事態は好転、無事に取材を終えることができたのだった。
旅においての第一印象はどこであれ重要なものだが、私のブータンのそれは、この彼との出会いによるところが大きい。決め手となったのは、別れ際に投げかけられた言葉だ。よくある「SEE YOU」や「KEEP IN TOUCH」ではなく、「LOVE YOUR LIFE」。自分の人生を愛しているかーー。それまで、そんなことを自問したことがなかったからだろう。この言葉が胸に響き、気づけば十数年にわたり、繰り返しブータンを訪れるようになっていた。
今回は、2019年春に誕生したばかりのシックスセンシズ ブータンのロッジ3カ所を拠点に、雨季のブータンを巡る。旅行者がまず降り立つのは、唯一の国際空港のある西部の町・パロである。断崖絶壁に建てられたタクツァン僧院や、最古の寺院のひとつであるキチュ・ラカンがある、チベット仏教への篤い信仰心を感じられる土地だ。なかでも、切り立った岩壁に立つタクツァン僧院は、ブータンの人々が一生に一度は参拝したいと願う聖地。そこへ至る道は登山となり、所要時間は3~4時間。巡礼者も観光客も一緒に歩いて進むが、この国の人々にとっては、この行為もまた“祈り”なのである。
“幸せの国”といわれるブータンは、GNHというユニークな政治理念を掲げる。GNHとは、Gross National Happiness(国民総幸福量)の略で、先代の国王の「GNHはGDP(国内総生産)より重要だ」という発言に端を発しているといわれる。現在、政府は、GNHを成り立たせるための4つの柱を、“持続可能で公平な社会経済開発”“環境保護”“文化の推進”“良き統治”と定義づけている。さらにGNHの進捗状況を確認するためのさまざまな指標を、9つの分野にわたり定めている。“心理的な幸福”“国民の健康”“教育”“文化の多様性”“地域の活力”“環境の多様性と活力”“時間の使い方とバランス”“生活水準・所得”“良き統治”である。また国がGNH追求のため力を尽くすことは憲法にも明記されているのだ。
ブータンでは教育費と医療費は無償であるが、これもGNHの理念を起点としているといえる。健康も教育もすべからく享受でき、それに対する不安が少ないことは、人々の暮らしの中に幸福への近道を提示するものになるはずだ。

シックスセンシズ ブータンのパロ・ロッジのゲート。カターと呼ばれる敬意を表すスカーフ(各ロッジで色が異なる)を手に、ゲストを迎える
国土の広さは九州くらいだが、白銀の峰から亜熱帯の密林まで、多様な自然環境が広がるブータン。ほとんどの集落は山間の谷に形成されており、それぞれが山に遮られていることで独特の文化が育まれている。つまり一カ所を訪れるだけでは、この国の多様性に富む魅力を知るには至らない。ホッピングしながらそれぞれの谷を訪れるのがブータンの旅の定番スタイルである。シックスセンシズ ブータンもホッピングの旅ができるよう建設、計画されている。パロ、首都ティンプー、古都プナカに3つのロッジが点在。ガンテ、ブムタンにもオープン予定だ。

客室やレストランからの眺望は壮大で素晴らしい。パロ・ロッジの浴室からもこのとおり

シックスセンシズ ブータンでは多彩なアクティビティがあり、パロでのエクスカージョンでは近隣の農家でローカルフードのランチを楽しめる。トウガラシをチーズで煮込んだエマダツィほかブータンの家庭料理