その起源を「ソロモン王とシバの女王」の伝説に遡り、“世界最古の国”とも称されるエチオピア。独自の伝統と鮮やかな文化が息づくこの地への旅は、さながら古代へのタイムトラベルのようだ

TEXT & PHOTOGRAPHS BY WALTER GRIAO, TRANSLATED BY SHINJIRO MINATO

 遡ること約15年前、私がまだ18歳だった頃。ブラジル・サンパウロのパウリスタ通りにある本屋に入った時のことを今でも覚えている。当時は「世界をもっと知りたい」という気持ちを強く抱いていたこともあり、ふと一冊の歴史書を開くと、ラリベラ(北エチオピア、アムハラ州の町)の岩窟教会群が目に飛び込んできた。

 そして今、私はたくさんの草花に囲まれた、あるホテルの屋上に立っている。あの時、本で目にしたラリベラに今まさに自分がいて、山の間に沈む夕日を眺めているのだ。
 そんな夢の実現に思いを馳せる一方で、ここエチオピアでは治安維持を理由に政府が一時的に電気とインターネット回線を制限していた。携帯の充電がなくなり、私はオンライン空間からすっかり隔絶されてしまった。

 夕日が最後の光を大地に投げかけると、やがて月がのぼり、薄暗い路地やホテルの誰もいない廊下を銀色の光で照らしはじめる。非常用発電機のおかげで、街のところどころで小さな電灯がぼんやり光っている。そんな光景すらも、まるで、ここエチオピアの人々の慎ましやかな生活を象徴しているかのようで、魅力的に映る。

画像: 地元の人々が木の下で会合を開く様子。美しく慎ましやかな印象を受ける

地元の人々が木の下で会合を開く様子。美しく慎ましやかな印象を受ける

 今回の滞在では多くの時間を地元のガイドと一緒に過ごした。彼は屈強なエチオピアの若者で、ヨーロッパからの要人のアテンドもするという。道中、彼が話してくれた中で、とても気に入った話を紹介したい。祭りの日におこなわれる、あるロマンチックな伝統行事についてだ。

 祭りの日、地元の若い女性たちは綺麗に着飾り、エチオピアではよくあるカラフルな傘をさして街に出かける。一方、男性たちは、もしお気に入りの女性を見つけたらその子の気を引くために、ある行為をおこなう――気になる女性がさしている傘めがけて、小さなライムを1つ投げるのだ。もし女性がニッコリと振り向き、地面に落ちたライムを拾い上げたら“OK”の合図。そのあとは女性が、その彼を家に招いて、デートをしてよいか両親に許可を求めるそうだ。

 電気がつかないホテルから始まった今回のエチオピアの旅は、この素敵な話とどこかつながっているような気がした。一見、けっして豊かとは言えない不便な生活の中にこそ、自分が暮らす環境では感じることのできないシンプルで美しいものが存在している。ラリベラから、エチオピアの首都であるアディスアベバへと移動する道中、そんな考えが脳裏から離れなかった。エチオピアはアフリカの中で唯一、植民地化を拒み独立を保ち続けた国でもある。

LALIBELA(ラリベラ)

 エチオピアの首都、アディスアベバから飛行機で約1時間ほどのところにあるラリベラ。上空から岩山を見下ろすと、こんな人里離れたところに、地球上で最も素晴らしい場所のひとつが存在するなんて、とても信じられない。
 ラリベラは岩山を切り出して造られた教会群が有名で、それらは12~13世紀、ザグウェ朝のラリベラ王の時代に約20年間かけて建造されたという。その独特な施工法の建築学的な価値と、歴史的重要性が認められ、1978年、ユネスコによって世界遺産に指定された。

画像: 世界遺産に認定された「ラリベラの岩窟教会群」のひとつ、「ギョルギス教会」。巡礼者たちが祈りを捧げている

世界遺産に認定された「ラリベラの岩窟教会群」のひとつ、「ギョルギス教会」。巡礼者たちが祈りを捧げている

 日曜日の朝6時、真っ白なチュニックを身にまとい、岩窟教会群へと向かう信者たちについていった。教会横の丘の上に立ち、彼らが巡礼する様子を何時間も眺める。全身全霊を尽くした礼拝、スピーカーから聞こえてくる神聖な賛美歌。その光景が、驚くほど美しい。

画像: 助祭たちが司祭に向けて聖典を開いている

助祭たちが司祭に向けて聖典を開いている

 それから巡礼者たちとともに、教会内の聖地を巡った。複数の教会が互いに隣接し、トンネルでつながっている棟もあるので、隣の建物に移るために、わざわざ地上に出なくて済むのだ。どの部屋も隅で大勢の信者たちが身を寄せ合い、深い祈りを捧げている。建物の内外からは、太鼓の音に合わせて賛美歌が聞こえてくる。そのあまりにも神々しい光景の前に、思わず何度も立ちすくんでしまう。

画像: 「マドハネ・アレム聖堂」 建物が大きく荘厳で印象的。「マドハネ・アレム」は「救世主」を意味する

「マドハネ・アレム聖堂」
建物が大きく荘厳で印象的。「マドハネ・アレム」は「救世主」を意味する

 岩の壁を彫った窓のいくつかは、キリスト教のシンボル(十字架やマリア像など)が模られ、扉は巨木の幹から切り出したもので、とても大きい。また、石の床は、どこもアフリカ特有の文様の長くて美しいタペストリーが敷いてあり、祀られる聖遺物には、直接人目に触れぬよう、色彩豊かな掛け布が壁から下げられている。

画像: 教会の内部。聖遺物には直接人目に触れぬよう、壁から色彩豊かな掛け布が下げられている

教会の内部。聖遺物には直接人目に触れぬよう、壁から色彩豊かな掛け布が下げられている

 また、いたるところにエチオピア正教会やカトリック起源の宗教画が飾られており、キリスト、マリア、聖人、天使などが描かれている。各教会には、伝統的な祭服をまとい十字架を持った専属の司教がおり、聖書が置かれた祭壇が設けられている。ここにいると、まるで現代のデジタル社会とはまったく無縁の遠い昔にタイムスリップしたような感覚に襲われる。

画像: キリスト教の宗教画にも、アフリカ模様のタペストリーが描かれている

キリスト教の宗教画にも、アフリカ模様のタペストリーが描かれている

<STAY>

ROHA HOTEL(ロハ ホテル)
 ラリベラの街で最も大きなホテル。素朴な外装に伝統的な装飾が施されており、庭の近くにはレストランとバーが併設されている。少し歩いた所にたくさんの名所旧跡があり、ロケーションもとても良い。

 大きめのベッドが置いてある寝室は広々としていて、壁はアフリカ部族の模様で装飾されている。しかもプライベートバス付きだ。屋上に上がれば夕日が沈むのを見ることができ、その光景はラリベラでの忘れられない体験となるだろう。
http://rohahotel.com

画像: ロハ ホテルのロビー

ロハ ホテルのロビー

画像: ロハ ホテルの食堂

ロハ ホテルの食堂

<SEE>

OPEN MARKET(オープン マーケット)
 想像してみて欲しい。ラリベラ中のいたるところからあらゆる人々が集まり、シートの上に野菜や穀物、木の実、服、食べ物を広げて売っているのだ。扱う商品によって区画が分かれており、ロバのような家畜を扱っているところすらある。商品はお金で買うこともできるし、場合によっては物々交換することもある。大勢の人たちがそこら中を歩き回り、大声で客寄せや交渉をする…… とてもエネルギッシュで活気に溢れた魅力的な場所だ。

 個人的におすすめしたいのは、エチオピアの蜂蜜酒「タッジ」を作るのに使われる自家製のハチミツと、この地で最も一般的な料理「インジェラ」に使われる穀物の種だろう。

画像: ラリベラで週末に開かれるオープンマーケット

ラリベラで週末に開かれるオープンマーケット

<EAT>

INJERA(インジェラ)
 伝統的な料理「インジェラ」の材料は、“テフ”という穀物で、栄養価が非常に高く、タンパク質、カルシウム、食物繊維、鉄分などを含んでいる。またグルテンフリーなため、世界中でキヌアと同じくらい好まれ消費されている。

 まず、テフの粉を水で溶いたものを発酵させ、鉄板の上でクレープ状に焼く。エチオピアではほぼ毎食これが出され、インジェラで他の料理を包んで食べるため、フォークやナイフなどは基本的に使わない。私が参加した食卓では、植物で編んだ大きなザルの上にテフがのせられ、美味しく調理された辛いレンズ豆、ヒヨコ豆、そのほか野菜中心の料理が一緒に並べられていた。

画像: エチオピアの主食でもあるインジェラ。テフの粉を水で溶き、発酵させて作った生地をクレープ状に焼き上げる

エチオピアの主食でもあるインジェラ。テフの粉を水で溶き、発酵させて作った生地をクレープ状に焼き上げる

画像: 野菜や豆などを煮込んだ具材をのせて食べる

野菜や豆などを煮込んだ具材をのせて食べる

 エチオピア料理は、エチオピア正教会の影響が大きく、宗教上の理由でヴィーガン指向だ。毎週水曜日と金曜日は断食の日で、文字通りの“断食”というよりは、動物性の食事を避けるべきだとされている。そのため、街の食堂にはヴィーガンメニューが充実しているのだ。

ADDIS ABABA(アディスアベバ)
 開発途上国の首都でよくみられる光景だが、ここアディスアベバも交通量が多く、建設中の建物が建ち並び、道は人でごった返している。経済成長率の高さは、他のアフリカ諸国と比べてとても顕著だ。

 たくさんの歴史的記念物があるが、その中でも「エチオピア国立博物館」には考古学的にも価値の高い物が多く所蔵されている。そのうちのひとつに、有名な化石人骨「ルーシー」があり、人類の二足歩行に関する謎を解明する貴重な資料とされている。

画像: エチオピア国立博物館

エチオピア国立博物館

 また、この街には「メルカート」という、雑然としつつも美しい市場がある。区画は細かく分かれているが、中でも「プラスチック・リサイクル」というエリアがおすすめだ。ここには、小さなペットボトルから大きなポリタンクまで、大量のプラスチックゴミが高く積み上げられており、作業員たちがゴミの山の中から仕分けをおこない、使えるものをサンダルとしてリサイクルする。このおかげで、国内の人々が安く履物を買えるようになったという。またここでの収益の一部は、エチオピアの他の地域や、他のアフリカ諸国に寄付される。

<STAY>

SHERATON ADDIS HOTEL(シェラトン・アディス)
 かつて植民地だった地域でよく見られるような正統派なヨーロッパ調のホテル。モダンな雰囲気に、アフリカの洗練された文化が織り交ぜられている。空港から20分ほどのところにあり、丘の頂上という立地で、部屋から街を見渡すことができる。
 居心地の良い寝室、プール、スパに、各国料理を出すレストランとバーが各2軒ずつある。エチオピアでの旅のスタートを切り、また締めくくるにはもってこいの場所だ。
www.marriott.co.jp

ETHIOPIA COFFEE(エチオピアコーヒー)
 エチオピアといえば、“コーヒー発祥の地”という説があるほど、コーヒーの歴史と深く長い関りがある。現在では、コーヒーの生産は国の主な産業となり、生産量はアフリカでトップ。しかもその半分は国内消費だという。そんなコーヒー文化と切っても切れない彼らの伝統的な習慣のひとつに「コーヒー・セレモニー」がある。冠婚葬祭や大切な客人を招く際に、コーヒー・セレモニーを執り行い、感謝の意を示す。たとえるなら、日本の「茶道」に似た、一連の作法によってコーヒーをふるまうエチオピア流の“おもてなしの流儀”だ。

画像: 招かれたゲストには、コーヒーを待つ間にポップコーン、ケーキ、パンやその土地のお菓子などがふるまわれる。蜂蜜酒「タッジ」を飲む人も

招かれたゲストには、コーヒーを待つ間にポップコーン、ケーキ、パンやその土地のお菓子などがふるまわれる。蜂蜜酒「タッジ」を飲む人も

 セレモニーは通常、裾と袖にだけ色のついた白いドレスを着た女性によって執り仕切られる。はじめにアロマハーブを焚き、次に鉄板に水とコーヒーの生豆を入れる。ストーブの上で沸騰させて生豆を洗い、水が蒸発したらそのまま豆を煎る。薄皮が取り除かれるにつれて、豆は黒く光沢が出てくる。その頃には豆の豊かな香りが漂ってくるのを感じるだろう。三煎めまで淹れるのが正式な作法とされている。

画像: コーヒーセレモニー。最初に乳香(フランキンセンス)などで作られたアロマハーブを焚く

コーヒーセレモニー。最初に乳香(フランキンセンス)などで作られたアロマハーブを焚く

画像: 茶器はお湯で温めておく

茶器はお湯で温めておく

画像: 生豆はお湯で洗い、煎りながら薄皮を取り除く

生豆はお湯で洗い、煎りながら薄皮を取り除く

画像: 薄皮がなくなり、豆が黒くなりはじめたら、ゲストはその香りを味わう

薄皮がなくなり、豆が黒くなりはじめたら、ゲストはその香りを味わう

 コーヒー豆は「ジャバナ」と呼ばれる素焼きのポットの中に入れ、陶製の小さいコップにふるまわれる。一連の作法が単に美しいだけでなく、五感すべてを心地よく刺激するように構成されている。

画像: 焙煎後、細かく挽いた豆とお湯を「ジャバナ」と呼ばれる素焼きのポットに入れて、コーヒーを淹れる

焙煎後、細かく挽いた豆とお湯を「ジャバナ」と呼ばれる素焼きのポットに入れて、コーヒーを淹れる

画像: ソーサーの上に乗せられたコーヒーノキの葉をコーヒーの中に入れ、葉と混ざり合う香りを楽しむ人も

ソーサーの上に乗せられたコーヒーノキの葉をコーヒーの中に入れ、葉と混ざり合う香りを楽しむ人も

<EAT>

TOMOCA COFFEE(トモカ コーヒー) 
 エチオピアに来てから訪れたコーヒーショップの中で、最もこだわりのある店だと言っていいだろう。街の中心部にあるが、目印が小さいこともあり、まったく目立たないので見つけるのが困難だ。店に入ると、エチオピア産のアラビカ豆を使用したイタリアンスタイルのコーヒーを提供してくれる。

画像: トモカ コーヒーにて (左より)カフェラテ、ブラックコーヒー

トモカ コーヒーにて
(左より)カフェラテ、ブラックコーヒー

 内装もイタリアの古い食堂をイメージしており、壁には店の歴史がわかる写真がたくさん貼られている。店内でブラックコーヒーかカフェラテを飲むことはもちろん、さまざまな種類のコーヒー豆をグラム単位で買うこともできる。

画像: トモカ コーヒーの店内

トモカ コーヒーの店内

 エチオピアには、他にも「ダロル火山」、「シミエン国立公園」、少数民族が暮らす「オモ渓谷」など訪れるべき場所がたくさんある。この国で過ごした日々は、他では体験できないような驚きの連続だった。2000年以上も前の歴史的遺物とともに、この地にしかない歴史や神話、そして文化が至るところに、いまだ存在するのだ。訪れる者の心の扉を開き、古代との繋がりや自国の文化との違いを心から味わわせてくれるだろう。

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.