BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
《STAY》「赤城宿(あかぎしゅく) 清芳山荘-seihou」
陰翳礼讃にたゆたう由緒ある数寄屋造りの宿
市街地から車を走らせること30分、緩やかな斜面が続く牧歌的な情景を描く赤城山の南麓。この地に宿場町のような温もりを灯したいという想いから、2024年春に「赤城宿」と総称される3軒の宿泊施設が誕生、この7月にグランドオープンを迎えた。プロジェクトを手がけたのは、山梨県を中心に古民家の再生を手がける「るうふ」。代表の保要佳江さんは「眠っていた建物を再生することは、建造物の個性に風土の味わいを加えてデザインすることが大前提。その上で水回りや空調面においては快適性を高めることも大切な要素です」と語る。
まずご紹介するのは、「赤城宿」で最も古い建物となる「清芳山荘」だ。こちらは元日本銀行副総裁の木村清四郎氏が麻布に建てた別邸で、創建は1913年。大正時代まで遡る。幾度かの増改築を繰り返し、前橋の旧家である江原本家が譲り受け、1985年に赤城山の南麓に移築。江原本家の初代・江原芳平氏の名前と、元の持ち主の名前の頭文字を組み合わせて「清芳山荘」と名付けられた。この文化財のような「本館」の奥には、築140余年の2棟の蔵が建つが、いずれも長きに渡り実際には使われてはいなかったが、「赤城宿」プロジェクトの始動によって、格調高い建造物は眠りから覚め、人の息吹が通う一棟貸しの宿として生まれ変わった。
「本館」の玄関をあがると、40畳という広さを誇るリビングの存在感に思わず息を呑む。正統派の書院の間と畳廊下をひとつなぎとした静謐な空間は、柱や長押の材からも上質さが伝わり、欄間や天井に至っても端正な仕事が見て取れる。波打つ手延べ硝子越しに、ふと庭を眺めると午後の陽光が一層優しく感じられた。目を凝らすと、希少な硝子戸の外側をサッシが覆う。これこそが建物の情緒を保ちながら、断熱性を高める工夫といえる。また、寝室は当時の壁の一部と調和するように、柿渋染めの和紙で古色漂う内装へと整えられている。さらに浴室は、畳廊下とつながるかのように防水畳を敷き詰め、浴槽は清潔な檜風呂に一新。歴史が紡いだ趣を礎としながら、現代的な感性が随所に注がれている。
威風堂々とした「本館」に対し、築140余年の2棟の蔵は「質庫」「奥庫」と命名され、蔵ならではの“お篭もり”感を楽しむ設計に。1階にはコンパクトなキッチン&ダイニングと水回りを配し、天井の梁が剥き出しになった2階は寝室とした。音が響く蔵の特性を活かしてホームシアターやレコードプレイヤーなどの設備も充実。元々の蔵に残っていた古材や階段箪笥を配した和モダンな演出が際立つ。往時の建物をリスペクトしながら、この地に縁を結んだ品格の宿で特別な時間を過ごしたい。
住所:群馬県前橋市富士見町赤城山1825
電話:055-244-3895
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《STAY》「赤城宿The RURA(ザ・ルーラ)」
森に溶け込む瀟洒なカントリーハウス
続いて紹介するのは、「赤城宿」で唯一の洋館スタイルとなる「The RURA」だ。前橋出身の元フェラーリのレーシングドライバー太田哲也氏の家族の別邸として建てられた後、市へ寄贈されたというプロフィールを持つ。落ち着いたイギリス調の佇まいや個人邸のコージーな雰囲気はそのままに、エントランスや寝室の壁をモダンなトーンにお色直し、現代的なセンスが薫るカントリーハウスへとアップグレードされた。
この宿の一番の魅力は、快適さを保ちながらアウトドア気分を楽しめることだ。リビングとつながるテラスではバーベキューを楽しみながら、地元のクラフトビールを生ビールサーバーで味わえる。屋外に建つ本格的な薪式のサウナで存分に汗を流したらテラスの水風呂で整うも、敷地内を流れる浅瀬の小川で整うも自在な時間が過ごせる。小川で泳いだあとに、庭の東屋でシエスタに明け暮れるのも一興だ。3000㎡の森に溶け込む洋館では、誰もが大人の仮面を取り払い、童心にかえって夏休み気分に浸ることが叶う。
住所:群馬県前橋市富士見町小暮1498-20
電話:055-244-3895
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《STAY》「赤城宿 珠蕾山荘-syurai」
プライベート旅館のような隠れ家
最後にお目にかけるのは、大手流通企業として知られるベイシアグループの研修施設として創建された「珠蕾山荘」だ。「珠蕾」とは漢詩「梅花詩」に由来。赤城山の風雪を耐え抜いて可憐に花開く梅の逞しさになぞらえて命名されたという。詩情溢れる名を冠した館は、建築的にも見所があり、まるで高級旅館と見紛うようだ。門を抜けると館の名に因んで植えられた梅のシンボルツリーに迎えられ、建物までは流麗な石段のアプローチが続き、その先に広大な芝生の前庭を両手で抱くような左右対称の棟が建つ。どの部分を切り取っても日本画のような美意識に満ちている。
左右に広がる棟は、内側の施錠付きの扉で分けられ、向かって左が「華の間」、右が「蕾の間」となる。入り口は別々で、キッチンや内風呂、サウナ設備などもそれぞれ独立しているため、完全にプライベートな空間を保ちつつ、広々とした敷地の開放感も楽しむことができる。デザインで特筆すべきは、壁や天井に施した左官の手技である。躍動的な岩肌を想起させるダイナミックな内装が、端正な木造美と不思議と調和。独創的でありながらも落ち着いた風情に仕上げられている。
気になる食事は、希望に応じて柔軟なスタイルをチョイスできる。1棟貸しの宿の場合、基本的には自炊のスタイルが多いなか、こちらでも、「清芳山荘」同様に上州牛のすき焼きやしゃぶしゃぶのディナーが予約できる。朝食のオプションでは、野菜や魚の蒸篭セットの準備もあり、地元のワインやビールも揃う。さらに、自炊を希望する人のために、キッチンには器や調理器具、基本的な調味料を装備。連泊に際しては、地元のスーパーや道の駅で食材を集め、自己流テロワールを楽しむことも叶う。
「華の間」に2泊した今回は、1泊目はすき焼きディナーを、2泊目は取材先で買い求めた土地の食彩をシンプルに味わった。夕食後、庭に設えられた焚火台で薪を灯し炎見つめていると、この場所でしか出合えない“真夏の夜の夢”に包まれた。
住所:群馬県前橋市富士見町赤城山1841‐1
電話:055-244-3895
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