豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在。そんな“ローカルトレジャー”を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探す連載である。梅雨どきの晴れ間に向かったのは、近年アートの街としても注目が集まる群馬県前橋市。まずは、市街地を見下ろす今宵の宿へと案内する

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

画像: 端正な白壁に囲まれた「赤城宿 清芳山荘-seihou」

端正な白壁に囲まれた「赤城宿 清芳山荘-seihou」


《STAY》「赤城宿(あかぎしゅく) 清芳山荘-seihou」
陰翳礼讃にたゆたう由緒ある数寄屋造りの宿

画像: 書院の廻りに畳廊下を巡らせた贅沢な設計

書院の廻りに畳廊下を巡らせた贅沢な設計

 市街地から車を走らせること30分、緩やかな斜面が続く牧歌的な情景を描く赤城山の南麓。この地に宿場町のような温もりを灯したいという想いから、2024年春に「赤城宿」と総称される3軒の宿泊施設が誕生、この7月にグランドオープンを迎えた。プロジェクトを手がけたのは、山梨県を中心に古民家の再生を手がける「るうふ」。代表の保要佳江さんは「眠っていた建物を再生することは、建造物の個性に風土の味わいを加えてデザインすることが大前提。その上で水回りや空調面においては快適性を高めることも大切な要素です」と語る。

画像: るうふ代表・保要佳江さん。古民家を介して、その土地に根ざす文化や産業の活性化も見据えている

るうふ代表・保要佳江さん。古民家を介して、その土地に根ざす文化や産業の活性化も見据えている

画像: 築111年の年月を経たとは思えないほど古き良き面影が美しく保存されている

築111年の年月を経たとは思えないほど古き良き面影が美しく保存されている

 まずご紹介するのは、「赤城宿」で最も古い建物となる「清芳山荘」だ。こちらは元日本銀行副総裁の木村清四郎氏が麻布に建てた別邸で、創建は1913年。大正時代まで遡る。幾度かの増改築を繰り返し、前橋の旧家である江原本家が譲り受け、1985年に赤城山の南麓に移築。江原本家の初代・江原芳平氏の名前と、元の持ち主の名前の頭文字を組み合わせて「清芳山荘」と名付けられた。この文化財のような「本館」の奥には、築140余年の2棟の蔵が建つが、いずれも長きに渡り実際には使われてはいなかったが、「赤城宿」プロジェクトの始動によって、格調高い建造物は眠りから覚め、人の息吹が通う一棟貸しの宿として生まれ変わった。

画像: 窓の桟にまで幾何学的な意匠を施した当時の応接間を主寝室に

窓の桟にまで幾何学的な意匠を施した当時の応接間を主寝室に

画像: 新たに増設された浴室。瑞々しい庭を借景にバスタイムを楽しみたい

新たに増設された浴室。瑞々しい庭を借景にバスタイムを楽しみたい

「本館」の玄関をあがると、40畳という広さを誇るリビングの存在感に思わず息を呑む。正統派の書院の間と畳廊下をひとつなぎとした静謐な空間は、柱や長押の材からも上質さが伝わり、欄間や天井に至っても端正な仕事が見て取れる。波打つ手延べ硝子越しに、ふと庭を眺めると午後の陽光が一層優しく感じられた。目を凝らすと、希少な硝子戸の外側をサッシが覆う。これこそが建物の情緒を保ちながら、断熱性を高める工夫といえる。また、寝室は当時の壁の一部と調和するように、柿渋染めの和紙で古色漂う内装へと整えられている。さらに浴室は、畳廊下とつながるかのように防水畳を敷き詰め、浴槽は清潔な檜風呂に一新。歴史が紡いだ趣を礎としながら、現代的な感性が随所に注がれている。

画像: 夕食は上州牛や地元の卵を用いたすき焼きかしゃぶしゃぶのコースを選べる。素泊まりも可能

夕食は上州牛や地元の卵を用いたすき焼きかしゃぶしゃぶのコースを選べる。素泊まりも可能

 威風堂々とした「本館」に対し、築140余年の2棟の蔵は「質庫」「奥庫」と命名され、蔵ならではの“お篭もり”感を楽しむ設計に。1階にはコンパクトなキッチン&ダイニングと水回りを配し、天井の梁が剥き出しになった2階は寝室とした。音が響く蔵の特性を活かしてホームシアターやレコードプレイヤーなどの設備も充実。元々の蔵に残っていた古材や階段箪笥を配した和モダンな演出が際立つ。往時の建物をリスペクトしながら、この地に縁を結んだ品格の宿で特別な時間を過ごしたい。

画像: 外観は蔵そのもの。地面に敷き詰められている煉瓦は、富岡製糸場や東京駅にも使われていたものと同時期の貴重なもの

外観は蔵そのもの。地面に敷き詰められている煉瓦は、富岡製糸場や東京駅にも使われていたものと同時期の貴重なもの

画像: 堂々とした天井の梁が印象的な、落ち着いた寝室

堂々とした天井の梁が印象的な、落ち着いた寝室

住所:群馬県前橋市富士見町赤城山1825
電話:055-244-3895
公式サイトはこちら

《STAY》「赤城宿The RURA(ザ・ルーラ)」
森に溶け込む瀟洒なカントリーハウス

画像: 寝室から窓を彩る樹々の緑を眺めると、まるで森林浴をしているかのよう

寝室から窓を彩る樹々の緑を眺めると、まるで森林浴をしているかのよう

 続いて紹介するのは、「赤城宿」で唯一の洋館スタイルとなる「The RURA」だ。前橋出身の元フェラーリのレーシングドライバー太田哲也氏の家族の別邸として建てられた後、市へ寄贈されたというプロフィールを持つ。落ち着いたイギリス調の佇まいや個人邸のコージーな雰囲気はそのままに、エントランスや寝室の壁をモダンなトーンにお色直し、現代的なセンスが薫るカントリーハウスへとアップグレードされた。

画像: エッジイな浴槽を配したバスルーム。トップライトからの光も心地よい

エッジイな浴槽を配したバスルーム。トップライトからの光も心地よい

画像: エントランスの吹き抜け空間を彩るスタイリッシュなフォレストグリーン

エントランスの吹き抜け空間を彩るスタイリッシュなフォレストグリーン

 この宿の一番の魅力は、快適さを保ちながらアウトドア気分を楽しめることだ。リビングとつながるテラスではバーベキューを楽しみながら、地元のクラフトビールを生ビールサーバーで味わえる。屋外に建つ本格的な薪式のサウナで存分に汗を流したらテラスの水風呂で整うも、敷地内を流れる浅瀬の小川で整うも自在な時間が過ごせる。小川で泳いだあとに、庭の東屋でシエスタに明け暮れるのも一興だ。3000㎡の森に溶け込む洋館では、誰もが大人の仮面を取り払い、童心にかえって夏休み気分に浸ることが叶う。

画像: リビングとつながるテラスは屋根つきの設計で、天気の心配もいらない

リビングとつながるテラスは屋根つきの設計で、天気の心配もいらない

画像: イギリスのカントリーハウスを彷彿とさせる外観

イギリスのカントリーハウスを彷彿とさせる外観


住所:群馬県前橋市富士見町小暮1498-20
電話:055-244-3895
公式サイトはこちら

《STAY》「赤城宿 珠蕾山荘-syurai」
プライベート旅館のような隠れ家

画像: きっぱりとした白い暖簾が美しい

きっぱりとした白い暖簾が美しい

 最後にお目にかけるのは、大手流通企業として知られるベイシアグループの研修施設として創建された「珠蕾山荘」だ。「珠蕾」とは漢詩「梅花詩」に由来。赤城山の風雪を耐え抜いて可憐に花開く梅の逞しさになぞらえて命名されたという。詩情溢れる名を冠した館は、建築的にも見所があり、まるで高級旅館と見紛うようだ。門を抜けると館の名に因んで植えられた梅のシンボルツリーに迎えられ、建物までは流麗な石段のアプローチが続き、その先に広大な芝生の前庭を両手で抱くような左右対称の棟が建つ。どの部分を切り取っても日本画のような美意識に満ちている。 

画像: 広大な敷地に高低差を活かして設計された「珠蕾山荘」の全景 COURTESY OF LOOF

広大な敷地に高低差を活かして設計された「珠蕾山荘」の全景

COURTESY OF LOOF

画像: 「華の間」のリビングダイニングには暖炉も設られている

「華の間」のリビングダイニングには暖炉も設られている

 左右に広がる棟は、内側の施錠付きの扉で分けられ、向かって左が「華の間」、右が「蕾の間」となる。入り口は別々で、キッチンや内風呂、サウナ設備などもそれぞれ独立しているため、完全にプライベートな空間を保ちつつ、広々とした敷地の開放感も楽しむことができる。デザインで特筆すべきは、壁や天井に施した左官の手技である。躍動的な岩肌を想起させるダイナミックな内装が、端正な木造美と不思議と調和。独創的でありながらも落ち着いた風情に仕上げられている。

画像: 「蕾の間」はダイニング部分と畳敷きの居間、寝室がひと繋ぎの空間に

「蕾の間」はダイニング部分と畳敷きの居間、寝室がひと繋ぎの空間に

画像: 寝室を抜けるとサウナを設えたテラスへと続く

寝室を抜けるとサウナを設えたテラスへと続く

 気になる食事は、希望に応じて柔軟なスタイルをチョイスできる。1棟貸しの宿の場合、基本的には自炊のスタイルが多いなか、こちらでも、「清芳山荘」同様に上州牛のすき焼きやしゃぶしゃぶのディナーが予約できる。朝食のオプションでは、野菜や魚の蒸篭セットの準備もあり、地元のワインやビールも揃う。さらに、自炊を希望する人のために、キッチンには器や調理器具、基本的な調味料を装備。連泊に際しては、地元のスーパーや道の駅で食材を集め、自己流テロワールを楽しむことも叶う。

「華の間」に2泊した今回は、1泊目はすき焼きディナーを、2泊目は取材先で買い求めた土地の食彩をシンプルに味わった。夕食後、庭に設えられた焚火台で薪を灯し炎見つめていると、この場所でしか出合えない“真夏の夜の夢”に包まれた。

画像: こだわりのワインやチーズ、パンの物語は、Vol.2以降の連載にて紹介したい

こだわりのワインやチーズ、パンの物語は、Vol.2以降の連載にて紹介したい

住所:群馬県前橋市富士見町赤城山1841‐1
電話:055-244-3895
公式サイトはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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