BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
シンプルなのに心に留まる器と出合う店
「PLUS studio」

穏やかな風が抜ける別荘地の一角に立つ工房。普段は非公開、訪れる際は要予約
旅に出ると何故か器を求めたくなるのは、食いしん坊の宿命だろうか。ひとつ言い訳をすると、訪れた先々で求めた器には、その土地のテロワールの記憶が宿るように思えるからだ。常の食卓で使っていると、その時の季節の風や滋味がふわりと浮かび上がる瞬間がある。そんな“時の断片”に触れたくて、ついつい、求めずにはいられなくなるのだ。東伊豆を巡る旅の終わりに訪れたのは、陶芸家・山本将太郎さんの工房「PLUS studio」。実は、今回のステイ先である「伊豆リトリート 熱川粋光 by 温故知新」でも、山本さんの器がレストランやルーム用プレートとして使われていた。そこで伊豆の山海の幸に舌を踊らせながら、密かに心惹かれていた器に出合うため伊豆高原へ向かった。

ループハンドルの代わりに、突起のようなアクセントをあしらったデザインは、山本さんのシグネチャー

前職はロンドンでヘアスタイリストをしていたという陶芸家の山本将太郎さん
日常使いにする器は気を衒いすぎず、それでいて時に心が浮き立つものをパートナーにしたい。山本さんの器は、そのさじ加減が絶妙だ。一見するとなんでもないように見えて、ふと目が合うとハッとする、しなやかなフォルムや微細なアクセントが施されている。聞けば、2007年から2023年までロンドンでヘアスタイリストをしていたという。在英中に趣味で陶芸をはじめ、次第に訪れる顧客を自ら作陶した器でもてなすように。ファンクショナリティだけに留まらない造形や釉薬使いは次第に評判を呼び、ヘアスタイリストを主軸としながら作陶に注ぐ思いも強まっていった。
転機を迎えたのは世界的なパンデミック。ロックダウンで8カ月に及び美容室がクローズになったことを機に、暮らしの矛先を変えるため、ヨーロッパをはじめマレーシア、インドネシアなど移住先を模索。さまざまな条件を加味したうえ、辿り着いたのが「意外にも伊豆高原でした」と山本さん。

3つの器が入れ子式になった一汁三菜を楽しむ“おひとり様の晩酌セット” は人気のシリーズ

釉薬のニュアンスカラーにも洗練されたセンスが宿る
器づくりで大切にしていることは、意図した“不完全の美”。「ヘアスタイリストの仕事で、シューティング(撮影)の際にあえて崩したような後毛を作り込むような感覚と似ているかもしれません」と山本さん。シグネチャーでもある、取っ手の土台を思わせる突起をアクセントに効かせたデザインもしかり。 “無用の用”の中から、美意識のエッセンスをすくい上げて造形に映し出すことだという。創作ノートに描かれたスケッチを見せていただくと、まるでパーソナリティを引き出すヘアスタイルが描かれているように感じた。「どこから見ても美しいと思える立体的な造形の考え方は、ヘアスタイルのデザインにも通じるところがあります」(山本さん)。
取材を終え、私が連れ帰ったのは直径約20㎝のブロンズ色の2枚の取り皿。筍の刺身を盛り付けても映え、チーズやパン皿としても活躍。週末には白いディナープレートと重ねて食卓を少しだけドレスアップ。使うたびに、工房の窓から眺めた桜の気配が舞い込むようだ。

山本さんの創作ノートからは、楽しそうな食卓の会話が聞こえてきそう

スレンダーな一輪挿しのコレクション。向かって右端の商品名は「ポニーテール」、前職の美学をさりげなく注ぎ込んで

自宅に友人を招きたくなるような、さりげなくもドラマティックな酒器
PLUS studio
メール:shotaro.yy@gmail.com(要予約)
公式インスタグラムはこちら
気まぐれで愛おしいベーグル&マフィン
「ohecha BAKE SHOP(おへちゃ ベイクショップ)」

大きめでもっちりとしたベーグルは、目移りするほど種類も豊富
東伊豆エリアで大人を満たすスポットをリサーチするなか、幾人ものレコメンドに上がったのが、ここ「ohecha BAKE SHOP」である。さっそくコンタクトをとると、「不定期営業ですがよろしいですか?」と店主の中村夏子さん。事前に営業日もメニューも告知せず、「作りたいものを、好きな時に好きなだけつくるスタイル」だという。それでも、Instagramで「今からオープンします」と投稿すると、ほとんどの商品が完売。フィードに連なる写真を見るにつけ、食いしん坊ゴコロがそそられる。近隣に住まう人ならいざ知らず、旅人にとっては運試しに近いことを承知のうえ、取材をお願いした。

店は木々に囲まれた別荘地に佇む

めったに店頭に並ばない、ジューシーなブラッドオレンジをあしらったケーキ
約束の時間に訪れると、焼きたてのベーグルやマドレーヌの優しい香りが店内を満たしている。この日は、リッチバター塩やプレーンにはじまり、アールグレイ生地の自家製ドライパイン&スイートクリーム、ココアラムレーズンチョコダマンドにココアアーモンドチョコレートなどのスイート系、さらにソーセージパプリカマスタードなどの食事系まで、計11種類のベーグルと3種類のケーキが勢揃い。真っ先に目に入ったのは、カウンターを鮮やかに染めている「ブラッドオレンジのハニーバターケーキ」だ。キノコ型のどっしりと大きなマドレーヌを、輪切りのコンポートでドレスアップしたビジュアルもさることながら、アーモンドパウダーを用いた生地の中にまで刻んだオレンジがちりばめられている。食べ進めるたびに、甘さと酸味が寄せては返す波のように絶妙に鼻腔を抜ける。
さらに、おすすめに従ってセレクトしたベーグル「ゆずピールホワイトチョコレート」は自家製のゆずジャムとチョコレートを包み込んだ和洋折衷の味わいが新鮮。ココアパウダーに焦がしバター、きび砂糖を加え、オートミールやパンプキンシードをたっぷりトッピングした、しっとりと濃厚なブラウニーも忘れ難い味の記憶となった。

高床式の古い別荘を、コージーな空間へと改装
中村さんが「ohecha BAKE SHOP」をはじめたのは2023年のこと。3人の子どもを伸びやかに育てたいという思いで都心から移住し、はじめは知人の建物の一角を間借りして週に一日のみ開く店としてスタート。「ベーグルは家族の好物で“もっちり”感を追求。マフィンは私自身が昔から大好きで、パサつかないように、レーズンやヨーグルトから作った自家製酵母を使用。ずっしり&しっとり感が自慢です」(中村さん)。“好き”を礎としたベーグル&マフィンのおいしさは、たちまち口コミで広がり、行列のできる店になった。
「思いを込めて焼きあげたものを、追いかけられるように販売するのではなく、ゆったりと振る舞いたい」という思いから間借りしていたスペースを卒業。2025年11月、小さな森に抱かれた現在の場所に小さな看板を掲げた。新たな幕開けを機にフル回転でオープンするかと思いきや、「自然の中で伸びやかに子育てをする」というこの地に移住してきた初心を大切に、あくまでも家族ファーストの時間を貫く。心から作りたいと思えたメニューだけを、好きなときに作って“ヨーイドン”で販売する――作り手がハッピーな状態でいてこそ、食べる側にも本当においしいものが届けられるのだ。帰路につく車中、膝に食べこぼしたマフィンの欠片を摘みながら、自分の生業と向き合う大切な本質を教えられたような気持ちになった。

「店名の由来は、義母が営んでいた理容室の名前。女性をきれいにする場所なのに、あえて“おへちゃ(=ぶさいく)”とつける遊び心に惹かれて」と語る中村夏子さん

しっとりとしたスコーンも看板商品のひとつ
ohecha BAKE SHOP(おへちゃ ベイク ショップ)
住所:静岡県伊東市池614-51
公式インスタグラムはこちら

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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