ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館の関連展示として、日本から鬼頭健吾、蜷川実花 with EiMの2組のアーティストが、歴史的建造物を舞台に展覧会を開催中だ。開幕の様子をレポートする

BY CHIE SUMIYOSHI

鬼頭健吾「LINES」

画像1: Kengo Kito LINES photo: Joan Porcel Studio

Kengo Kito LINES photo: Joan Porcel Studio

 一年おきに美術と建築の国際展を開催する世界最大規模の芸術祭、ヴェネチア・ビエンナーレ。今年は「第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」が開催されている。
 その開幕と同時に、建築家・青木淳ひきいる日本館展示を応援する関連展示として、ヴェネチア市内2つの会場で、鬼頭健吾と、蜷川実花with EiMによる展覧会がスタートした。若手アーティストの活動支援など日本の現代美術振興に寄与するさまざまな活動を行うanonymous art projectの主催による本展。5月のヴェルニサージュ(内覧会)には世界各国から建築・美術界隈のプロフェッショナルが集まり、鮮烈なインスタレーションを体験した。
 オープニングパーティでは、アートコレクティブL PACK.とSCREWDRIVERのイベントユニットLAによる「彫刻おでん」が振る舞われた。ヴェネチア名物の魚介料理とはだいぶ趣の違う、彫刻家が金型で拵えた生麩やこんにゃく、黒はんぺんと繊細な出汁の妙味をゲストたちは興味津々で堪能していた。

画像2: Kengo Kito LINES photo: Joan Porcel Studio

Kengo Kito LINES photo: Joan Porcel Studio

 サン・マルコ広場に面したヴェネチア国立考古学博物館の中庭と展示室内では、鬼頭健吾「LINES」が開催されている。ビビッドに彩色されたフラフープや布などを用いたインスタレーションで知られる鬼頭は、国内外の展覧会や公共スペースの設置空間全体に躍動感とひろがりをもたらすダイナミックな作品を制作してきた。
 16世紀に設計された古典主義様式の建物の西側に位置し、本展開幕と同時におよそ100年ぶりに開かれたというエントランスから中庭に足を踏み入れる。そこではこの館のシンボルとしてヴェネチア市民に愛されてきた古代ローマの執政官・アグリッパの彫像を望むように、鬼頭の代表的なシリーズ「LINES」がインストールされ、場の空気を一新した。カラフルな角パイプが楕円の台座上に並ぶ様は、現代的な色彩とテクスチュアを持つオブジェでありながら、垂直に伸びるラインが中庭を取り囲む柱と呼応して特別な間合いを生み出している。さらにイメージを飛躍させれば、屹立するスティックはいにしえの軍人政治家に仕えた兵士たちが捧げもつ無数の長柄槍のようにも思えてくる。

画像3: Kengo Kito LINES photo: Joan Porcel Studio

Kengo Kito LINES photo: Joan Porcel Studio

 博物館の展示室に進むと、古代ローマ時代の美術品が立ち並ぶ中、もうひとつの「LINES」が現れる。展示室中央に設置された本作は視界を遮る存在感だが、焦点を合わせて見るとパイプの間から部屋の角に立つギリシャ神話の芸術の神・アポロンの彫像が垣間見られる。さらに鏡面の台座を覗きこむと、垂直に伸びるラインがリフレクションの像を結び、映り込む天井を超えて彼方へと果てしなく続いていくような錯覚を覚えた。
「台座のミラーに映ったリフレクションは、太古から現代、未来へと繋がる歴史の連続性を反映しています。シンプルで原初的な造形を通して、ともに人間が創作したヴェネチアの古典美術と現代のアートが時を隔てて響き合うイメージを意図しました。作品を通して見る風景が新しい視点の歴史的体験になれば」と鬼頭は語る。また、本展のキュレーションを務めた拝戸雅彦は「ヴェネチアという場所の特性を活かす展示をと企画を進めていくうちに、パズルのピースがぴたりとはまるように作品と空間が結びついた瞬間は興奮しました」と感慨を表した。

蜷川実花 with EiM「INTERSTICE」

画像: Mika Ninagawa with EiM “Within the Breath of Light and Shadows” 2025 ©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

Mika Ninagawa with EiM
“Within the Breath of Light and Shadows” 2025
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

 蜷川実花 with EiMの「INTERSTICE」は、もとは貴族の私邸であったパラッツォ・ボラーニで開催されている。写真家として創作活動を開始した蜷川は、近年さまざまな領域の専門家たちと結成したクリエイティブチーム、EiM(Eternity in a Moment)とともに映像やインスタレーションを発表している。
 第一室への階段をのぼると、1800本のクリスタルからなる《Within the Breath of Light and Shadow》が迎えてくれた。蜷川自身が世界中から集め、手作業でアレンジしたさまざまなモチーフが天井から降り注ぎ、あたり一面に光が散りばめられている。蜷川が作り出したパーツもあれば、石油由来のプラスチック製のチープな模造品もある。多種多様な価値が玉石混交に集積された作品でありながらも、そこには驚くほどの調和が生まれ、聖俗の境界を超えた理想郷を彷彿させた。AI制御の精緻なプログラムによって、窓から差し込む自然光と交差し、モノクロームの陰影と色彩豊かな世界のあわいを刻々と移り変わるライティングの効果も大きい。

 続く第二室《Remnants of Life》では、蜷川が世界各地で撮影した墓地にたむけられた造花のイメージが墓標を思わせる縦長の薄布にプリントされ、幾重ものレイヤーを作り上げている。ここでもAI制御の照明により、朽ちるはずのないプラスチックの花々が瞬く間に色を失い褪せていく光景には無常感が漂い、強く惹きつけられた。

画像: Mika Ninagawa with EiM “Remnants of Life” 2025 ©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

Mika Ninagawa with EiM
“Remnants of Life” 2025
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

 第三室《Dreams of the beyond in the abyss》では、微妙な色違いのグレーに染め分けられたオーガンジーが重なりあう洞窟のような空間に映像プロジェクションが展開されている。ともに異なる次元の「世界の裂け目」ともいえる、天上から注ぐ光と深淵の闇が交錯し、身体感覚を揺さぶられ呑み込まれるような感覚におそわれる。EiMのメンバーであるプロデューサー・アーティストの宮田裕章は、日本館のテーマである「中立点」に呼応してこう語る。「光と影、生と死、自然と人工といった相反する要素の接点を探り、それらを断絶ではなく、新たな関係性を生むつながりの場として体感させようとしています。蜷川実花はそういった異なるもの同士が関わりあう<中立点>を直感的に掴み取ってきたアーティストです。私自身は科学を信奉する立場ですが、解明できないことやここではない世界の存在を想像する視点は、生きることの意味を変えてくれると思っています」

画像: Mika Ninagawa with EiM “Dreams of the beyond in the abyss” 2025 ©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

Mika Ninagawa with EiM
“Dreams of the beyond in the abyss” 2025
©mika ninagawa, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

 キュレーションを担当した木村絵理子もまたステイトメントの中で本展のビジョンを示す。「いま私たちは世界中の至る所に裂け目と断絶を見つけ、他者と自己の間の線引きを明確にすることで安心を得るような社会に生きています。本展は、断絶と孤立の世界の間隙をぬって、他者と混じり合いながらもそれぞれに鮮やかな光と色彩を放つ新たな世界を垣間見せてくれました」

 今回の国際建築展において、日本館は「中立点」をタイトルに掲げた。本展では、現代美術作家の視点を通してこの「中立点」という概念をそれぞれ別の角度から照射している。
 鬼頭健吾は、ヴェネチアという都市に堆積した歴史を踏まえながら、古典と現代のクリエイションが対峙する絶妙な「間合い」を示し、さらにそれらが時を超えて無数の線でつながる遠大なビジョンを見せてくれた。蜷川実花 with EiMは、この世界に宿命的に共存する異なるもの同士の境界を探り、そこに生まれ出ずる新しい関係性のありようを表現した。
 日本から出展した2組のアーティストたちの「中立点」をめぐる発想は、いずれも既存の世界認識を超えていく瑞々しいものだ。国際建築展を訪れる鑑賞者にとって全く違うアプローチから新たな気づきをもたらす展覧会である。

第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館展示「中立点」関連展示
鬼頭健吾「LINES」
会期:2025年5月10日(土) 〜 9月28日(日) ※予定
会場:ヴェネチア国立考古学博物館 中庭と展示室内
住所:P.za San Marco, 17/52, Venezia, Italy
時間:10:00〜17:00
料金:博物館入館料 30ユーロ (中庭は無料、展示室内は有料)
主催:anonymous art project
キュレーション:拝戸雅彦

蜷川実花 with EiM「INTERSTICE」
会期:2025年5月10日(土)〜 7月21日(月・祝)
会場:Palazzo Bollani
住所:Castello 3647, Venezia, Italy)
時間:11:00〜19:00
休館日:月曜日 (5月11日と7月21日を除く)
料金:無料
主催:anonymous art project
キュレーション:木村絵理子 (弘前れんが倉庫美術館館長)

公式サイトはこちら

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