BY ADAM BRADLEY, PHOTOGRAPH BY D’ANGELO LOVELL WILLIAMS, STYLED BY MILTON DAVID DIXON III, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

前後編合わせて、この記事の写真に登場するのは合計7人。彼女たちはR&Bというジャンルの音楽を再定義し、時代の息吹を反映させている現代の数多くのアーティストたちの代表だ。
(左から)マニー・ロング、ケラーニ、H.E.R.(ハー)。2024年12月16日にロサンゼルスで撮影。
(左)ジャケット¥595,320/マックイーン
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イヤリング・タイツ/私物
(中)ブルゾン¥1,859,000/エルメス
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シャツ・ベルト(ともに参考商品)/Nili Lotan. nililotan.com
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(右)ジャケット¥977,900(参考価格)・シャツ¥180,400・バングル各¥137,500(参考価格)/サンローラン バイ アンソニー・ヴァカレロ
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MUNI LONG: HAIR: TAMIKA GIBSON. MAKEUP: DENISE CAMACHO. KEHLANI: HAIR: QURAN SMITH. MAKEUP: TROYE BATISTE. H.E.R.: HAIR: NINA BURNETT. MAKEUP: REBEKAH ALADDIN. MANICURIST: MISHEELT KHOSBAYAR
R&Bシンガーソングライターのマニー・ロングは、昔からその美声で知られていた。彼女なら、たとえ辞書に書かれた単語を歌詞代わりに歌ったとしても、聴衆は聴き惚れるだろうと言われていた。フロリダ州のギフォードで育った彼女は、まだ10代だった2007年に、その噂が本当かどうかを確かめるべく、ちょっとした実験を行なった。ウェブスターのニュー・リバーサイド編第2版の英英辞典の最初のページを開き、そこに並んだ単語を順番に「aardvark(ツチブタ)、aardwolf(ツチオオカミ)、Aaron(ハンク・アーロン)……」とファーギーの曲「Glamorous」(2006年)のメロディに合わせて歌い、5分間のYouTube動画を制作したのだ。その遊び心あふれる動画と、その他に、彼女がいくつかのカバー曲を歌った動画がキャピトル・レコードのスタッフの目にとまった。
本名であるプリシラ・レネイの名で、彼女はデビューアルバムの『Jukebox』を2009年に制作した。オリジナル曲を集めたポップアルバムで、批評家からの評判はよかったが、売り上げはそれほどでもなかった。彼女の22歳の誕生日までには、新規のレコード契約はもうひとつもこなくなった。そこで彼女は作詞家に転身し、その後の10年間は、業界の需要に臨機応変に応えてキャリアを積んだ。2013年にはピットブルとケシャのために作詞した曲「Timber」が世界的なヒットとなった。その他にも、ミランダ・ランバート、リアーナ、マドンナ、サブリナ・カーペンターなど、何十人ものアーティストたちのために、作詞をしてきた。
だが、ロングはそんな日々の中でも、自分自身で歌うことを決して諦めなかった。2018年にはかなり出来のいいカントリーミュージックのアルバムを発売したが、それほど話題にはならなかった。そして、その2年後、彼女はR&Bにたどり着く。「R&Bは、私がこれまで挑戦したことがない唯一のジャンルだったと思う」と現在36歳のロングは言う。彼女は新しい芸名を考えることにした。「Muni」というのは、サンスクリット語で「セージ」を意味し、その言葉には、自らの内面の深い感情を知ろうとする者という意味もある。さらにラッパーの2 Chainzが2012年に発売した曲「I’m Different」(自分は人とは違う)の中の一節である「hair long, money long」(長髪で金持ち)というフレーズからアイデアを得て、「マニー・ロング」という芸名を自分につけた。サンスクリット語のスピリチュアルな感じと、ラップのストリートっぽい雰囲気の対比が新鮮だ。
彼女はこの新しい芸名にぴったりな2枚のアルバムを発売した。『Public Displays ofAffection: The Album』(人前で恋人とイチャイチャすることの意)(2022年)と『Revenge』(2024年)だ。2021年発売の初めてのヒット曲「Hrs & Hrs」(何時間でも)や2023年発売の曲「Made for Me」(私のために作られた)を通して、ロングは愛やセックスや傷心を、1990年代のスロウジャムを思わせるような情熱を込めて歌い上げた。「R&Bは、ここ20年以上、音楽業界の中で中心的なジャンルではなかった」と彼女は言う。
そして今こそ「新しい時代をつくり出すのを助ける」ときがきたのだ。この新しいR&B時代を牽引するのは、女性アーティストたちだ。彼女たちは1980年代後半から2000年代初頭までに生まれた世代で、もはや音楽スターに名字は必要ないという時代を自ら体感してきた。たとえばホイットニーやマライア、ブランディやモニカ、そしてアリーヤにビヨンセたちが、圧倒的な才能と、それぞれの世代を代表する美声とパフォーマンスでヒットチャートを席巻してきたわけだ。同時にそんなスターたちは、男性シンガーが優位なラップ音楽全盛の時代においても、R&Bの灯を消さずに守り続けてきた。そして今日のスターたち――SZA(シザ)やサマー・ウォーカー、ノーマニ、さらにアーロ・パークスやレイやテムズたちは、ほんの一例だが、この記事の写真に写っている女性アーティストたちも含め――は音楽業界の決まった型を破り、ファンの期待をいい意味で裏切っている。R&Bのゴスペルのルーツを蘇らせようとするスターもいれば、R&Bとヒップホップを掛け合わせてハイブリッドな新しい音の領域を打ち立てるスターもいる。さらに世界各地のリズムと組み合わせて、ポップに対抗できるR&Bを打ち出すアーティストもいる。
「R&Bこそがポップミュージックなのだ」とロングは言う。音楽業界がこれまでR&Bのもっとも魅力的な要素を吸収して取り込みながらも、R&Bというジャンルを脇へと押しやってきた過去を鑑かんがみれば、ロングのこの言葉は、私たちにとって必要なことを伝えていると言える。
「彼らは、R&Bのサウンドと、R&B特有の自信にあふれたスタイルを自分のものにして、それを音楽シーンの主流にした」と彼女はつけ加える。その結果、R&B界の最高峰のスターたちの何人かは、R&B歌手と呼ばれることを拒否した。彼らは聴衆の数が限られてしまうことを恐れたし、R&B歌手のレッテルを貼られると、最悪の場合、実質的な人種隔離を甘んじて受け入れることになってしまうからだ。「私がどんな音楽をやっても、すぐにR&Bというカテゴリーに入れられてしまう。私が黒人女性だから」と26歳の歌手で女優でもあるクロイ・ベイリーは昨年、デジタルメディアの「ナイロン」で語っている。ベイリーの2枚目のアルバム『Trouble in Paradise』(2024年)を聴いてみると、煌めくようなポップサウンドに、ヒップホップの重低音のベースが効いている。さらに木の幹をくりぬいて割れ目を入れた太鼓のログ・ドラムを使ったアフロビートが、メリハリをつけるように流れてくる。そしてそれらすべてを従えて、彼女の力強い声が響く。彼女の声は正統派のR&Bを継承する者に与えられたギフトだが、ベイリーは自分をR&B歌手だと認めることには抵抗がある。
そうだとしても、R&Bが復活しつつある今のこの動きは、もしかしたらR&Bが再び主導権を握る時代につながっていくのかもしれない。「(私にとって)R&B歌手というレッテルを貼られることは、罰である」必要はない、「それが何を意味するのか、私にはわかっているから」とロングは言う。「それは、自らの振る舞いに自信があり、セクシーだということ。そして、それは私という人間を構成する要素でもある」。彼女以外のアーティストにとっては、R&B歌手というレッテルを貼られることは、依然として複雑な思いを伴うことでもある。「できれば受け取るのを避けたい称号という感じ」と語るのは、カナダのトロントで生まれたシンガーソングライターのジェシー・レイエズだ。彼女いわく、「自分の音楽を人に理解してもらおうと思うときに、このレッテルが貼られていると、人々の理解の度合いが限定されてしまう恐れをリアルに感じる」からこそ、手放しで喜べないのだそうだ。現在33歳のレイエズは、自分は音楽的には「雑種」だと言う。コロンビア人の両親の故郷である南米コロンビアの音楽や、子どもの頃にCDで聴いていたデスティニーズ・チャイルドやラッパーのビギー・スモールズ(ザ・ノトーリアス・B.I.G.)の曲など、さまざまな音楽に影響を受けてきたからだ。「でも、R&Bはそんな私に根っこを与えてくれた」
MUNI LONG: HAIR: TAMIKA GIBSON. MAKEUP: DENISE CAMACHO. KEHLANI: HAIR: QURAN SMITH. MAKEUP: TROYE BATISTE. H.E.R.: HAIR: NINA BURNETT. MAKEUP: REBEKAH ALADDIN. MANICURIST: MISHEELT KHOSBAYAR
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