BY MARI MATSUBARA
展覧会の話をする前に、まずはピンホールカメラの仕組みについて説明しておこう。ピンホールカメラとはレンズを使わず、針穴(ピンホール)を利用したカメラのこと。遮光した箱に1つだけ開けた針穴を通して光線を取り入れると、箱の内側には外の景色が上下逆さまの状態で像を結ぶ。この自然現象を利用して、箱の内部に写真フィルムなどの感光材を置いて像を定着させたものが「写真」となるのだ。この現象自体は紀元前から知られており、その原理は「カメラ・オブスクラ」と呼ばれて、写真誕生以前にはアルブレヒト・デューラーやヨハン・フェルメールなどの画家たちが絵画制作に利用していた。
建築が建築を撮る、都市によって都市を撮影する
ホンマは建造物の部屋そのものをピンホールカメラに見立てた撮影を2013年から続けている。撮りたい被写体が決まると、それが撮れる部屋を探し、大抵の場合はビジネスホテルなどの一室を黒ケント紙で目貼りして完全に遮光し、窓側に直径1ミリの穴を開けて外部の風景の倒立像を取り込み、壁面にセットしたフィルムに感光させる。こうした“ピンホールルーム”から建造物を撮影したシリーズには「建築が建築を撮る」ひいては「都市によって都市を撮影する」というコンセプトが通底している。都市が都市を見ているという状況を、ナルキッソスが水面に映る自身の姿を見つめるというギリシャ神話の逸話になぞらえ、〈THE NARCISSISTIC CITY〉というネーミングにつながっている。
今回の展示では丹下健三設計の広島平和記念資料館や東京・お台場のフジテレビ本社ビル、磯崎新の水戸芸術館、ザハ・ハディッドによる東大門デザインプラザ(ソウル)など有名建築のほか、富士山のさまざまな姿を捉えた作品や、文字や数字を焼き込んだものも見られる。
「被写体がなんでもいいわけじゃなくて、これはカメラ・オブスクラというテクニックを使った僕なりのドキュメンタリーなんです。Casa BRUTUS誌の連載で日本のモダニズム建築を撮り続けていますが、そうした建築のテーマや、写真史そのものも取り込んでいます。2013年にこの技法で初めて撮影したのが広島平和記念資料館で、その作品の向かいにはピンホールを太陽に向けて撮った黒い丸が写っている作品を展示してあります。これは黒い太陽であり、原爆の遠い比喩と考えてもらってもいい。僕が私淑する磯崎新が設計したのが水戸芸術館で、磯崎は新国立競技場の当初案をデザインしたザハの芸術性を最初に見出した人。それで僕にはザハが設計した建造物を撮る動機が生まれた。そこにはザハ案の白紙撤回を含め紆余曲折した競技場計画選考を巡る僕なりの問題意識もぼんやりと込められています。9という数字を写し込んだのは、即興的な音のコラージュとも言えるビートルズの楽曲《Revolution 9》とリンクしています。数字の11を焼き込んだ作品もあるのですが、そこにはニューヨークの9.11テロやフクシマの暗喩が潜んでいる。ウォータータンクを被写体にしたのは無論、タイポロジーの巨匠写真家ベルント&ヒラ・ベッヒャーの給水塔の作品を示唆している……とまぁ、いちいち説明するのも野暮なので、わかる人にわかってもらえればいいんですけど」(ホンマ・以下同)
「見ることそれ自体」を問い続ける
会場プラン自体もカメラ・オブスクラの構造を彷彿させるものだ。中央に黒い壁に覆われた立入不可の正方形の部屋があり、鑑賞者は四面の壁に開けられた丸い穴から中を覗くようになっている。
「丸い穴から覗き込むと、立入不可の暗い部屋に掛かっている作品だけでなく、対面壁の穴を通してさらに奥の展示室の作品が見えたのは想定外でした。以前、写真作品を離れたところから双眼鏡で見る《Seeing Itself》という展示をしましたが、『見ることそれ自体』を問いたい気持ちが、今回の会場構成にも反映されています」
《Seeing Itself》は2015年に福岡の竈門神社参道の楠木に6枚の丸鏡をぶら下げて遠方から双眼鏡で覗く形へと発展し、もはや写真の存在すら消えた。その丸鏡が今回の展示の一角にも吊るされ、ニューヨークのグラウンドゼロや東京都心の風景を捉えた作品を写しながら揺れ動く。まるで崩壊する都市を示唆するかのように。
「紙に定着させたものが写真であるという概念から遠ざかりたいのです。カメラ・オブスクラに仕立てた部屋の中に現れる像は絶えず動いているのですから。究極的にはフィルムも印画紙も必要なく、見ることそれ自体を作品化するという試みをやっていきたい気持ちがあります。ピンホールルームで撮ったポラロイドの作品が、感材の性質上10年後ぐらいには真っ白く退色してしまうと話したら、あるアートコレクターはその消えてしまう写真を買いたいと言うんです。そっちの方が面白いって」
意図や主観から離れ、写真の不確実性を受け入れる
それでもホンマは今のところ感光材や印画紙を使った写真作品を制作している。たとえば葛飾北斎の冨嶽三十六景にインスパイアされた〈Thirty-Six Views of Mount Fuji〉シリーズ。さまざまな場所のピンホールルームから富士山の姿を捉えた作品だ。
「静岡側から見るのと山梨側から見るのとでは、富士山の印象はだいぶ異なります。また六本木ヒルズから撮ったのはかなりぼやけ、御殿場からだと相当シャープに写る。距離は重要な要素の一つです。でも対象物が近くても遠くても、ピンホールの直径は1ミリと決めています。カメラ・オブスクラはその日の天候や光の変化でクリアに撮れないことも多く、微妙に像がズレたりと不確実なことばかり。でもそれを受け入れるという意味で展覧会のタイトルを『即興』としました。すべてがコントロールできていつも平均70点の写真を撮るのはつまらないなと感じていて。そこには『うまく撮ろう』とか『主観を込めよう』とか『真実を写すのが写真だ』といった“狭義の写真”にこだわっている人への僕なりのアンチテーゼがあります。第一、うまい写真っていったい何を指すのだろう?そういう意味では、まだまだ僕が写真を使う意味があるのかもしれません」
ビートルズの楽曲《Revolution 9》は楽譜のないサウンドコラージュで、それも「即興」のコンセプトとリンクしているのだ。
「今後ピンホールルームで撮りたいのはマッターホルンかな。その山が見える標高3,000m級の場所にホテルがあるんです。その1室に陣取って、毎日違った天気と時間で撮り続けたら面白いだろうな。誰かコミッションしてくれないかな?」
Photographyとは語源的にはphoto(=光)をgraphie(=書くこと)だったのに、それを漢字の「写真」と同義にしてしまった不幸からいかにして脱却するか?いわゆる写真を否定しながらも、そこに逆説的な愛着を持ち続けるホンマの実験は続く。
『即興 ホンマタカシ』
会期:2023年10月6日(金)〜2024年1月21日(日)
会場:東京都写真美術館2F展示室
住所:東京都目黒区三田1-13-3 恵比寿ガーデンプレイス内
TEL. 03-3280-0099
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