BY NAOKO ADO
東京では現在、世田谷美術館で「民藝 MINGEI―美は暮らしのなかにある」、六本木の森美術館で「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」と、「民藝」をタイトルとした展覧会が開催中だ。とはいえ、この2つの展覧会は、前者はおもに日本民藝館が所蔵する「民藝」の品々を見せる展覧会、後者はシアスター・ゲイツという現代アーティストによる展覧会で、同じ「民藝」をキーワードとしていながらも、タイプがまったく異なる。
タイプは異なるが、両方を観ることで「民藝」の思想がいかに懐深く、そして広々としたものかが実感できる。
まずは、「民藝 MINGEI―美はくらしのなかにある」から。本展は昨年7月の大阪に始まり、全国7か所で開催される巡回展だ。東京での展示のあとも、富山、名古屋、福岡へと続く。
「民藝」とは、1926年、思想家の柳宗悦が、いずれも陶芸家の富本憲吉、河井寬次郎、濱田庄司との連名で発表した『日本民藝美術館設立趣意書』で初めて使った言葉だ。収集の対象を「親しく人の手によってつくられ、実生活の用具となったものを指す」とした。このステートメントどおり、本展では、生活者としての目線で見て美しさや愛しさが感じられる民藝の品々が約150件展示される。
展示の後半では、日本、中国、朝鮮半島、そしてイギリスに向けられていた民藝のまなざしが、さらに広く中央アジアや南米など、世界に向けられる。加えて、現在も丁寧なものづくりを続ける、民藝とかかわりの深いつくり手とその作品も紹介される。民藝という思想や価値観は、地域や時代に限定されるものではなく、いつでも、どこにでも成立するのだということがわかる。
それが実感できるのが、展示のラストを飾るテリー・エリスと北村恵子によるインスタレーションだ。両氏はBEAMSでバイヤーとして活躍し、1990年代に北欧モダンと柳宗理のバタフライ・スツール、そして民藝にかかわりの深いつくり手の器をミックスして提案した。現在では当たり前のように思えるが、当時、そのような組み合わせをする売り場はどこにも見当たらなかった。しかも、それがファッションのフィールドで行われた ことが斬新だった。
両氏の自宅がそのまま移動したかのようなインスタレーションには、新旧、国籍を問わず、さまざまなものがミックスされている。それを貫くのが、「民藝」なのだろう。
その「民藝」のエッセンスを、1960年代に始まった黒人差別撤廃運動「ブラック・イズ・ビューティフル」の物語と重ね合わせ、「アフロ民藝」という新しい価値観を提示するのが「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」だ。
アーティストのシアスター・ゲイツはアイオワ州立大学で都市デザインと陶芸、南アフリカのケープタウン大学で宗教学、視覚芸術を学んだ。愛知県常滑市の「とこなめ国際やきものホームステイ」に参加。酪農家の家にホームステイし、陶芸に打ち込んだ。以来20年間、常滑焼の窯元や作家、現地の人々との交流を続けている。そこで彼は、日常的な道具や雑器に「用の美」を見出す民藝の思想に出会ったという。
”民藝と「ブラック・イズ・ビューティフル」運動はともに、植民地主義的ヘゲモニー(覇権)への抵抗としてサブカルチャーを称えるための重要な考え方を教えてくれます”
寺院のような静謐な空間から始まり、最後はクラブのようなノリで終わる本展を通して表現される「アフロ民藝」について、ゲイツはこう述べている。
“「アフロ民藝」は、すばらしい陶芸家たちや地域の伝統との出会いが、私の人生と実践にどのような影響を与えたかを認め、祝福するものです”
民藝はどのようにも咲く。本展と「民藝 MINGEI―美は暮らしのなかにある」の両方を観ると、「用の美」が未来に開かれた自由な価値観であることが実感できるだろう。
本展と「民藝 MINGEI―美は暮らしのなかにある」の両方を鑑賞することをおすすめするもう一つの理由は、展示の中ほどに設けられた「年表」にある。世界史、日本史、黒人文化史、民藝の歴史、そしてシアスター・ゲイツの創作過程などが同じタイムラインに沿って、写真や実物展示を交えて壁面いっぱいに構成される。ゲイツと民藝の足跡が広い視野で頭に入る貴重な資料だ。
最後に、両展の最大の共通点は、特設ショップ、ミュージアムショップ が楽しすぎるということ。手ぶらで美術館を後にするのは至難の業だ。
「民藝 MINGEI―美は暮らしのなかにある」
会期:6月30日 まで
会場:世田谷美術館1階2階展示室
住所:東京都世田谷区砧公園1-2
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「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」
会期:9月1日まで
会場:森美術館
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
公式サイトはこちら