伊坂幸太郎、原作者として
映画『ブレット・トレイン』への
思いと執筆活動を語る

The Japanese Author Behind ‘Bullet Train’ Is OK That the Film Isn’t So Japanese
自分の書いた小説がハリウッド映画になることを夢見ていたという、作家の伊坂幸太郎。今回、彼の作品『マリアビートル』が、ブラッド・ピット主演のミステリー・アクションとして映画化された。ただしこの映画『ブレット・トレイン』では、演じる俳優の人種や舞台となる場所など、設定が大きく変わっている。それについて伊坂に思うところを聞いた

BY MOTOKO RICH, TRANSLATED BY CHIHARU ITAGAKI

画像: 映画『ブレット・トレイン』の公開をきっかけに、その原作者である伊坂幸太郎の作品は、欧米でさらに知られるようになりそうだ PHOTOGRAPH BY SHIHO FUKADA

映画『ブレット・トレイン』の公開をきっかけに、その原作者である伊坂幸太郎の作品は、欧米でさらに知られるようになりそうだ
PHOTOGRAPH BY SHIHO FUKADA

 日本でもっとも人気のある作家のひとり、伊坂幸太郎。本人の言うところによれば、彼は「引きこもり」だ。仙台に暮らす彼がこの街を離れることはめったになく、その作品の多くはここ仙台を舞台にしている。

 伊坂が2010年に書いた小説『マリアビートル』を原作にした映画『ブレット・トレイン』は、ブラッド・ピット、ブライアン・タイリー・ヘンリー、ジョーイ・キングらが出演するハリウッドのアクション映画として、アメリカで8月5日に公開(日本公開は9月1日)。出演者のほとんどが欧米人であることや、日本やその周辺地域を表現するのにいかにもありがちなネオン輝く街の描写にも、彼は納得している。

 『マリアビートル』は、何人もの殺し屋が同じ超高速列車に乗り合わせるというストーリーのスリラー小説だ。この作品で、伊坂は多種多様なキャラクターを生み出した。「彼らは実在するリアルな人物ではないし、日本人なのかどうかもはっきりしません」と、51歳になる伊坂は話す。インタビューは彼の家からほど近く、最寄りの新幹線 ──もしくはブレット・トレインと呼ぶべきか── の駅からもすぐの距離にあるホテルのレストランで行われた。もともと日本で出版されたこの小説は、昨年に英語版が発売された。

画像: 映画『ブレット・トレイン』では、主演のブラッド・ピットをはじめ、個性あふれる出演者が集結する

映画『ブレット・トレイン』では、主演のブラッド・ピットをはじめ、個性あふれる出演者が集結する

画像: 新幹線を思わせる超高速列車を舞台に、スピード感あふれるアクションとストーリー展開で観る者を飽きさせない

新幹線を思わせる超高速列車を舞台に、スピード感あふれるアクションとストーリー展開で観る者を飽きさせない

 個性豊かな殺し屋たちに、冷酷無比な10代の悪役。次から次へと人が死に、テンポよく進む物語。そして斜に構えたユーモアのセンス。伊坂はいつも、この小説はハリウッド映画にぴったりなのではないかと思っていた。原作が日本を舞台に書かれていることは、特に大きな問題ではないと彼は言う。

 「日本文学や日本文化を理解してもらいたいと思っているわけではありません」と伊坂は話す。「私自身も、それほど深く日本を理解しているわけではないですし」

 伊坂の小説をアメリカ式のアクション映画に変えるにあたり、配役に米国人、英国人、日本人を取り混ぜることになった理由は、ひとつには製作上の演出であり、ひとつにはビジネス面での判断だった。漫画やアニメは海外でも大人気なのに、日本人のみが出演する実写映画やTVドラマが国際的にヒットすることは、近年ではほとんどない。世界的大ヒットとなった『イカゲーム』(2021年)や『パラサイト 半地下の家族』(2019年)といった韓国の作品とは異なり、日本の作品は今年のアカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した『ドライブ・マイ・カー』(2021年)や、カンヌ国際映画祭のパルム・ドールに選ばれた『万引き家族』(2018年)など、アート系シアターからの賞賛を享受するばかりで、国際的な大当たりを取ることはほとんどなかった。

 『ブレット・トレイン』のキャストにはアフリカ系、ラテン系、日系の俳優もいるとはいえ、すでにアジア系アメリカ人によるメディアからは、この配役はいわゆる「ホワイトウォッシュ」だという批判の声が挙がっている。日系アメリカ人市民同盟のエクゼクティブ・ディレクターであるデヴィッド・イノウエは、AsAmNews(アズアムニュース)の取材に対してこう答えている。「この映画は、アジア人俳優が主演の映画は大当たりしないという説を認めてしまっているようなものです。『クレイジー・リッチ!』(2018年)に始まり『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021年)に至るまで、今ではそれを覆す事実がたくさんあるというのに」

 伊坂自身は、登場人物の人種や民族を明確に定めていない。そのおかげで、「作品に流れる日本らしさを守りつつ、同時に(日本出身ではない)大スターの起用も可能になったので、国際的な作品になるチャンスを得られた。それはとてもよかったと思う」と話すのは、『ブレット・トレイン』を製作したソニー・ピクチャーズ モーション ピクチャー グループのプレジデント、サンフォード・パニッチだ。

 日本で暮らし、このパンデミック期の厳しい入国制限を知る人なら、この映画の舞台となる東京発・京都行きと思われる列車にこんなにたくさんの外国人が乗っているのを見れば、誰もが違和感を抱くだろう。そしてこの映画は、現実とは異なる架空の物語だということを悟るに違いない。

『ブレット・トレイン』の監督を務めるデヴィッド・リーチと脚本家のザック・オルケウィッツは、この小説のもっとも重要な登場人物 ──三世代にわたる日本人の家族── の設定は変えたくなかったと語る。この3人は映画の中心となるわけではない。だが、「この映画を観ていない人は、この日本人キャラクターたちが映画のプロットにいかにかかわってくるか、そして彼らの物語がいかに映画そのものの解像度を高めているかを知ったら、きっと驚くでしょう」とオルケウィッツは話す。

 それに伊坂の小説には、西洋文化からの引用もある。そのひとつの例が、殺し屋のひとりが『きかんしゃトーマス』の熱烈なファンであること。この設定は映画でも生かされている。

 「我々はみんな、この映画が非常にインクルーシヴ(包括的)で国際色豊かなものになると意識していたし、そういうものにしたいと思っていました」とリーチ監督は話す。『デッドプール2』(2018年)や『アトミック・ブロンド』(2017年)で監督を務め、『ジョン・ウィック』シリーズ2作に製作総指揮としてかかわった彼は、今回の配役の多様性について「原作の強度を示すとともに、とにかくこの物語が人種を超越したものになり得ることを示している」と述べている。

画像: 真田広之は剣の達人を演じ、確固たる存在感で作品を盛り上げる

真田広之は剣の達人を演じ、確固たる存在感で作品を盛り上げる

 舞台となる場所を変えることも考えた。「『ヨーロッパかもしれないし、アジアのほかの地域かもしれない』。そんな会話をしました」と語るリーチ監督。「こういうさまざまな地域の要素が入り混じっている場所はどこにある?とね」

 最後に彼は決断した、「東京こそ、どこと比べても遜色ない国際都市だ」と(それに、超高速列車が路線のどの駅にも時間通りに到着するというのが、物語の重要なカギとなっているのだ。「これは日本の新幹線でしか成り立たない設定ですよね」と伊坂も話している)。

 リーチ監督は、一部のシーンは日本で撮影したいと望んでいた。しかしパンデミックでそれが不可能になったので、アメリカの撮影スタジオに作り上げた空想的な世界にいっそう傾倒することに。これを見て、伊坂はありがたく思ったと言う。この非常に暴力的なストーリーが、現実からかけ離れたものになったからだ。「遠い未来の日本、もしくは『バットマン』に出てくるゴッサム・シティのような設定になっていて安心しました」と伊坂。「これなら、誰も見たことのない世界の話になりますからね」

 日本では、伊坂は40作以上の小説を刊行していて、その多くがベストセラーになっている。彼のエージェントは、『ブレット・トレイン』が話題を集めることで、その作品がさらに英語圏で知られるようになればと願っている。英語圏には、漫画やアニメ、そして欧米の文学通の間でも大人気の日本人作家である村上春樹の作品を通して、すでに日本のエンターテインメントに親しんできた読者がたくさんいるのだから。

 千葉でアートギャラリーを経営する両親の息子として生まれた伊坂は、アガサ・クリスティやエラリー・クイーンをはじめとする翻訳ミステリーやスリラー小説を読んで育った。その後、仙台に引っ越し、東北大学法学部に入学。そこで短編小説を書き始める。

 大学卒業後は、システムエンジニアの仕事に就く。しかしたいていの日は、朝5時前に起きて小説を書いた。妻と二人で暮らしていたアパートの部屋は狭く、執筆のためのスペースがなかったので、仕事を終えた夜にはラップトップ片手に家を抜け出し、近くを流れる川沿いのベンチで執筆したことも。

 2000年、デビュー作となる『オーデュボンの祈り』が、新人賞である新潮ミステリー倶楽部賞を受賞。言葉を話すカカシや天気を当てる猫、少年時代の嫌な奴から警察官になった男といったキャラクターが出てくるストーリーだ。

 その2年後、妻の励ましもあって、会社員として月給をもらう生活から脱することに。「仕事を辞めて執筆に専念しないと、いい作品は書けないと思ったんです」と伊坂は言う。

 彼の小説は中国や韓国でも翻訳され、人気を博している。いくつかは日本で映画化されているが、いずれもアメリカでは公開されていない。

 彼の小説が英訳される以前から、日本の評論家たちはそこにアメリカ的な ──少なくともハリウッド的な── 感性があることを見抜いていた。

 彼の小説に出てくる登場人物たちの話し方は、「まるでアメリカ映画のセリフを日本語訳したみたい」だと表現するのは、批評家の佐々木敦だ。「ハリウッド映画の日本語吹き替え版を観ていると、日本語としては不自然なセリフだと感じられることがありますが、それと似た感覚を、彼の小説とその登場人物の口調に感じます」

画像: 現在は売れっ子作家の伊坂だが、最初はシステムエンジニアとして働いていた。「仕事を辞めて執筆に専念しないと、いい作品は書けないと思ったんです」 PHOTOGRAPH BY SHIHO FUKADA

現在は売れっ子作家の伊坂だが、最初はシステムエンジニアとして働いていた。「仕事を辞めて執筆に専念しないと、いい作品は書けないと思ったんです」
PHOTOGRAPH BY SHIHO FUKADA

 伊坂の作品は、英語圏の読者にはほとんど知られていない状態だった。映像制作・出版エージェンシーであるCTBの共同創業者、寺田悠馬と三枝亮介は、伊坂の代理人として彼の作品の著作権を統合し、翻訳権を売り込むことにした。伊坂を、村上春樹と文学的に近い存在として売り出そうと考えたのだ。

 『マリアビートル』の翻訳者であり、同作品を含むシリーズ3作のうちの1作で、英米でも発売されている『Three Assassins(原題:グラスホッパー)』の英訳も担当した、サム・マリッサに話を聞いた。彼は、伊坂の作品に漂う大胆で無鉄砲なエネルギーは、欧米人の抱く日本文学への固定観念の枠を押し広げるのに一役買うのではと考えている。マリッサの言うところによれば、英語圏の読者は、日本のフィクションに対してステレオタイプ的な思いを抱きがちだ。それはさながら、浮世絵に描かれた「正解のない禅問答」のようなイメージだと、マリッサは話す。

 以前は金融業界に身を置いていた寺田と、日本有数の出版社であり、伊坂の小説も複数出版している講談社で長く編集者をしていた三枝のふたりは、マリッサの訳した『ブレット・トレイン』の原稿を複数の映画スタジオに持ち込んだ。しかし最初は、まったく買い手がつかなかった。あらすじを要約して5ページにまとめたところ、3社が手を挙げた。そして最終的にソニー・ピクチャーズが落札したのだ(寺田と三枝の両名は、今回の映画のエグゼクティブ・プロデューサーを務めている)。

 映画化が決まってすぐに、『マリアビートル』英訳版の出版権が、ロンドンを拠点とする出版社に買われた。買ったのは、ペンギン・ブックス傘下のハーヴィル・セッカー社だ。その出版ディレクターであるリズ・フォーリーは、『マリアビートル』の原稿をビーチで過ごす休暇中に読んだ。「すぐさま、この少しばかりいびつな世界に夢中になりました」と彼女は言う。その時点では、ソニー・ピクチャーズが映画化の権利を得てはいたが、リーチ監督もブラッド・ピットもまだ参画していなかった。

 英国版の『ブレット・トレイン』(タイトルは原作から変更)は今のところ、ベストセラーにはなっていないが「とても好調な売り上げ」だとフォーリーは話す。

画像: 架空の舞台を設定することで、現実とは距離を置いたフィクションとして楽しめる作品に

架空の舞台を設定することで、現実とは距離を置いたフィクションとして楽しめる作品に

 アメリカの出版社で、エイブラムス・ブックス傘下のオーヴァールック・プレスは、昨年8月にこの本をアメリカで出版し、好意的なレビューで迎えられた。NPR(アメリカ公共ラジオ放送)の番組「Fresh Air(フレッシュ・エア)」では、批評家のジョン・パワーズが『ブレット・トレイン』のことを「真のエンターテインメントが与えてくれる、罪のない楽しみ」と表現している。英米の両出版社は、映画公開に合わせたタイアップ版を発売。この波に乗ろうとしている。

 海外文学は英語圏でヒットしづらいというのは有名な話だ。だが長年、村上春樹の作品の翻訳を担当し、伊坂の小説も3作翻訳しているフィリップ・ガブリエルは、『ブレット・トレイン』の映画化が英語圏の出版社の興味を刺激するのではと期待している。「名前を覚えてもらえれば、少なくとも出版社はこう言い出すでしょう、『よし、伊坂のほかの小説も見直してみようか』と」。そうガブリエルは話す。

 英語圏以外の市場では、伊坂の作品はどんどん映像化されている。たとえば彼の小説『終末のフール』は韓国でドラマ化され、Netflixで公開予定だ。

 作品が世界に飛躍するのと時を同じくして、伊坂は「毎日6ページ分書く」という目標がなかなか達成できなくなってきたと話す。これは、彼が小説家としてスタートした頃から続けてきた日課だった。

「もう、自分が書くべき分量は書ききってしまったようです」と、彼は残念そうに話す。

 20年前に仕事を辞めて執筆に専念することを許してくれた妻は、彼に最近、こう伝えたと言う。「50代は、いい小説を1作書くことに集中してはどうか」と。

「今はぐっと気が楽になりました」と伊坂は言う。
                     

画像: 映画『ブレット・トレイン』予告 9月1日(木) 全国の映画館で公開 youtu.be

映画『ブレット・トレイン』予告 9月1日(木) 全国の映画館で公開

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『ブレット・トレイン』 
9月1日(木)より全国の映画館で公開
原作:伊坂幸太郎『マリアビートル』(角川文庫刊)
公式サイトはこちら

*この記事は2022年7月31日付のニューヨーク・タイムズ紙に「His Novel’s Adaptation Maintains a Global Soul」というタイトルで掲載されたものです。

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