BY KANA ENDO
人に寄り添うデザインが生まれた秘密を探る──『アアルト』
数々の名建築や名作家具を生み出し、フィンランドを代表する建築家・デザイナーであるアルヴァ・アアルトの創造の源に迫るドキュメンタリー作品。妻アイノとの関係や、友人、弟子などの証言から知られざる素顔を描き出し、20世紀を代表するモダニズムの巨匠が大切にしていたことは何かを探る。
本作ではアルヴァ・アアルトの半生を紹介するとともに、妻であるアイノとの手紙のやり取りから、二人の関係性や人となりを探っていく。奔放なアルヴァに対して、実直なアイノといったように、二人はお互いを補完し合いながら建築家として、家族としてともに歩んでいく。とはいえ、アアルト事務所の仕事をし、子供の世話をし、最後に自分の仕事をこなしたというアイノの苦悩は計り知れない。ましてや女性建築家がほぼいない時代においてだ。互いを補完し合っているように見えつつも、アイノがアアルトを支えた部分は大きかったのではないだろうか。
アアルトが手掛けた作品そのものの解説は多くはないが、アアルトが何を大切にしていたか、彼にとって建築とは何だったのかということについては深く掘り下げられている。物理的にも金銭的にも大きな仕事をすることもあったが、大切なのはアイノが育てた花々に囲まれた森での創作だけだと語る。自然を愛し、家族や自分の周りにいる人を大事にすること、それがアルヴァ・アアルトのデザインの心地よさと温かみに通じていることがよくわかる。仕事をする上でつい忘れてしまいがちだが、相手の顔色をうかがうのではなく、自分が心地よくいられるか否かが最も肝要であることに改めて気づかされる。名建築やフィンランドの自然が美しい映像に収められ、クリエイティブの基本に立ち戻ることができる作品だ。
映画を最も深く理解していた偉才──『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
数々の映画音楽を手掛け、2020年、91歳でこの世を去ったエンニオ・モリコーネ。『荒野の用心棒』、『アンタッチャブル』などを始め、500作品以上の映画やTVドラマの音楽を制作し、アカデミー賞®には6度ノミネートされ受賞もしている。そんな伝説の音楽家が自身の半生を振り返る様子を『ニュー・シネマ・パラダイス』のジュゼッペ・トルナトーレが監督したドキュメンタリー作品。
かつて映画音楽は地位が低く、アカデミックな音楽を学んだモリコーネは劣等感に加え、罪悪感まで感じていたと涙ながらに語る。名声を得ながらもそのジレンマと葛藤し、音楽家としての誇りを手にするにまでの課程が、懐かしい名画や、監督らの言葉とともに紐解かれていく。モリコーネによって語られる制作の裏話が小気味よく、またその記憶力の良さにも驚く。自分の作った作品ゆえ当然なのかもしれないが、語りながら口ずさむメロディーは、まるで楽器のように曲ごとに音色を変え、音程も速度もオリジナル音源と寸分違わない。
また豪華な出演者も本作の見どころだ。モリコーネとともに仕事をした70人以上の著名人へのインタビューを敢行し、盟友であるセルジオ・レオーネをはじめ、クリント・イーストウッド、オリバー・ストーン、クエンティン・タランティーノといった名監督からブルース・スプリングスティーン、ハンス・ジマーなど映画や音楽に関わる多くの著名人が登場し華を添える。まるで彼らからのラブレターのように愛あふれる言葉に心温まり、アカデミー賞®受賞シーンや、ワールドコンサートのシーンでは感極まるだろう。本作はとにかく映画が見たくなる、映画音楽が聞きたくなるそんな作品だ。
アートが人々を動かしていく現場を体感できる──『アイ・ウェイウェイ:ユア・トゥルーリー』
中国を代表する現代美術家であるアイ・ウェイウェイは、自身の政治的発言により2011年4月に北京空港で身柄を拘束される。同年6月に釈放されるも、パスポートを剥奪され中国から出ることができず半ば軟禁されたような状態に。そんな時に企画された個展が「@Large」で、本作はその「@Large」開催を追ったドキュメンタリーだ。
「@Large」は、かつて刑務所として使われ、今では国立公園となったサンフランシスコ湾に浮かぶアルカトラズ島で開催された。今でも刑務所施設は残っており、毎日多くの人が見学に訪れる観光名所だ。本展の主題は“自由”だとアイ・ウェイウェイは語る。詩人であったアイ・ウェイウェイの父が政治的発言により僻地へ追いやられ、20年間トイレ掃除をして暮らしたことをモチーフに独房のトイレを陶器の花で埋め尽くした《BLOSSUM》や、チベットでは太陽光が強いため金属板の反射光でお湯を沸かすそうだが、その金属板を鳥の羽と見立て、自由のメタファーとして翼を表現し、檻の中に配した《REFRACTION》など、“自由”をテーマにした多様な作品が展示される。
なかでも、人権や言論の自由を訴えたり、政府の不正を告発したりしたことで、不当に刑務所に収監された活動家や政治犯176人の肖像を、カラフルなレゴブロックを使い表現した《TRACE》が本展のメイン作品だ。会場には肖像とともに各活動家宛のポストカードが用意されており、展覧会を訪れた人たちは、彼らに直接手紙を書き、支援の声を届けることができるのだ。ある活動家の元には毎週何百通もの手紙が届き「私は忘れられていなかった」と涙を流したという。自由を奪われたアイ・ウェイウェイや、世界各国にいる不当逮捕されたアクティビストたちの現状を、アルカトラズという特別な場所が生々しく描き出す。日本語訳の拙さが少々気になるものの、言葉を介さなくとも伝わるアートの力を感じることができるとも言えるだろう。声を上げてきた人々を忘れないこと、彼らの活動を知ることこそが、自由へと近づく大切な一歩だと気づかせてくれる。
*各作品の公開/配信状況は2023年10月25日現在のものです。
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