BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY KIKUKO USUYAMA
小さな変化を作品のパッションに変えて
ガラスアーティストのヘロン範子さんは、個展や撮影で会うたびに常に何かがアップデートされ、ディテールの変化に小さな驚きを与えてくれる存在である。ヘアカラーであったり、前髪の角度であったり、突然はじめた趣味であったり……。実際、事前のインタビューの時にはシルバー系だった髪が撮影時にはシャンパンゴールドに変わっていた。そのことに触れると「飽きっぽいだけです」と、ちょっと照れたように答える。凛としてソリッドなビジュアルでありながら、話すと繊細でチャーミングな表情を見せてくれる。自分が何者でどんな道を辿ってきたかということを大仰に披露することなく、”今、この瞬間“に心の向かう方向を素直に表現し、楽しむ。そんなヘロンさんに、まずは近年のクリエーションについて伺った。
ヘロンさんは、太古の時の流れをとじ込めたような古木の根や幹の畝り、岩肌など、自然のメタモルフォーゼから着想したガラスジュエリーを制作。ギャラリーを中心に、個展やアートイベントで作品を発表している。その時々の興味のベクトルや趣味が作品のテーマになることもあり、2022年には水墨画を独学で学び、それを「Sumi」コレクションとして発表。水の中に墨汁を一滴したたらせたときに現れる墨の揺らぎのような流動性が、唯一無二の表情に昇華された。また、初期の頃に制作した鹿の角を模した「Horn」コレクションは、2023年にジュエリーの新作としてリリース。「自然からインスピレーションを得たモチーフは不変的なテーマ性があり、時間を経て新たな心の動きをもたらします」とヘロンさんは語る。
昨年は、ヴェネチアで開催されているガラスのエキシビジョン「The Transparent Breath 2023」の招待アーティストとして選出される。ヘロンさんが厳選を重ね展示した作品は、「Bone」やエネルギーが全身を駆け巡る脈から発想した「Pulse」、さらにクリアガラスに蜘蛛のモチーフをダイナミックに配した「Spider」。躍動的でエモーショナルなガラスのジュエリーは、各国のジャーナリストからも注目を集めた。「基本的には自分でイメージを描きながらバーナーワークをするのですが、時にはガラスが溶けたい方向を尊重します。そんな偶発的なフォルムから、また新たな創造意欲を掻き立てられます」とヘロンさん。溶変するガラスに情熱を注ぎ込みエモーショナルな作品を生むと同時に、自らの人生も、意図しない発見を楽しみ、偶然の出会いを受け入れながら切り開いてきた。
創作の原点は、“不易流行”のマインド
ヘロンさんが生まれ育ったのは、クラシカルかつ瀟洒なカルチャーが交差する神戸。幼少期からさぞかし華やかな西洋文化に囲まれていたのではと問うと、「母が茶道と華道の教授者だったため、少女時代は和の文化に囲まれお稽古づくめ。その反動で、進学を考える頃には海外にばかり目が向いていました」という意外な答え。服飾系の大学へ進み、デザイナーとして大手アパレルメーカーに就職。次第に大量生産の物作りに疑問を感じ、個の表現を追求するための手段を試行錯誤するなかで、会社を辞めてヨーロッパを三ヶ月かけて巡る。知人の縁でフィレンツェに滞在するなかで、イタリアという国に心を動かされる。一度帰国してイタリア語の基礎を身につけたうえで、ペルージャ大学へと留学。ファションのトレンドを発信するディレクションを手掛けながら、20代の後半をイタリアで過ごす。その後、日本でアメリカ人のご主人と出会い結婚、仕事を離れてしばらくは育児に集中する時間を過ごす。
家庭に入ったヘロンさんの創作意欲に火が灯ったのは、新居の照明を探していた時のことだ。長く海外で暮らし、街を歩けば感性を刺激するインテリアアイテムに容易に出会えた経験を持つだけに、いざ探すとなると日本で好みのデザインに出会えない。「“ない”ものは、作ればいい」という思いから、アイアンワークに海外で求めたガラスパーツを組み合わせて、シャンデリアを制作。どこにもないアーティスティックな造形を創り出したことに高揚感を覚え、やがてガラスという素材に惹かれて、まずは吹きガラスのスタジオへ通う。2008年から「アルティジャーノ」コレクションと称し、シャンデリアや石膏アートを発表。さらに、透明度が高くと硬度に優れたホウケイ酸ガラスの技を習得し、まるでオブジェを纏うようなジュエリーの製作に至ったのは2012年のこと。「インテリアとファッションの垣根を越えて、ボーダーレスに個人のアイデンティティを託すようなジュエリーが作りたい」と考えたヘロンさんは、ブランド名を自身の名を冠した「NORIKO HERRON GLASS+ART」に改名。イメージをぐっとシャープに研ぎ澄ましたジュエリーを次々とデザインした。
約10年前からスタートした独創的なガラスのジュエリーは、お洒落の感度の高い女性の間でじわじわと話題となり、昨年には前述のごとく招聘アーティストとして国際的なエキシビジョンに臨んだ。話を伺っていると、肩肘張って猛烈にチャンスを掴み取るというよりも、ガラスに魅せられ、好きな世界を追求しながら、縁が結ぶ方向に素直に従ってきた精神の軽やかさが感じられる。
かつては急速に変化するファッションの第一線に身を置いていただけに、時代の流れと自らの距離の測り方を絶妙に心得ているようだ。撮影時のスタイリッシュな装いも、一見モードの空気感を放ちながら、実は20代のときに自らデザインした1枚だとか。「円高の全盛期に、あえて上質な日本の生地を用いて丁寧に縫製された不変的なアイテムとして今でも活躍。麻のスプリングコートなどワードローブには30年選手のものも。シンプルで上質なものは、不変的な美しさがあります。そこに自身のジュエリーをアレンジして旬の気分を楽しんでいます」とヘロンさん。
30年以上体型の変わらない秘訣は、楽しみながら運動する目的で10年以上前から嗜むダンスレッスン。この先にどんな夢を描いているかを伺うと「南極のエコクルーズで海に浮かぶ幻想的な氷山とペンギンを見ること。そして、母が亡くなり今更ではありますが茶の湯の扉も開いてみたい」と、譲られた抹茶茶碗を棚から取り出しながら語った。静と動、和洋や時代の隔てもなく、ヘロンさんは自らのアンテナに従って“不易流行”の審美眼を磨き続けている。
ヘロン範子(ガラスアーティスト)
1962年生まれ、神戸市出身。大手アパレルメーカーでデザイナーを務めた後、渡伊。フリーデザイナーとして独立し、インターナショナルな立場で総合企画、ディレクションを手がける。2008年に創作ガラスパーツとワイヤーワークによるオリジナルのシャンデリアを製作。2012年よりガラスジュエリー「NORIKO HERRON GLASS+ART」を展開。アパレルで培った経験を生かしたガラスデザインの可能性を提案、製作を手がける4月12日(金)〜21日(日)まで、「東京妙案GALLERY」にて個展を開催予定。
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