BY REIKO KUBO
一瞬たりとも飽きさせない5時間半の超大作──『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』
1978年3月のある朝、極左武装グループ「赤い旅団」によって、与党キリスト教民主党の党首で元首相のアルド・モーロが護衛官5人の惨殺後に誘拐される事件が発生する。映画『夜の外側』は、2003年に『夜よ、こんにちは』でモーロが監禁された屋敷の内側から事件を描いた巨匠マルコ・ベロッキオ監督作。今なおイタリア人にトラウマを与え続けるテロ事件に再び挑んだ本作は、監禁部屋の外側のドラマとして2022年カンヌ国際映画祭カンヌ・プレミア部門で上映された後、イタリアでは前編、後編に分けて劇場公開。その後国営テレビ局RAIで放映されて高視聴率を記録した話題作だ。
映画は、人通りのない路上で痩せ衰えた党首モーロが発見され、病院に移送される場面から始まる。彼を父と慕う内務大臣コッシーガ、党書記長ザッカニーニ、そして首相アンドレオッティの3人が、非業の死を遂げたはずのモーロの目覚めを凝視する冒頭シーンが異彩を放つ。そして日付は遡り、監禁の55日間を、解放に奔走したコッシーガ、ローマ法王、妻エレオノーラ、そして赤い旅団の女性メンバーそれぞれの視点を通し、フィクションを交えながら事件の背景を浮かび上がらせてゆく。
モーロを演じたファブリツィオ・ジフーニはイタリアのアカデミー賞ともいわれるダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞の最優秀男優賞に輝き、ローマ法王役のトニ・セルヴィッロらもノミネートされた。陰影に富んだ映像美の中、囚われのモーロを十字架を背負って歩くキリストに見立て、冒頭で復活を描いてみせた巨匠ベロッキオ。その静かな情熱が漲る340分の長尺は、一瞬も飽きさせない静謐なスリルとたゆたう想念に心奪われるスペシャルな映像体験をもたらしてくれる。
『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次ロードショー
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ライアン・ゴズリングが体を張ってアクションとラブコメに全力投球!『フォールガイ』
昨年は映画『バービー』で切ないケンのバラードを熱唱し、その世界観を盛り立てた芸達者な人気者ライアン・ゴズリング。今作で彼が演じるのは凄腕のスタントマン、コルト・シーバース。もともとは1981年から1986年にかけてアメリカで放映されたTVシリーズ『俺たち賞金稼ぎ!!フォール・ガイ』の主役を、ブラッド・ピットらのスタントマンから映画監督に転じ、『ジョン・ウィック』シリーズ等のヒット作を連発するデヴィッド・リーチがスクリーンに蘇らせた。
本作のシーバースは、人気アクションスター、トム・ライダーの腕利きスタントマンとして欠かせない存在だったが、撮影中に大怪我を負い、業界から姿を消していた。そんな彼のもとにプロデューサーから復帰要請の声がかかる。しぶるシーバースだったが、ともに撮影の裏方として働いていた元カノ、ジョディの監督デビュー作となるSFアクション映画と聞いて、ロケ地シドニーに飛ぶ。ところがジョディの方は、失敗できないデビュー作の撮影中に苦い恋の記憶など思い出したくもない風情。実はプロデューサーの思惑は他にあり、シーバースは思わぬ陰謀に巻き込まれてゆく。
ジョディを演じるのはエミリー・ブラント。『オッペンハイマー』のアカデミー助演女優賞ノミネートも記憶に新しいが、久々に軽やかなラブコメ演技を披露している。トム・ライダー役には、『ブレット・トレイン』でもリーチ監督と組み、次期ジェームズ・ボンドの呼び声も高いアーロン・テイラー=ジョンソン。
スタントマンの超絶技と豪快アクションの連続、嵐のような怒涛の展開に、焼け木杭に火がつくか!?のロマンスと、盛りだくさんの127分。耳に心地良いライアン・ゴズリングの一人語りに重なるKISSの「I Was Made For Lovin’ You」からはじまり、テイラー・スウィフトの「All Too Well」、ボン・ジョヴィの「You Give Love a Bad Name」等のサントラもグッド・アシスト。エンドクレジットまでもれなく楽しめる、スタントと映画への愛の讃歌『フォールガイ』は、残暑を忘れるにはもってこいの痛快エンターテインメントだ。
『フォールガイ』
8月16日(金)より全国ロードショー
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安部公房の同名小説が、27年の時を経てついに映画化──『箱男』
本作の監督・石井岳龍は、石井聰亙の名で活動していた1990年代初頭、原作者の安部公房に直談判に行き、小説「箱男」の映画化を託された。ところが、1997年に製作が決定しロケ地に選んだハンブルグの地で、クランクイン前日に突然、撮影中止となった。その後、版権はハリウッドから世界をめぐり、約20年後に再び石井のもとへ戻り、最初の製作時と同じキャストの永瀬正敏と佐藤浩市、そして新たに浅野忠信が加わり、安部公房生誕100年の今年、遂にスクリーン登場とあいなった。
箱男とは、ダンボールを頭からすっぽり被り、その小さな覗き穴から世界を眺め、完全なる孤独と自由を得た、人間が望む最終形態。そんな存在に心を奪われたカメラマンの“わたし”(永瀬)は、偶然見かけた箱男を亡き者にしてダンボールを奪い、この街の箱男となることに成功する。ところが、そんな彼の存在を乗っ取ろうとするニセ医者(浅野)や、彼を完全犯罪に利用しようとする軍医(佐藤)、謎の看護師(白本彩奈)が現れて……。
安部公房自身は執筆当時、ホームレスから箱男を連想したと語っていたが、その身分を椅子取りゲームのように奪い合い、完全匿名の世界から書くという行為をひたすら続ける存在は、今のネット民と重なり、時代とともに生き続ける小説の本領を感じさせる。「娯楽にすること」を条件に許された映画化は、「箱男を意識する者は箱男になる」というフレーズを繰り返しながら、完全なる自由と匿名性を得たはずが、終始覗かれ始める混乱をパンキッシュに描き出す。虚実入り混じる迷宮に囚われる“わたし”役の永瀬正敏と、ニセ医者=浅野忠信の下世話な滑稽さの対比も楽しい。そんな二人が箱に入って、ちょこまか闘う場面や、お約束のように階段をコロコロと転げ落ちる姿はサービス満点だ。
『箱男』
8月23日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
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