TEXT & PHOTOGRAPHS BY YUMIKO TAKAYAMA

「須田農場」が栽培している男爵いもの花。じゃがいもの花は6~7月頃に十勝のいたるところで咲いていて、目を和ませてくれる
PHOTOGRAPH BY SUDA FARM
ご近所からのお裾分けで、驚愕のおいしさのじゃがいもと出合う
十勝に来て驚いたのは、旬の野菜のお裾分けが頻繁にあること。農家さんのみならず、一般家庭も家庭菜園で栽培しているので、「野菜がなくなったら言ってね」とご近所さんが気遣ってくれてありがたい。「野菜はもらうもの」なのが、さすが日本の食糧庫、十勝。春先にアスパラを束でもらったときには、これに見合うお返しができるのか一瞬、たじろいでしまったけど。さて、最近いただいたのは、じゃがいも。

いただいたじゃがいもをさっそく調理して「きたひめ」のヴィシソワーズに。昆布出汁をベースにして、味付けは薄めに。「きたひめ」の繊細さやさしい味わいが口の中に広がる
ミシュラン3つ星日本料理店「龍吟」や2つ星の日本料理店「紀尾井町 福田家」など、そうそうたる星付き飲食店がこぞって使っているというじゃがいもだ。「きたひめ」という初めて聞く品種で皮をむくと白っぽい。蒸して塩で食べてみたら、今まで味わったことのないじゃがいもの繊細で上品な味わいに驚く。じゃがいもといえばどれを食べても外れがないが、「超絶美味しい!」と感じることもあまりない野菜だと思っていたが、これは…...!

いただきものは日々の糧、こちらも自作。皮ごとゆでた男爵いもをつぶし、ローズマリーとにんにくを加えた多めのオリーブオイルで揚げ焼き。皮がガリッとなるまで焼くのがポイント
「きたひめ」はポテトチップ用に開発されたそうで、単体で市場に出回ることがあまりないとか。そんな地味&レアキャラともいえる「きたひめ」を独自に研究し、その魅力を引き出した農家が上士幌町にある須田農場だ。俄然、興味がわいてきて、須田農場を訪問することに。
おいしいじゃがいもは、祖父・父・3代目の兄弟の努力の賜物

右が情熱派の兄・須田侑希さん、左が理論派の弟・和雅さん。ホワイトコーンを収穫中
出迎えてくれたのは、3代目農家の兄・須田侑希さんと弟・和雅さんの兄弟。ふたりとも農業高校を卒業後、さらに専門機関での勉強を経て家業を継いだ生粋の農業人だ。「うちの主要野菜がじゃがいもと豆とビート(てんさい糖用)なんですね。子供の頃から、学校給食や飲食店に出てくるじゃがいもが、ずっとおいしくないと感じていて。農業高校に通っていた時に、土づくりや肥料について学ぶにつれ、小さい頃から見ていた父とじいちゃんが畑でやっていたことが腑に落ちたんですよ」と侑希さん。
「うちのじゃがいもがおいしいのは、じいちゃんの土づくりに秘密があるんだろうなって。祖父はえん麦を使った緑肥をやっていたんです。長年の蓄積がうまいじゃがいもを生んだ。野菜が育つ仕組みが理論的にわかるとおもしろくなっちゃって」と和雅さん。緑肥用えん麦とは土壌改良、雑草抑制、病害虫抑制などの目的で栽培され、有機物量が豊富のためすきこむことで土壌に有機物を供給する農法だ。
兄は2015年に就農し、弟は2016年に合流。上士幌町では収穫した野菜を農協にすべておさめる農家がほとんどなのだが、「周りと同じ野菜を作って農協におろすだけだと、将来的に何かあったら共倒れしてしまう。なによりもそれじゃあ、僕たちがつまらない。じいちゃんと父が育んでいた土壌を活用して、自分たちにしかできない野菜を作りたい。どうせやるなら、日本一うまい野菜を作って、自分たちで販売しようと思ったんです」と侑希さんは話す。
「実験を重ね、唯一無二のおいしい野菜作りを目指す
広大な畑で、父から農作業を学びながら(めちゃくちゃハードだったそう)、空き時間を利用し、十勝で育つさまざまな野菜の可能性を考え、家庭菜園用の小さなビニールハウスでふたりの実験が始まった。30~40種類の野菜を植え、「めちゃくちゃおいしい!」ものができたら、父を説得して畑デビューさせてもらう。「ちゃんと土壌診断をして何の成分が足らないのか、いろんな角度から試します。最近は、チャットGPTを交えて、あーでもないこーでもないと作戦会議していますね」(和雅さん) 10年間で300種以上を育て、数多くの失敗を繰り返しながら、家庭菜園から華々しくスター選手となったのが、アスパラガスとホワイトコーンだ。

取材日に収穫していたホワイトコーン。生でかじるとフルーツのようにジューシーで、その爽やかな甘さにびっくり
PHOTOGRAPH BY SUDA FARM

取材した後に早速作ってみた私の昼ごはん。ホワイトコーン1本はさっとゆでてつぶしてちょっぴり白出汁を加えてソースにして冷やす。冷製パスタと合わせ、生のホワイトコーンとペコリーノチーズをたっぷりかけて。ホワイトコーンの甘さとみずみずしさ、生のホワイトコーンの食感が楽しい

堀りたての男爵いも。すぐに蒸してバターをのせ、じゃがバターにしたら格別のおいしさ。新じゃがシーズンならでは
じゃがいもも、おいしさをさらに追求した。もともと「きたひめ」「男爵」「ホッカイコガネ」の3種は育てていたが、石灰質の肥料を加えることで格段に風味がよくなったそう。「地元のじゃがいも生産者からすると、“なんで、「きたひめ」なんかに力を入れているんだ。ポテチ用のじゃがいもじゃないか”って思われている。でも手をかけてちゃんと育ててあげると、繊細できれいな味わいになるんです」と侑希さん。

現在、家庭菜園で実験中のミニトマトを収穫。随時20種類以上育てている。ここから明日のスターが誕生するかも
大規模農業で特定の作物を大量に生産する農家が多い北海道で、彼らが新たな野菜の栽培に挑戦したり、新しい農法を取り入れたりするモチベーションは何だろうか。「ワクワク感ですかね。もっとおいしくなるようにどう育てようって考えるだけで燃えます」と、侑希さん。農法については意見を戦わせることはあっても、そのほかのことで喧嘩などは一切ないというから、いいコンビだ。最近大失敗したのがレモンとしょうがだそうで、反対に里芋が順調に育っており、収穫するのが楽しみなんだとか。全国的に高齢化で離農する農家が多いなか、彼らのように若い世代が情熱をもって農業を切り開いていくことが、日本の未来には不可欠なことだし、これからもどんなワクワクする野菜を作ってくれるのか、楽しみで仕方がない。
須田農場
公式サイトはこちら
高山裕美子(たかやま・ゆみこ)
エディター、ライター。ファッション誌やカルチャー映画誌、インテリアや食の専門誌の編集者を経て、現在フリーランスに。国内外のローカルな食文化を探求することがライフワーク。2024年8月に、東京から北海道・十勝エリアに引っ越してきたばかり
▼あわせて読みたいおすすめ記事