1977年、97歳で人生の幕を閉じた画家、熊谷守一。カルサンという着物を着て、白い髭を長く伸ばし、晩年は自宅の敷地内からほとんど出ず、そこに生きる虫や鳥、花、雨つぶなど自然の姿を描いて過ごした。「これ以上人が来てくれては困る」と、文化勲章や勲三等叙勲を辞退した逸話も残る。そんな風貌と振る舞いから、社会性のない世捨て人気質の芸術家というイメージをもっている人も多いだろう。また、彼の代表作としてよく知られるミニマルで素朴、一方で陽気な色彩の作品は、“ヘタウマ”のハシリだと思われている節もあるかもしれない。


 だが、東京国立近代美術館で始まった回顧展『没後40年 熊谷守一 生きるよろこび』に並ぶ200点以上の作品を見ると、守一は決して美術のアウトサイドに生きた変わり者ではなく、生粋のアカデミックな画家であり、常に新しい絵画表現を追求、実践しつづけていたことがわかる。



《猫》 1965年 愛知県美術館 木村定三コレクション

COURTESY OF KIMURA TEIZO COLLECTION,

AICHI PREFECTURAL MUSEUM OF ART


 

 この『熊谷守一 生きるよろこび』展は、独特の色彩感覚や抽象的な表現性、赤い輪郭線やモチーフの連続性など、守一絵画の特徴をおさらいしながら、初期から晩年までの作品を通時的に並べて紹介。守一の陽気な絵画しか知らない人は、特に展覧会の序盤に展示される初期作品に大きな衝撃を受けるだろう。写実的で、何よりも暗い印象の作品が並ぶ。当時の守一は、真っ暗な部屋で蝋燭を灯しながら自画像を描いたり、光と闇の関係をありのまま再現することに熱中していたという。展示スペースに置かれた雑記のなかにも、色彩学やカメラのレンズに関する研究、プリズムに関するメモなどが多く見つかる。科学者のように目の前の現象を観察分析し、それを絵画の表現として応用する――科学とアートを接続する姿勢に、守一本来の作家性が見えてくる。


 と考えると、“ヘタウマ”と勘違いされている晩年の作品も、守一の科学的思考と絵画的実践の延長だとわかる。実際、その多くは色彩学に基づき、緻密に計算された配色がなされている。たとえば、黄色と青、緑と赤のように色相環的に対をなす補色という概念が色彩学にはある。黄色とその補色である青を隣り合わせにすると、青が沈み、黄色が前面に浮き上がって見えてくる。形態を簡素化し、色彩を強調した守一の作品は、明暗ではなく、補色関係の性質を使ってモノの立体感、光と闇を表現しようとする、守一の重要な絵画のプラクティスだったということだ。




(写真左から)

《蠟燭(ローソク)》 1909年 岐阜県美術館

COURTESY OF THE  MUSEUM OF FINE ART, GIFU


《雨滴》 1961年 愛知県美術館 木村定三コレクション

COURTESY OF KIMURA TEIZO COLLECTION,

AICHI PREFECTURAL MUSEUM OF ART




熊谷守一 1971年(91歳)

 撮影:日本経済新聞社



 本展を企画した学芸員の蔵屋美香は、作品のキャプションに記された制作年に注目しても面白い発見があると教えてくれた。守一は1880年生まれであり、制作年に20を足すと、その作品が何歳のときに描かれたのかが算出できる。そうすると、50歳までにマスターピースを残す画家が多いなか、守一が代表作と評される作品を描いたのは、ほぼ70歳以降だということがわかる。カレンダーの挿絵などで人気の《猫》にいたっては、85歳。人生のピークをどう作るか? そもそもピーキングの設定なんて必要なのか――? 97歳まで、描くことをひたすら研究し実践した守一の絵が、今改めて問いかけることは多い。




没後40年 熊谷守一 生きるよろこび


会期:〜2018年3月21日(水・祝)

会場:東京国立近代美術館

住所:東京都千代田区北の丸公園3-1

休館日:月曜(ただし1月8日、2月12にちは開館)、

  年末年始(2017年12月28日〜2018年1月1日)、

  1月9日(火)、2月13日(火)

開館時間:10:00〜17:00(金・土曜は〜20:00)

    (入館は閉館の30分前まで)

入館料:一般 ¥1,400、大学・専門学校生 ¥900、

高校生 ¥400、中学生以下無料

電話:03(5777)8600(ハローダイヤル)

公式サイト






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