自由な発想で型染めの世界に新風を吹き込み、民藝からアートへと飛躍を遂げた染色家・柚木 沙弥郎(ゆのき さみろう)。独創的でいきいきとした作品からは、生きる歓びが伝わってくる。96歳の現役作家が今見つめるものは

BY CHIZURU ATSUTA, PHOTOGRAPHS BY NORIO KIDERA

画像: 《まゆ玉のうた》シリーズ(2013年・世田谷美術館収蔵)と本人(『柚木沙弥郎 92年分の色とかたち』グラフィック社より) ‘SAMIRO YUNOKI STYLE & ARCHIVES’  © GRAPHICSHA

《まゆ玉のうた》シリーズ(2013年・世田谷美術館収蔵)と本人(『柚木沙弥郎 92年分の色とかたち』グラフィック社より)
‘SAMIRO YUNOKI STYLE & ARCHIVES’ © GRAPHICSHA

 白布の真ん中に描かれた、大きなクエスチョンマーク。その周りには柚木レッドと言われる鮮やかな赤をベースに、黒い丸模様が彩られている。今年4月、東京・渋谷のギャラリーTOMで開催された展覧会で、染色家・柚木沙弥郎の作品は、そんなモチーフが大きなインパクトを残した。個展のタイトルは『柚木沙弥郎 Qui est?』。「フランス語で『柚木とは誰ですか?』という意味です。これまでの創作活動や表現を通して、『自分は何者だ?』と問うてみた。今世紀に入るまでそんなこと、考えたこともなかったから」

 現在96歳。20代の頃に柳宗悦が提唱する民藝と出会い、のちに人間国宝となった染色工芸家、芹沢銈介(けいすけ)の弟子に。染色家の道を歩み始めて以降、70年以上たった今も型染めの第一人者として現役で活躍する。昨年、日本民藝館で開催された『柚木沙弥郎の染色 もようと色彩』展では、老若男女のファンが足を運び、近年では同館最多の観客動員数を記録したことも記憶に新しい。大胆な構図と鮮烈な色使い、モダンで斬新なモチーフはみずみずしく、生命力にあふれている。染色以外にも版画、ガラス絵、絵本、人形制作など、幅広い活動を続け、自ら芸術表現を切り開いてきた。

画像: リビングにはアートピースに紛れて蒐集したフォークアートが並ぶ。「有名無名は関係ないよ、直感で選ぶんだ」。写真右の人形は柚木の作品

リビングにはアートピースに紛れて蒐集したフォークアートが並ぶ。「有名無名は関係ないよ、直感で選ぶんだ」。写真右の人形は柚木の作品

画像: (左)アトリエで制作中。型紙は下書きをせず、ハサミでカットしてつくる (右)《柚木沙弥郎 Qui est?》 2019年4月、ギャラリーTOMにて同名の展覧会が開催された ‘SAMIRO YUNOKI STYLE & ARCHIVES’  © GRAPHICSHA

(左)アトリエで制作中。型紙は下書きをせず、ハサミでカットしてつくる
(右)《柚木沙弥郎 Qui est?》 2019年4月、ギャラリーTOMにて同名の展覧会が開催された
‘SAMIRO YUNOKI STYLE & ARCHIVES’ © GRAPHICSHA

 いつかはパリで挑戦したいと考えるようになったのは、1960年代に初めてその地を訪れたときのこと。以来、柚木にとってパリは特別な場所となった。20世紀初頭、画家・藤田嗣治(つぐはる)らとともに画壇で活躍していた洋画家の父から、パリの素晴らしさをすっと耳にしていたことも大きかった。最初の訪問から40年近くたった頃、柚木に人生の転機が訪れる。2008年、セーヌ左岸にある画廊で初の個展が決まったのだ。当時86歳。その後、個展は3年連続で開催された。

「その頃から友人も増えてね、新しい仕事も増えた。だから、ここ15〜20年くらいの話ですよ。僕を取り巻く環境が大きく変わったのは。自分が必要とされているという自覚が芽生えましたね」

画像: 2015年、ギャラリーTOMで開催した《燕のうた》の展示風景。染色と版画で構成された © GALLERY TOM

2015年、ギャラリーTOMで開催した《燕のうた》の展示風景。染色と版画で構成された
© GALLERY TOM

 さらに、2014年には、ヨーロッパ最大の東洋美術コレクションを誇るフランス国立ギメ東洋美術館に70点近くが収蔵されることに。「人生の最後の場所、着地点はパリ」と語っていた柚木が92歳にしてパリに認められたことは、大きな注目を集めた。そして、夢がかなった現在も創作は途切れることはない。

「静かな晩年というわけにはいかないよ。仕事があるからね。常にエキサイトしていて充実した日々が続いていますよ。でもね、体が思うようにいかないから、その面は厳しい。制作時間も徐々に減ってきてしまった。最初は焦ったけれど、最近はもういいやと思い直したの。時間が少ないと、そのぶん集中するようになるから」

 それを「カラ元気で頑張りますよ」と笑う姿は、自らに言い聞かせ、鼓舞しているようにも映る。体は動かなくても、制作への情熱は衰えることはない。そこには「生きる」ことへの使命感も垣間見える。
「僕の人生では戦争が大きなブランクになっているからね。学徒出陣で友もたくさん死んだ。生き残った人間は後ろめたい気持ちがずっとある。自分の分までやってくれと言われているような責任を感じるんです。そこがちょっと、今の人とは違うんだな」

画像: 今年7月の展覧会では「鳥獣戯画絵巻」をヒントに、新しい作品を発表予定

今年7月の展覧会では「鳥獣戯画絵巻」をヒントに、新しい作品を発表予定

 7月には神奈川県立近代美術館葉山館での展覧会も控える。新しい作品は、「鳥獣戯画絵巻」をもとに60年前に構成された、劇作家・村山亜土の台本が着想源だという。
「もともとは、平安末期にできた絵巻物。それをもとにして、現代を生きる96歳の僕がどういうふうに表現するか。自分の絵巻をつくろうと思ってる。当時と今は時代が違うけれど、人間として同じことを考えているような気がしてね」

 現代は、変わろうとするエネルギーが強い時代だと考える。社会が激しく移り変わるなか、悲観的になりそうなニュースや事件もたくさんある。「それでも慌てないで時代に寄り添って、世の中のいろんな現象を咀嚼して自分なりに吐き出すのが大切。時代の変化は僕にとってはとても面白いことですよ」

 どんな世の中であっても、日常に目を向け、身の回りからワクワクできることを発見する。形にして発信する。それこそが生きがいだという。「いつからだって、どんな対象だっていいんだよ。僕だって、物心ついたのは80歳になってからなんだから」

画像: 自宅のアトリエにて。写真右のオブジェは自画像。96歳にして初めて手がけた木工作品。ずっと木工をやりたいと思って自宅の改修工事のときに天板をとっておいた

自宅のアトリエにて。写真右のオブジェは自画像。96歳にして初めて手がけた木工作品。ずっと木工をやりたいと思って自宅の改修工事のときに天板をとっておいた

柚木沙弥郎(SAMIRO YUNOKI)
1922年東京都生まれ。日本における型染めの第一人者として長年活躍。2014年、フランス国立ギメ東洋美術館に作品が収蔵。7月に神奈川県立近代美術館葉山館、9月にパリで展覧会を開催予定

『柚木沙弥郎の「鳥獣戯画」』
会期:2019年7月13日(土)〜9月8日(日)
会場:神奈川県立近代美術館 葉山館
住所:神奈川県三浦郡葉山町一色2208-1
開館時間:9:00〜17:00(※入館は閉館時間の30分前まで)
休館日:月曜(ただし祝日は開館)
電話: 046(875)2800
公式サイト
※この展覧会は終了しております

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