BY CHIE SUMIYOSHI
コンテンポラリーダンスのメセナ活動として、2020年に始動した「ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル」。創造、継承、教育という3 つの理念のもと世界各地で独自のプログラムを開催してきた。ロンドン、香港、ニューヨークに続き、今秋そのフェスティバルが京都と埼玉で開催された。
ダンスが謳いあげるエネルギーと解放
なかでも衝撃を受けたのが、世界的に注目される若手アーティストコレクティブ、(ラ)オルドが電子音楽家ローンと協働し、自ら芸術監督を務めるマルセイユ国立バレエ団とともに完成させた大規模な作品『ルーム・ウィズ・ア・ヴュー』だ。「ポストインターネットダンス」を追求する彼らは、地域や分野を超えてオンライン上で拡散される動画などをもとに、ダンスと身体の新たなダイナミクスを探求する作品世界を展開してきた。舞台は大理石の採石場の一角にひそむ白い部屋で行われるレイヴパーティだ。音楽とダンスで内向的なトランスと集団的な興奮状態に至った若者たちは鬱屈したエネルギーを暴力的に噴出し、カップルは互いの精神と肉体を傷つけ合う。安全と信頼が崩壊した終末的な情景に立ち尽くす彼らは、次第に身体言語を駆使して連帯と蜂起の身振りを獲得し、抑圧からの解放を謳いあげる。11カ国19人の鍛錬されたダンサーたちが激しいムーブメントで交わすエネルギーは、全編にわたりローンが音響ブースから繰り出す音楽と融合し昇華されていく。近年のコンテンポラリーダンスの世界では、特に若い振付家の作品に暴力的な表現やディストピア的設定を多く見るようになった。苛烈な現実社会との接続を鑑みれば、若い世代が自他の「痛み」を通じてしか抵抗を表明できないことは自明の理だ。
「ダンスという身体表現は本来、社会的・政治的なものを孕んでいるものだと思います。私たちは、一人ひとりが内に抱える暴力性という怪物を直視し、ダンスの所作を通してそれらに肉体を与えることによって、複雑に絡み合いながらも隠蔽された構造的な暴力を脱構築したいのです。個人の意識と集団の問いかけが呼応し合う舞台という場は、考察のための鏡であり、同時に苦悩を浄化する悪魔祓いのような作用をもつとも考えています」と(ラ)オルドのブルッティは言う。
一方、アレッサンドロ・シャッローニの『ラストダンスは私に』では、デリケートな愛に満ちたエネルギーが燃焼された。ポルカ・キナータは、公の場で未婚の男女が密着して踊ることが許されなかった1900年代初頭のボローニャで、男性同士のペアで踊られていたフォークダンスだ。女性にアピールするため高速で回転するアクロバティックな技術が競われたが、社会通念の変化とともに廃れていった。シャッローニはこのダンスに魅入られ復活に取り組んだが、その時点で踊り手はわずか数名だったという。四方を客席が取り囲むフロアにふたりのダンサーが現れ、素早くスピンしながら踊りはじめる。時に腰を落とし互いの体重を支え合いながら、相互の信頼に基づく旋回は加速していく。たちまち頰は紅潮し息が上がるが、ハグして呼吸を整え、にっこりと微笑みを交わし回り続ける。並外れた身体能力を必要とするパフォーマンスは、サーカスやスポーツに通じる驚嘆とともに、ほっこりさせるような鎮静効果をも生じさせた。
「惑星をはじめとする宇宙のあらゆるものが回転しているともいえます。赤ちゃんが回るものを見ると泣きやんで眠るように、回転運動には私たちの根源につながる神秘があるのでしょう。オリジナルのポルカ・キナータから変えたもののひとつは上演時間を長くしたこと。もうひとつはダンサーの関係性の表象です。たとえばふたりが目と目を合わせる場面では、観る人が疲労感とともに信頼関係や踊ることの喜びを受け取るように、私たちが意図しなかった感情や解釈も生まれます」とシャッローニは語った。
今なぜコンテンポラリーダンスなのか?
常に時代の精神を反映してきた舞台芸術のなかでも、社会への問いかけや問題意識を喚起するコンテンポラリーダンスは現代芸術の先鋭として近年注目が高まる。今回、時代を超えて継承されるレパートリーから若い世代をエンパワメントする最新作まで、多様性を意識したプログラムを統括したのがセルジュ・ローランだ。長年パリのポンピドゥー・センターの舞台芸術企画部門の責任者を務め、2019年より「ダンス リフレクションズ」を牽引してきた。
「現代美術と同様、ダンスには抽象性の高い作品やコンセプチュアルな作品がありますが、アーティストが創造する新しい言語を必ずしもすぐに理解しようとしなくていいのです。未知の文化に出会う旅の始まりのように、まず自由に感じてほしい。アーティストは生きている環境からインスピレーションをつかみ、混沌とした現実世界の捉え方をポジティブな身体言語で表現します。鑑賞体験が脳に焼きつけ残したものが、個々人のリアクションを起こすことが重要です。ダンスとの出会いは観る人の内面を照らし、外の世界とのつながりを生みだしてくれます」とローランは語る。さらに本フェスティバルでは、一般向けの鑑賞力を養うワークショップが多数開催されたが、それは「ダンス リフレクションズ」が掲げる、創造、継承、教育という3 つの指針の実践であり、新たな観客層を育成するための「つながり」の手立てでもある。
本フェスティバルは、KYOTO EXPERIMENT京都国際舞台芸術祭、彩の国さいたま芸術劇場、ロームシアター京都とのコラボレーションにより開催された。各会場では前述の2作品のほか多彩なプログラムが上演された。
ラシッド・ウランダンは綱渡りとクライマー、アクロバットパフォーマーによる目も眩む身体表現に挑んだ。クリスチャン・リゾーは、イスタンブールの路上で目撃した男たちの舞踊から着想を得て、この上なくやさしい仕草で支え合う男性同士の関係性を描いた。そこには戦いの象徴でもある男らしさのステレオタイプを超えた自由なコミュニティのありようが詩的に浮かび上がる。オラ・マチェイェフスカは、モダンダンスの先駆者ロイ・フラーが創作した「サーペンタインダンス」を甦らせる2 作品を上演した。
歴史的に芸術を支援してきたグローバルなメゾンと日本のパートナー機関が四つに組んで協働し、きわめて質の高いプログラムを実現してきたこのプロジェクトについて、佐藤まいみ(彩の国さいたま芸術劇場アドバイザー)は次のように語る。「企業とアートの関わりは、価値観とビジョンの共有なくしては成り立たないものです。インスピレーションの源であり、発展を支えてきたダンスに、そして観客にお返しをする、というメゾンの姿勢に共感します。ダンスとの出会いが、境界を越えて、知的にも感情的にも豊かなものの見方をもたらしてくれると信じています」
社会を鋭敏に捉え、迷走する人間の行方さえも予見するコンテンポラリーダンスの最突端を見せてくれた『ダンス リフレクションズ』は、今後も注視していくべき現代芸術の〈ムーブメント〉である。
●KYOTO EXPERIMENT 公式サイトはこちら
●ロームシアター京都 京都府京都市左京区岡崎最勝寺町13
TEL. 075-771-6051 (10時~17時) 公式サイトはこちら
●彩の国さいたま芸術劇場 埼玉県さいたま市中央区上峰3 の15の1
TEL. 0570-064-939(休館日を除く10時~18時)公式サイトはこちら
ダンス リフレクションズ by ヴァン クリーフ&アーペル