“東京の未来”を見据えた二つの街づくりに携わる田根剛。過去と未来をつなぐ建築を目指す田根が打ち出す、これからの都市の姿とは?

BY JUN ISHIDA, PHOTOGRAPHS BY YUSUKE ABE

 代々木の天神橋跡付近から幡ヶ谷を通り、笹塚へと抜ける緑道があるのを知っているだろうか? この道の名は「玉川上水旧水路緑道」。江戸時代に造られた水路を暗渠(あんきょ)とし、緑道化したものである。今、この道を新たなものへと進化させるプロジェクトが進んでいる。緑道がまたぐ京王線笹塚・幡ヶ谷・初台駅の一文字ずつを取ったプロジェクトの名は「388(ササハタハツ)FARM」。マスターデザインを担当するのは建築家の田根剛だ。緑道の木々も芽吹く頃、事務所を構えるパリから一時帰国した田根とともに歩いた。

画像: 玉川上水旧水路緑道に立つ田根剛。京王線初台駅付近では、緑道は高速道路と並行して走る

玉川上水旧水路緑道に立つ田根剛。京王線初台駅付近では、緑道は高速道路と並行して走る

 約2.6㎞続く緑道は、オフィス街から商店街、住宅街を貫き、エリアごとに異なる表情を見せる。西新宿の高層ビル群が姿を現す初台付近の緑道で、「ここが農園になるなんて信じられませんよね」と田根は苦笑する。「FARM(農園)」という言葉のとおり、田根が提案したのは、この緑道を「農園」「森」、そしてその中間となる「アグロフォレストリー(農園と樹木の混成)」からなる緑の道にすることだ。「日照条件に合わせて、3つのエリアを配置します。日あたりのよいところは農園に、暗がりになるところは森にと、長い道にシークエンスが生まれてゆきます」と田根は説明する。緑道沿いに建築物を造るかは未定だが、「道幅も狭く、大型開発を行うほどの面積はないので、地域の人々と一緒に豊かにする方策を考えてゆきたいと思います。そしてその方向性をデザインによって示すのが、僕の役割です」と言う。

画像: 田根剛(TSUYOSHI TANE) 建築家。1979年東京都生まれ。フランス・パリにAtelier Tsuyoshi Tane Architectsを設立。主な作品に「エストニア国立博物館」(2016年完成)、「弘前れんが倉庫美術館」(2020年完成。2021年フランス国外建築賞グランプリ受賞)、「アル・サーニ・コレクション財団美術館」(2021年完成)。2021毎日デザイン賞受賞。

田根剛(TSUYOSHI TANE)
建築家。1979年東京都生まれ。フランス・パリにAtelier Tsuyoshi Tane Architectsを設立。主な作品に「エストニア国立博物館」(2016年完成)、「弘前れんが倉庫美術館」(2020年完成。2021年フランス国外建築賞グランプリ受賞)、「アル・サーニ・コレクション財団美術館」(2021年完成)。2021毎日デザイン賞受賞。

画像: オフィス街へとつながる初台エリア

オフィス街へとつながる初台エリア

 田根が打ち出したコンセプトは、緑道を“食のライフライン”とすること。そもそもこの道は、今から300年以上前に造られた“水のライフライン”だ。「江戸時代に多摩の富農だったとの説がある玉川兄弟が、幕府に依頼され、飲料水が不足していた江戸の町に多摩川からの水を引く治水工事に取り組みました。いわば江戸の“水のライフライン”だったのです」

 水路はその後、関東大震災や東京大空襲で被害を受け、暗渠となる。1965年から1975年頃にかけて現在の緑道の形に整備されるが、今もなおアスファルトの下には水が流れている場所もある。「現代の都市におけるライフラインは何かを考え、たどり着いたのが“食”でした。住民からはさまざまな要望がありましたが、公共空間は個人の夢をかなえる場所ではありません。現在を生きる人たちだけが満足するのでもダメで、先人たちが喜ぶこと、未来の人たちに残ること、長い時間軸の中で公共性を考えなければなりません」

画像: 朽ちた木の下に新しい命が芽生える

朽ちた木の下に新しい命が芽生える

“食のライフライン”には、食べ物を作ること以上の意味も含まれる。「FARM」が育てるのは野菜や果物だけでなく、コミュニティであり経済であり、最終的には社会道徳を育むことが目標だ。「『FARM』に込められた、育む・育てるというコンセプトが住民の方々に共感していただけたのだと思います。オープンな緑道なので、たとえば野菜を勝手に取ってゆく人が現れるなどさまざまな問題が起こることが予想されます。しかし、そうしたときに食べ物を取るなと看板を立てるのか、一緒に育てませんかと声をかけるのか。コミュニティを作る人々の意識を育ててゆくのも僕らの仕事のひとつです」

画像: 「388FARM」の全体図。全長約2.6㎞に及ぶ緑道を“食のライフライン”にする。2022年度から工事が始まり、2028年度の完成を目指す © SHIBUYA CITY OFFICE ALL RIGHTS RESERVED.

「388FARM」の全体図。全長約2.6㎞に及ぶ緑道を“食のライフライン”にする。2022年度から工事が始まり、2028年度の完成を目指す
© SHIBUYA CITY OFFICE ALL RIGHTS RESERVED.

画像: 「388FARM」のイメージ図。緑道は「農園」「森」「アグロフォレストリー」の3 つのエリアから構成される © SHIBUYA CITY OFFICE ALL RIGHTS RESERVED.

「388FARM」のイメージ図。緑道は「農園」「森」「アグロフォレストリー」の3 つのエリアから構成される
© SHIBUYA CITY OFFICE ALL RIGHTS RESERVED.

 こうした公共性やコミュニティに対する考え方には、田根が約20年暮らすヨーロッパの思想が影響している。「ヨーロッパには、コモンズ(共有財産)という概念があります」と田根は言う。「ヨーロッパは個人も行政もコモンズを増やすことを重視しますが、日本は個々の資産を価値基準とします。しかし、それでは地域や社会は豊かにはならない。建築や文化は、資産でなく財産であり、それを豊かにしてゆくことが、建築家による公共への福祉だと僕は考えます」

 今、田根は東京でもうひとつ街づくりに関わるプロジェクトに取り組んでいる。日比谷にある帝国ホテル東京本館の建て替えだ。これは道路の向かい側に広がる日比谷公園の整備も含めた、日比谷から内幸町に至る大規模開発の一部でもある。渋谷と日比谷、場所も規模も性格も違えど、それぞれ東京の顔となるエリアだ。帝国ホテルは、1890年、明治政府と渋沢栄一ら財界の有力者の出資により誕生した。西洋化を目指す帝都・東京のシンボルとして造られたホテルを設計したのは、ジョサイア・コンドルの教え子であった渡辺譲。この建物は1922年に焼失するが、1923年には建築界の巨匠、フランク・ロイド・ライトによる2 代目本館がオープンする。「東洋の宝石」とも謳われた建物は、世界の賓客をもてなす場となるが、老朽化のため1967年に建て替え。現在立つのは、1970年竣工の高橋貞太郎設計による3代目の建物だ。

画像: 「内幸町一丁目街区完成イメージ」。日比谷から内幸町にかけて行われる大規模開発で、田根が設計する「帝国ホテル東京 新本館」もその一部をなす。日比谷公園と内幸町一丁目街区は道路上空公園でつながる予定だ。2037年完成予定 COURTESY OF IMPERIAL HOTEL

「内幸町一丁目街区完成イメージ」。日比谷から内幸町にかけて行われる大規模開発で、田根が設計する「帝国ホテル東京 新本館」もその一部をなす。日比谷公園と内幸町一丁目街区は道路上空公園でつながる予定だ。2037年完成予定
COURTESY OF IMPERIAL HOTEL

画像: 「帝国ホテル東京 新本館」のイメージパース。日比谷通り沿いの基壇部は、隣に立つ日生劇場の高さ、約31mに揃えられる。2031年から建て替えが始まり、2037年完成予定 © ATELIER TSUYOSHI TANE ARCHITECTS

「帝国ホテル東京 新本館」のイメージパース。日比谷通り沿いの基壇部は、隣に立つ日生劇場の高さ、約31mに揃えられる。2031年から建て替えが始まり、2037年完成予定
© ATELIER TSUYOSHI TANE ARCHITECTS

 既存の建築物の建て替えというテーマに田根が出した答えは、2 代目設計者のライトと同じく、古代の文明にヒントを得ることだった。ライトは設計時にマヤ文明の遺跡に関心を抱いていたというが、田根が打ち出したデザインもまた古代文明の宮殿を思わせる。「帝国ホテルは、当初、世界の賓客を招き入れる迎賓館として造られました。ホテルというより、迎賓の場であり、社交の場、そしてさまざまな祭典(イベント)を行う場だったのです。そうした役目を果たす場所を考えるため、古代のメソポタミア文明やマヤ文明から近代ヨーロッパに至るまで、あらゆる神殿や宮殿をリサーチしました」

 たどり着いたのは、隣に立つ日生劇場と同じ高さに揃えた基壇部とセットバックしたひな壇状の高層部からなる建物だ。「建築家の仕事とは、未来をつくること」と言う田根。「建物が建つと、街並みや環境が変わり、未来も変わる。東京でも新しさを求めて次々と建築物が建てられてきましたが、新しいものはいつか古くなる。もはやいくら新しくしても、未来を感じられないところに来てしまいました。僕は、その場所にあった記憶を継承し未来へとつなぐことにこそ、未来があるのではと考えます。その考え方を、プロジェクトの規模に関係なく貫くことが、自分の建築家としての哲学です」

 二つのプロジェクトは、まだ走り始めたばかり。田根が育む未来の東京はどんな姿となるのか、思いを馳せる。

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