あるフィリピン人の装飾家がマニラに住む妹の邸宅のデザインを任された。細かい部分にまで、世界各国の文化や伝統を取り入れた住まいに仕上がったがーーその大半は兄である装飾家の頭の中のイマジネーションを形にしたものだ

BY KURT SOLLER, PHOTOGRAPHS BY ANU KUMAR, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

画像: マニラを拠点とする装飾家のジュニー・ロドリゲスが妹のメアリー・フェイ・ガルシアのためにデザインした邸宅のリビングルーム。ヴィンテージの籐長椅子に、染みがついたコンクリートと廃品の鋼板を再利用して作ったキャビネット。モロッコ製のクッションシート。英国植民地インド時代の肘掛けつきリクライニング用チェア。19世紀に作られた扉の向こう側には玄関広間がある。

マニラを拠点とする装飾家のジュニー・ロドリゲスが妹のメアリー・フェイ・ガルシアのためにデザインした邸宅のリビングルーム。ヴィンテージの籐長椅子に、染みがついたコンクリートと廃品の鋼板を再利用して作ったキャビネット。モロッコ製のクッションシート。英国植民地インド時代の肘掛けつきリクライニング用チェア。19世紀に作られた扉の向こう側には玄関広間がある。

 まず最初に誰もが注目するのが床だ――。職人が手造りしたフィリピンの伝統的なタイルが、緑、青、茶色と連結した鎖のように敷き詰められている。このタイルの色とデザインは、15世紀のルネサンス期のイタリアで、ミラノ公がその側近の一族に褒美として与えたカーサ・デリ・ アテラーニ宮殿(もともとは2軒の邸宅だった)からインスピレーションを得ている。

 この部屋の奥の壁には、熱帯の草木が生い茂る様子が壁画として描かれている。これはマニラを拠点とする建築内装と調度品の装飾家であるジュニー・ロドリゲス自身が、濃さの違うさまざまな漆喰を材料として使って描いたものだ。壁画の野生の風景の前には、中国の地方で作られた木製のアンティークの横長テーブルがあり、その上には、画家のシーフレッド・ギラランが2014年に描いた肖像画《Red Bully(赤いいじめっ子)》が飾られている。1800年代のフィリピンの原住民の姿を描写した作品だ。作品のタイトルには、自国フィリピンが中国にどう扱われてきたかについて、作者のギラランが感じた思いが込められている。
 部屋の真ん中の空間に鎮座しているのは、19世紀に作られたナラ材の木製ダイニングテーブルだ(註:ナラはフィリピンの国樹)。このテーブルはかつてロドリゲスの母親が所有していた。テーブルの周囲にはロドリゲス自身がデザインして塗装した籐椅子が何脚か置かれ、さらに1930年代のアール・デコ風の椅子や、1970年代の中国の透かし模様である雷文(らいもん)細工をあしらった椅子もある。壁を飾るのは錬鉄で手造りした電灯スタンドだ。古い窓枠の鉄格子として使われていた錬鉄を再利用して、組み合わせた素朴なものだ。

画像: ダイニングルームでは、フィリピン人アーティスト、シーフレッド・ギラランの絵画が、中国の地方でつくられたアンティークの木製テーブルの上に飾られている。19世紀に製作されたナラ材のダイニングテーブルを囲むのはふぞろいな椅子の数々。風景画の壁画はロドリゲスがさまざまな種類の漆喰を駆使して描いた。

ダイニングルームでは、フィリピン人アーティスト、シーフレッド・ギラランの絵画が、中国の地方でつくられたアンティークの木製テーブルの上に飾られている。19世紀に製作されたナラ材のダイニングテーブルを囲むのはふぞろいな椅子の数々。風景画の壁画はロドリゲスがさまざまな種類の漆喰を駆使して描いた。

 装飾が幾重にも施された贅沢な空間が特徴のこの家は、ジュニー・ロドリゲス(56歳)が 、彼の妹のメアリー・フェイ・ガルシアと彼女の夫ジャリー・ガルシア(夫婦はともに食品会社を営んでいる)と、すでに10代後半から20代の年齢になった彼らの3人の娘たちのためにデザインしたものだ。立地はマニラ首都圏の中心部だ。それぞれの部屋の内装は、さまざまな国の文化や時代や建築様式をごった煮にしたような感じだ。総面積1,347㎡で5ベッドルームのこの家は 、築5年とまだ新しいが、まるでこれまで何十年間も人が住んできたような雰囲気が漂っている。
「フィリピンは文化的に非常に多様性豊かな場所だ――スペイン、中国、そしてイスラム文化が、我々の地元のデザインに影響を与えてきた。だから、その中からいいものを選んで組み合わせる折衷主義は、ある意味、もう我々の伝統になっているんだ」
 今年5月の蒸し暑いある朝、ロドリゲスは私にこの家を見せてくれ、その数カ月後に電話でそう語った。「だから、そんな全ての要素を詰め込むのにふさわしい箱を見つけるのがまず大事なんだ」

 妹一家は当初、植民地時代に郊外に建てられた、もっと伝統的な大邸宅の物件を選択していた。だが、メアリー・フェイ(54歳)は、自分の子どもたちが通学する際に、マニラの悪名高い大渋滞にはまって何時間も車中で過ごさなければいけない状況だけは避けたかった。かわりに、親族が1980年代後半からずっと賃貸に出していた物件を、譲り受けることにした。その不動産は、ショッピングモールや高層ビルが建ち並ぶ繁華街である、マカティ市内のビジネス地区内にひっそりと存在する、ベル・エアという名のコミュニティの中にある。ベル・エアはゲートで閉ざされた空間で、住民だけが中に入ることができる。妹一家もベル・エア内の別の住宅にそれまで住んでいた。
 ロドリゲスはこれまで数十年間、彼の父セサール・ロドリゲスと母フェとともに、フィリピン中のさまざまな地域の住宅や商業ビルのプロジェクトを手がけてきた。そんな彼の頭にふと浮かんだのが、今まで想像したことがないような建築物だった。それは、4階建てのコンクリートと漆喰でできた高いタワーのようなビルで、周囲の落ち着いた風情の住居と比べると、恥知らずなほど奇抜な建物だった。周囲と比べて外見があまりに異様で目立つので、いざ建設が始まると、近隣の住民組合は、ロドリゲスと彼の両親が、秘密裏に中国人労働者たちを住まわせる寮を違法で建てているに違いないと苦情を申し立ててきた。

 ロドリゲスはこの建物はあくまで家族のための、大きなサイズの家に過ぎないのだと主張した。石灰ベースの漆喰と顔料の黄土を混ぜ合わせ、手で丹念に磨き上げる伝統的なモロッコのタデラクト工法から着想を得て、オークル色の漆喰加工を外壁に施し、さらにオンラインで購入した3組の巨大な木製のアンティーク扉でインドのテイストを盛り込んだ。また、中国で最も有名な現代建築家ワン・シュウが巨大な一枚岩状の建物に廃材を再利用する手法を、ロドリゲスも踏襲した。
 この家のプロジェクトのために、たとえばロドリゲスは元々この場所に建っていた家屋を解体する際に、その床に使われていた大理石を捨てずにとっておいた。そしてそれを細かく切り刻み、セメントミキサーの中に入れて混ぜ合わせ、新居の裏庭にあるバルコニーへ続く通路に敷き詰めて、色鮮やかな歩道をつくった――そのバルコニーのガーデニング空間では日中、メアリー・フェイが熱帯植物の手入れをして過ごしている――さらに屋上にあるテラスでは彼女の子どもたちが週末にDJを呼んでダンスパーティーを開いて楽しむ。

画像: 寝室とテラスに続く2階の廊下には、廃材と鉄を再利用して作った特注のドアがある。床には伝統的な手造りのタイルが敷き詰められている。壁はタデラクト工法から着想を得て、コンクリートに漆喰で色をつけた。

寝室とテラスに続く2階の廊下には、廃材と鉄を再利用して作った特注のドアがある。床には伝統的な手造りのタイルが敷き詰められている。壁はタデラクト工法から着想を得て、コンクリートに漆喰で色をつけた。

 ロドリゲスは、あらゆる方角に向かって延びているような形のこの建物に住む家族が、室内と室外の生活の両方を十分に味わえるようにデザインした。ほぼ全ての寝室から自由にアクセスできる、日除け装置がついたパティオが複数存在し、そのパティオは建物の外から見ると、まるで細長い蛇が建物を這っているように見える。裏庭には浅いプールもある。またこの家の前面にあるローマ帝国風の中庭には、水生植物が茂るインプルウィウムまである。インプルウィウムとは、かつて古代ローマ時代に雨水を貯めるために敷地内に作られた窪地のような空間だ。古代では、そこに溜まった水を入浴に使った。さらに水からたち上る水蒸気が建物全体を冷却する効果もあった。
「構造の面から言えば、この家は熱帯気候でしか成立しえない」とロドリゲスは言う。「家の空間がとことんオープンで隙間だらけで、家の中の多くの場所が、雨や風など外の自然の影響を直接受けやすいからだ」

 この家は、さまざまな文化や歴史を自由自在に取り入れてはいるものの、同時に、これ以上ないほどフィリピン的だ。インプルウィウムの横を通り過ぎて、2階分ぶち抜きの高さの吹き抜け空間がある玄関広間に足を踏み入れると、そこは、イカットと呼ばれるインドネシアの絣織りの生地で作られたクッションがあちこちに置かれたリビングルームだ。ペルシャ絨毯やその他の異国情緒溢れる敷物がある空間を歩くと、その先は鮮やかな色彩のキッチン(バナナのような黄色の漆塗りの床、コバルトブルーの工業用の鉄のキャビネットなど)だ。そこを通り抜けると大きな階段があり、2階と3階のそれぞれの個室に通じる。ほとんど全ての部屋は、メアリー・フェイが若い頃から蒐集したヴィンテージやアンティークの品々で埋まっている。2つの寝室には鉄と真鍮で作られた古いベッドが置かれ、イナベルと呼ばれる、フィリピン北部特産の手織りの木綿生地でできたベッドカバーがかけられている。 
 家全体に共通する趣は「昔懐かしいフィリピン」だとロドリゲスは言う。「友人たちが来ると、彼らはある特定の家具や部屋を指して、自分たちが育った実家や、おじいちゃんやおばあちゃんたちの家を思い出すと言うんだ」
 

 そうだとすれば、彼が両親の助けを借りて、妹のためにこの家を建てたのも不思議ではない。この邸宅からそう遠くない場所にある別の大きな家に、ロドリゲスは両親と一緒に住んでいる。その家も家族全員で協力して建てたのだ。
 ロドリゲス一族が経営する会社は独自の建設チームを持っており、彼らが手がける建築物には、実験を恐れない精神がいかんなく発揮されている。それはメアリー・フェイの邸宅の多くの部屋の床に縞模様のペイントがほどこされている点や、古い石や木や鉄が再利用されて棚や電灯やそのほかの装飾のディテールに使われているのを見れば明らかだ。ロドリゲスにとって、そんな即興の遊び心こそが、家を通して、エネルギーと混沌に満ちたフィリピンやこの街の神髄を表現しつくすのに、最も嘘がない方法なのだ。たとえば、ダイニングルームの壁画もその一例だ。壁画を手がけたのは彼にとってこれが初めての挑戦だった。「自分なりのイメージを生み出さなければならなかったーー材料の特徴と自分の力の限界を考慮して、ある程度、抽象画っぽくする必要があったんだ」とロドリゲスは言う。そして彼は「lakas loob」(ラカス・ロオブ)というフィリピンの有名なことわざを口にした。これは文字通りに訳すと「内に秘めた強靱さ」の意味だ。彼は新しい挑戦に向かうとき、常にこの言葉を思い浮かべる。何か難しいことを成し遂げるためには、「きっと自分はできるはずだと信じるだけでいいんだ」と彼は付け加えた。

画像: 三姉妹のおそろいの寝室のひとつには、20世紀初頭のアメリカ製の真鍮と鉄でできたベッドが置かれている。その上にはフィリピン北部のイロコス地方の伝統的な手織り工法によって織られたイナベルと呼ばれる綿布でできたカバーがかかっている。ベッドの前にあるのは、ビニール張りの座面に柄がほどこされたヴィンテージの日本製のチェア。

三姉妹のおそろいの寝室のひとつには、20世紀初頭のアメリカ製の真鍮と鉄でできたベッドが置かれている。その上にはフィリピン北部のイロコス地方の伝統的な手織り工法によって織られたイナベルと呼ばれる綿布でできたカバーがかかっている。ベッドの前にあるのは、ビニール張りの座面に柄がほどこされたヴィンテージの日本製のチェア。

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