BY KANAE HASEGAWA

展示の様子。石膏でできた様々な高さの直方体が立ち並ぶ中にコレクションが展示されている
©Maxime Verret
エルメスは4月22日から26日にかけてのイタリア・ミラノデザインウィーク中、新作のホームコレクションを発表した。会場はエルメスが例年ミラノで展示を行う「ラ・ぺロタ」。ペロタ競技のコートであった700平方メートルを超える空間に、「素材は語り、オブジェは物語を紡ぐ」という設定のもと、石膏でできた様々な高さの30体の直方体が都市の街並みのような光景を生み出し、街路を歩きながら新作のホームコレクションとの出合いへといざなった。
例年ひとつの素材を探求するホームコレクションが今年探求したのは、メタル。エルメスではレザーはもとより、木工、テキスタイル、ガラス、ポーセリンなど様々な素材を活かしたオブジェを発表してきたが、メタルはホームコレクションでは目にすることの少なかったマテリアルだ。とはいえ、メタルという素材は、人類がものづくりを始めた時から、よろいなどの装具から、タワーのような壮大な建築、あるいは腕時計の精巧なメカニズムといった微細なものに姿を変えて私たちの暮らしを彩ってきた。

展示の様子。真鍮にパラジウムコーティングを施したジャグ
©Maxime Verret
「エルメスは常に素材の可能性を探求してきました。素材には本来、決められた用途があるわけではなく、その用途を定めるのは人間です。私たちは、素材にどのような“人生”を与えることで魅力が生まれるのかを常に考えています。今回のコレクションでは、レザーとの調和を考え、光沢を備えながらも時を経ても酸化しにくいパラジウムを採用しました。エルメスのホームコレクションは、単なる装飾品ではありません。人々の暮らしに寄り添い、実用性を備えていることが重要です。そのために必要な強度を持ちながら、同時にオブジェとしての繊細な美しさも感じられる――その絶妙なバランスを追求しました」と、2014年からエルメスのメゾン・ユニバースのアーティスティック・ディレクターを務めるひとり、シャルロット・ペレルマンは語る。
パラジウムは、シルバーにも通じる冷ややかな輝きを持ち、エルメスを象徴する温かみのあるレザーとのコントラストを際立たせる素材でもある。「クールな印象を持つパラジウムの表面に、銀細工職人の手による繊細な槌目を施すことで、温かみが生まれました。テーブルのセンターピースとなるオブジェに槌目加工を施し、その縁をレザーで編み上げています」と、同じくアーティスティック・ディレクターの アレクシィ・ファブリは付け加える。

「パラディオン・ドゥ・エルメス」のセンターピース
©Charles_Negre
直径約40センチのセンターピースは新作コレクションの主軸である「パラディオン・ドゥ・エルメス」コレクションのひとつ。メタルの表面に槌目を施すことで中世の騎士の盾を想起させる円盤型のセンターピースは、クラシカルで重厚。縁に細いスリットが開けられ、ツートーンのレザーのリボンで縁をまつり縫いのようにトリミングされているが、どこで色違いのリボンに変わっているのか、つなぎ目が見えないところにエルメスの手仕事の技がさえる。

「パラディオン・ドゥ・エルメス」のジャグ
©Charles_Negre
同じく「パラディオン・ドゥ・エルメス」コレクションのひとつである高さ23センチのジャグは、16世紀英国様式を思わせる厳かな水差し。ストイックで無駄のないデザインに見えるが、へら絞りやスタンピング、ろう付け、細かな槌目加工、そして接合を感じさせない木製のハンドルの取り付けなど、多くの工程を経て生まれる。1センチに満たない槌目をジャグの曲面にまんべんなく施すのは、力加減を調整する根気のいる仕事だ。こうしたホームコレクションのオブジェは、様々な高さで立ち並ぶ白い構造体の上や隙間に置かれ、どこか”未来の遺跡”をめぐる間に給水用のジャグを見つけたり、水盤のようなセンターピースに出合ったりするような物語が頭の中から生まれてくる。

新作テーブルの「スタジアム・ドゥ・エルメス」
©Charles_Negre
今年、唯一の家具の新作は、イギリスのデザインデュオ、エドワード・バーバーとジェイ・オズガビーが手がけたテーブル「スタジアム・ドゥ・エルメス」。8の字を描くような形状は競馬場のトラックを思わせる。全体は大理石の寄せ細工。滑らかなヴェナート・カラーラ大理石のグレー調の脈模様がヴェルデ・アルピの深いグリーンを引き立て、ツートーンの幾何学模様をまとった細身の脚は、障害飛越競技のポールを彷彿とさせる。このテーブルもまたどこかローマの遺跡を歩いている途中で出合う風景が脳裏に浮かぶ。

カシミアのプレード 「アドベンチャー」
©Charles_Negre
もちろんテキスタイルの新作も充実していた。エルメスにとってテキスタイルは自由な遊び場。カシミアのプレード 「アドベンチャー」はネパールで手織り、手染め、手編みされ、フリンジはベルベット加工されたラムスキンで仕上げられ、ビロードを思わせる柔らかさと細部に宿る手仕事に、エルメスらしさが現れていた。また黄色からピンクへと続く、光をはらむグラデーションに、遊牧民族が暮らす土地の黄昏の風景を重ねたくなる。カシミアのプレード「H・レター」は、布を縫い合わせる韓国の伝統工芸「ポジャギ」の技法からヒントを得た手織りのカシミアとリネンのヴォイル仕立て。すべて手縫いで緻密に配された縫い目が、複数のテキスタイルを色糸とともに結び合わせ、透け感や陰影を生む溜息がでるほど美しい。

カシミアのプレード「H・レター」
©Charles_Negre
「私たちはテキスタイルをはじめ、オブジェや家具、磁器など、非常に幅広い領域に取り組んでいます。それぞれには固有の創作と製造の時間軸があり、私たちはそのリズムを尊重しなければなりません。だからこそ、ミラノという場では、一度“停止ボタン”を押すように立ち止まり、それぞれの素材やオブジェ、テキスタイルが持つ個性を毎年見つめ直しています。そして、それらの間に生まれる調和や緊張感までも含めて、エルメスのメゾン・ユニバースの世界観を提示しているのです。異なる素材を、異なる方法で扱いながらも、私たちが目指しているのは常に同じ――素材の本質を引き出し、暮らしの中で美しく機能するものを生み出すことなのです」
そう語るシャルロット・ペレルマンの言葉からは、メゾンが素材や時間、そして暮らしそのものに向き合いながら、その世界観を丁寧に紡ぎ続けていることが伝わってきた。
問い合わせ先
エルメスジャポン
Tel. 03-3569-3300






