映画プロデューサー、ドリアン・グリンスパンのニューヨーク州北部にある別荘は、敬愛するアーティストや友人たちの感性が交差し、共鳴する創造的な隠れ家だ。その誕生秘話の今後の展望を読む。

BY JASON CHEN, PHOTOGRAPHS BY JULIANA SOHN, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO,PHOTO ASSISTANT:LUCY KASSEL

NY州北部にあるドリアン・グリンスパンの家。ダイニングルームを彩る、ルイ・アイザマン=ジョーンズによる
ペンダントランプ、ピューターのプレート、シャルロット・ペリアンのチェア、ロンドンの「トロイ・タウン」で購入した陶器のボウル。

 ドリアン・グリンスパンはもともと、セカンドハウスなど買うつもりはなかった。だがコロナ禍で多くのニューヨーカーが家にこもっていた2020年末、何の気なしにネットで物件を眺めていたとき、18世紀築の風格あるファームハウスが目に留まった。場所は、緑豊かな避暑地バークシャー山脈とハドソン川の間、NY州の歴史ある農園地帯オールド・チャタム。約28ヘクタールの広大な土地に立つ、三つのベッドルームと二つのバスルームを備えた家のディテールに、彼は心を奪われた。

画像: ラウンジの壁を飾るのは、アイザマン=ジョーンズのブラケットランプ、マリ共和国・バンバラ族のハイエナのマスク。暖炉にはジャン・トゥレットの燭台を、日本の時代もののテーブルにはフランスの女性の頭像を配して。奥のルネ・ガブリエルのアームチェアの上で日本の「kanehen」のモビールが揺れ、左の暖炉前にはジャン・トゥレットのファイアスクリーンが置かれている。ソファ奥のサイドテーブルにあるのは、「APOHLI」のメタルランプと、イギリスの陶芸家、タリア・ニダム・ウォーショースキーによるアンフォラ(註:首が細い取っ手つきの容器)。

ラウンジの壁を飾るのは、アイザマン=ジョーンズのブラケットランプ、マリ共和国・バンバラ族のハイエナのマスク。暖炉にはジャン・トゥレットの燭台を、日本の時代もののテーブルにはフランスの女性の頭像を配して。奥のルネ・ガブリエルのアームチェアの上で日本の「kanehen」のモビールが揺れ、左の暖炉前にはジャン・トゥレットのファイアスクリーンが置かれている。ソファ奥のサイドテーブルにあるのは、「APOHLI」のメタルランプと、イギリスの陶芸家、タリア・ニダム・ウォーショースキーによるアンフォラ(註:首が細い取っ手つきの容器)。

「ここは70~80年代にはシェーカー家具のディーラーが、その後はラルフ ローレンのクリエイティブ・ディレクターの女性とそのパートナーが住んでいた家。このカップルは結局、別れたらしいけれど。普通ならあちこち改修して大理石のピカピカのバスルームなんかをつくるものだけど、このふたりは前の住人が築いた世界観をそのまま残して暮らしていたんだ。そんな選択をする人ってなかなかいないよね」
 パリで生まれ育ったグリンスパン(33歳)は、この家でなら自身の審美眼や感性を発揮できそうだと確信した。イェール大学在学中に、『アウト・オブ・オーダー』というニッチなモード誌を創刊した彼は、アカデミックな教育だけでなく、実体験を通じて独自の美意識を磨き上げてきた(現在、雑誌は休刊中)。さらにこのファームハウスの、木の意匠が美しいシェーカースタイルと、グリーク・リバイバル様式が共存する白い空間は、フレンチ・モダニズムの無駄のない機能美と日本の"侘び寂び" をかけ合わせるのにも最適だと感じた。グリンスパンの母親、リアナ・ヤロスラフスキーは家具デザイナーで、彼が10歳の頃、パリ郊外の自宅は「実用的でシンプルな」フランスのアンティーク家具で埋め尽くされていたという。「ここにもその影響が出ているかも。セラピストなら、こういうのを"無意識の作用"なんて呼ぶんだろうね」とグリンスパンはほほえんだ。

 約190㎡のこの家は、築約200年とはいえ、フルリノベーションを必要とする状態ではなかった。修復したのは主に、ゲストを迎える広い玄関ホールの奥の壁と、その左手のラウンジの床と天井といった箇所だ(ラウンジは、ヴィンテージのバーカートやボードゲームが置かれたくつろぎの空だ)。隣のメディアルームのテレビは、ゲストルームのベッドフレームを張り替えた際に余った、ブルーの
布を掛けて隠している。かつて簡易なシンクと携帯用のコンロしかなかったという場所には、セカンドキッチンを設けた。キッチンカウンターは大工用の作業台を再利用しているので、作業時に刻まれた無数の傷がそのまま残っている。

キッチンに表情を与えているのは、ランタンを再利用したペンダントランプ、スペインのアンティークテーブル、「deVOL」のブラケットライト、「マーチャント&ミルズ」の生地で特注したカーテン。

 最新の空調システムの導入や、バスルームの改装に18カ月を要したが、家具やインテリアの選定にも同じくらい時間がかかった。シャルロット・ペリアンのスツール、ブルターニュ地方の工芸品、パリ北部サントゥアンの蚤の市のオブジェなど、コンテナ丸一台分の膨大なアイテムを集めたからだ。日本のディーラーにも依頼して、これらフランス的なアイテムとは趣を異にする、400年前の簞笥(現在ダイニングルームにある)や時代ものの木の座卓なども探し求めた。
 さらに、彼が"イギリス的な遊び心" と呼ぶエッセンスも加えた。たとえば、ロンドンの陶器ショップ「トロイ・タウン」の器や、「クロス・ショップ」で見つけた独特の質感がある張地。ほかには多分野で活躍するイギリス人デザイナー、ルイ・アイザマン=ジョーンズにオーダーした個性的な照明器具もある。メディアルームに設けた、曲線的なメタルのアームにリネンやガーゼの古布を巻きつけた雲のようなランプ、防湿仕様のアクリルグラスと金属パーツを組み合わせたバスルームのフラッシュマウント(註:天井直付け)ライトがその一例だ。このコラボレーションを気に入ったグリンスパンは、近くアイザマン=ジョーンズと、独自のランプコレクションをローンチする予定だという。

ゲストルームの一室には、「Armadillo」のラグ、「マーチャント&ミルズ」の布を張ったナポレオン三世様式のアームチェア、「ダフィーネ・テラ」のランプ、ブルターニュ地方の伝統的なスツールが配されている。

 このような"コラボレーション" の結晶は、家の随所に見てとれる。屋根裏のセカンドゲストルームもそのひとつ。グリンスパンはそれを自らデザインせず、日本の伝統的な桐箱の意匠を手がけるクリエイティブスタジオ「Chowa」の鈴木嶺と金山雄大の感性に任せることにした。「シェーカーの建築やインテリアは、日本のミニマリズムの美意識に近いものがあるから」。彼はこの"瞑想にふさわしい和の空間" に足を踏み入れながら、そう言った。急勾配の切妻屋根の下には天井が低い部分があるため、自然と足どりも慎重になる。マットレスは床に置かれ、木のサイドテーブルや棚など大半の家具は低位置に配されている。三つの窓と天窓にかけられた、障子風の紙のスクリーンは特別にあつらえたもので、月を思わせる円が描かれている。こうして室内すべてがようやく整ったわけだが、グリンスパンは新たなコラボレーターを迎えようとしている。彼はこの家を、父方の祖母の名にちなんで「メゾン・モナ」と名づけ、冬の1カ月間は招聘アーティストのレジデンスとして、それ以外はゲストハウスとして開放することに決めたのだ。最初に招聘するのはロンドンを拠点とするアーティスト、トム・ブル。今年後半に、彼のサイト・スペシフィック(註:特定の場所でその特性を活かす)な作品がここで披露される。そのひとつがタール状のアスファルトを塗った薪ストーブだが、こうした作品には、のどかな田舎暮らしへの無垢な憧れを批判する、ブルの皮肉めいた視点が映し出されている。

画像: ブレックファストルームには、「Huey」のペンダントランプ、パリ北部サントゥアンの蚤の市で入手したアンティークの架台式テーブル、フランスで見つけたバンブーチェアや籐のカゴのコレクションが並ぶ。

ブレックファストルームには、「Huey」のペンダントランプ、パリ北部サントゥアンの蚤の市で入手したアンティークの架台式テーブル、フランスで見つけたバンブーチェアや籐のカゴのコレクションが並ぶ。

 敷地内にある納屋は、今後、執筆か編集のためのスペースに改装するという。ゲストルームの一室には、建築家ルイス・バラガンを彷彿させるワードローブがあり、彼はこの世界観をベースに、自らのブランド「モナ」で家具を展開したいとも考えている。そのためには"クリエイティブな企み" を共有し、ともにアイデアを練り上げていく相棒が必要だ。かつて彼が手がけていたモード誌と同じように、この家も"創造のインキュベーター" として機能しているのだ。
「ここは、壁に絵を描いたり、本を執筆したり、映画を編集したり─あらゆる創作活動にふさわしい場所。僕が留守にする一年の大半、空き家にしておくなんてつまらない。多様な感性が共鳴し合い、常に何かが生みだされるエキサイティングな場所にしたいんだ」

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