監督と女優として大きな信頼を寄せあう是枝裕和と松岡茉優が、日本の映画制作現場における働き方やジェンダーの捉え方、今後に向けての課題などを率直に語り合う対談が実現。その模様をレポートする

BY REIKO KUBO

画像: 今回の対談は10月31日に東京国際映画祭公式プログラムの一環として、TOHOシネマズ 日比谷にて行われた

今回の対談は10月31日に東京国際映画祭公式プログラムの一環として、TOHOシネマズ 日比谷にて行われた

 先頃閉幕した第35回東京国際映画祭の公式プログラムとして、ケリング主催「ウーマン・イン・モーション」トークイベントが開催された。グッチやサンローラン、ボッテガ・ヴェネタなどの名だたるブランドを擁するグローバル・ラグジュアリー・グループであるケリングは、映画やアート界で活躍する女性たちに光を当てるプログラム「ウーマン・イン・モーション」を、2015年のカンヌ国際映画祭を皮切りにスタートさせた。今回は、2018年にカンヌ・パルムドールを受賞した『万引き家族』や、来年1月12日配信予定のNetflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』でタッグを組んだ是枝裕和監督と女優の松岡茉優さんが登壇。世界や日本の映画界の現状と今後の課題について、トークを繰り広げた。

 是枝監督は、カトリーヌ・ドヌーヴとジュリエット・ビノシュを主演に迎えた『真実』(2019)をフランスで撮影。昨年は韓国で『ベイビー・ブローカー』を監督し、ソン・ガンホにカンヌ国際映画祭の最優秀男優賞をもたらした。制作を通して、フランスの「CNC(国立映画映像センター)」や「KOFIC(韓国映画振興委員会)」の働きを間近に見て、今年6月には映画産業と映画業界の労働環境改善を目指す「日本版CNC設立を求める会」(通称:action4cinema)を諏訪敦彦、西川美和、深田晃司らの監督たちと立ち上げた。

画像: フランスと韓国での制作現場も知る是枝監督ならではの、実体験に基づいた考察を披露

フランスと韓国での制作現場も知る是枝監督ならではの、実体験に基づいた考察を披露

是枝 フランスでは原則8時間労働。土曜日に撮影をするなら、ギャラは平日の200%。日曜日なら300%支払わなければならないから、基本的に土日は撮影しないんです。韓国では、週の労働時間が52時間という上限が決まっています。それを超えては絶対働かないから、男性、女性を問わず、現場で働く人たちの環境が整えられる。まずはそこが一番大きな違いでしたね。この2つの現場を経験して、いかに日本でも撮影現場の環境を改善していくか、ということが課題になりました。

松岡 このトークショーに参加するにあたり、特に男性が多い現場で働く女性スタッフさんに話をうかがいました。撮影が午前9時始まりだとすると、メイクさんや衣装さんは朝5時から働き始め、仕事終わりは夜の11時だったり。朝焼けのシーンなんて午前2時から準備して、4時くらいから撮影だとか。そういう労働環境の中で女性が今後、結婚したい、子供をもちたいと思う時、家庭生活を維持できるのか。育休制度などないし、休みを取れば収入はストップ。これは映画界に限ったことではなく、社会全体に通じる話だけれども、子供をとるか、仕事をとるかの2択しかない。現場に居続けられるか分からないから、とても心配だし、悔しいとおっしゃっていました。

是枝 次の世代が働く場所として、映画業界に入りたいと言ったとき、ご家族から「やめなよ」って言われないような環境を整えないといけないんです。

松岡 私達のような若い世代が職場環境のことを口にしたりすると、それは違うとか、頭が固いとか言われてしまって。でも私も、もう27歳ですから。いい大人である私達世代が、そういう発言をしても、びっくりされない社会になってほしいと思う。

画像: 子どもの頃から長いキャリアを積んできた松岡さん。日本の制作現場の女性たちの働き方も転換期を迎えていると語る

子どもの頃から長いキャリアを積んできた松岡さん。日本の制作現場の女性たちの働き方も転換期を迎えていると語る

 2017年にハリウッドのプロデューサーに対する告発記事がきっかけとなり、世界で大きな広がりを見せた#MeToo運動。その一方、日本では、今年になって告発が相次ぐかたちとなった。今や欧米では、俳優が心身ともに安心して撮影に臨めるよう、監督たちと協議しながら撮影のサポートやケアを担当するインティマシー・コーディネーターの導入も当たり前となっている状況だ。

是枝 僕自身、#MeToo運動を自分の現場も含めて捉え直そうという意識になったのは、やはり少し時間が経ってからでした。自分なりに“民主的な現場を”と取り組んできたつもりではいても、自分のやりたいことをやり抜くために、誰かがきっと無理をしている。そのことを立場的にもキャリア的にも考えなければいけなかったと、省みるのが少し遅れたなと思っています。
 声を上げること自体、もっと必要だし、声を上げた方たちが孤立したり、不利益を被らないようにサポートする体制をどう作っていくかが大切ですね。例えば韓国では、現場で声を荒げたりしないなど、互いにスタッフ、キャストを尊重するためのリスペクト・トレーニングを体験し、今では日本の現場でも取り入れています。この夏の現場ではインティマシー・コーディネーターに入ってもらいました。決して裸になるシーンだけがセンシティブだというわけではないので、感情的にある種の負荷がかかる場合がないか、脚本を見てアドバイスをもらう相談相手になってくれます。

松岡 日本では、インティマシー・コーディネーターをされている方は、まだ2人しかいらっしゃらないそうで、私もまだ一緒にお仕事した経験はないです。

画像: 映画『万引き家族』などで現場をともにし、信頼関係を築いてきたふたり。監督と演者としての理想の関わり方を真摯に追求する姿勢が印象的だ

映画『万引き家族』などで現場をともにし、信頼関係を築いてきたふたり。監督と演者としての理想の関わり方を真摯に追求する姿勢が印象的だ

是枝 例えば、『万引き家族』の現場についても、今回改めてコーディネーターの方に脚本を見てもらって。松岡さんと池松(壮亮)くんに演じてもらったシーンであれば、「セットを(ほかのシーンを撮影する場とは)別にした方がいいとアドバイスします」とおっしゃっていました。

松岡 私は監督と信頼関係が築けていましたけれど、確かに現場によっては、監督と俳優でお互いに話しにくいことがありますよね。

是枝 その信頼関係の中でも、おそらく直では僕に言いにくいことが出てくるかもしれない。そのときコーディネーターの方がいてくれたら、せっかく築いた信頼関係を崩さずに済むということを学びました。

松岡 先ほど是枝監督が、センシティブなシーンって、肌を見せる場面だけじゃないとおっしゃいましたね。例えばスポーツ選手はよく体を痛めますが、それは体を使っているから。俳優は心を使う仕事なので、私は気持ちの浮き沈みが激しい時があって、周囲に心配をかけることもあって。是枝監督の現場では心を壊さずにできたから、とても貴重な体験でしたが、すべての現場がそうなるなら、若い人から俳優になりたいと相談されたとき、ぜひ!って言える希望がもてますね。

 海外での経験によって一層、映画に携わるすべてのスタッフ、キャストの労働環境を変えたいと願い、奔走する是枝裕和監督。そして彼の現場を通して女優という職業を見つめ、小学生の頃から女優として活躍してきた経験をもとに声を上げていきたいと気持ちを新たにする松岡茉優さん。信頼関係で結ばれた二人が、映画への愛と現場の声を伝えるトークは、ポジティブに前へ進もうとする意志に溢れ、輝いていた。

画像: ケリングが取り組む「ウーマン・イン・モーション」は、映画やアート界における女性たちの貢献に光を当てるプロジェクトだ PHOTOGRAPHS: COURTESY OF KERING

ケリングが取り組む「ウーマン・イン・モーション」は、映画やアート界における女性たちの貢献に光を当てるプロジェクトだ
PHOTOGRAPHS: COURTESY OF KERING

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