江戸時代の初期に“傾奇者(かぶきもの)”たちが歌舞伎の原型を創り上げたように、令和の時代も花形歌舞伎俳優たちが歌舞伎の未来のために奮闘している。そんな彼らの歌舞伎に対する熱い思いを、舞台での美しい姿を切り取った撮り下ろし写真とともにお届けする。ナビゲーターは歌舞伎案内人、山下シオン

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

画像: 「鴛鴦襖恋睦」河津三郎/雄鴛鴦の精=尾上松也

「鴛鴦襖恋睦」河津三郎/雄鴛鴦の精=尾上松也

 歌舞伎はもちろんのこと、ミュージカルやストレートプレイ、テレビドラマなどでも活躍している尾上松也さん。2021年8月には自身が主宰する歌舞伎自主公演シリーズ「挑む」のファイナル公演で新作歌舞伎『赤胴鈴之助』を上演し、Netflixで配信されたことでも話題になった。さらに2023年7月に新橋演舞場で上演された新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりのは)』では主演の三日月宗近を演じるだけでなく、舞踊家の尾上菊之丞さんとともに初めて演出も手がけ、2024年4月には同作がシネマ歌舞伎として公開された。演出という経験を通して、どんなことを実感したのだろうか?

──『刀剣乱舞』を創り上げる過程で印象に残っていることについて教えてください。

松也:企画に取り組み始めてから2年ほどかけて実現しましたが、今回初めて演出をさせていただいたことで、たくさんの新しい発見がありました。演出は、観る側に立って役者さんたちをリードしていく存在だと思うのですが、僕にはこれまでそうした経験がありませんでした。本来であれば自分がやりたいことがしっかりとあり、それを出演者の皆さんにお伝えしなければならないのですが、今回は作品を作り上げていく過程で役者さんたちの動きを見ていることで見出せたこともありましたし、いくつかの方向性がある中でどれがベストなのかを探っていくという過程も楽しかったです。一方で出演者側に立ってみると見える世界が180度変わり、演出担当として全体を把握しているはずなのに、舞台への出方一つとっても、どちらから出るのかが分からなくなってしまったこともありました。どれも僕にとってすごく不思議な体験でした。
 脚本もオリジナルでしたので、それを読んで感じた事からやりたいことを定めていくという、本当にすべてがゼロからのスタートでした。菊之丞先生と一緒に、お互いの感性を信じて創っていかなければなりませんでしたので、そうして迎えた初日は期待と不安の入り交じったような気持ちでした。いつもですと自分が演じるお役がお客様にどう届くのかということが気になるのですが、今回は幕が開くまでの時間に取り入れた演出も含め、お客様が劇場に入られてから出られるまでを一つのパッケージとしてどう受け止めてくださるのかがとても気になり、これもまた今までに経験したことのない感覚でした。

──2024年1月の「新春浅草歌舞伎」では初役で『魚屋宗五郎』の宗五郎を演じるにあたり、尾上菊五郎さんから指導を受けたそうですが、どんな学びを得ることができましたか?

松也:「新春浅草歌舞伎」では僕が“時代物(江戸時代よりも古い時代設定で主に武家社会を描いたもの)”好きということもありまして積極的に時代物に取り組んできましたが、今年は僕にとって一つの区切りの公演でもありましたので、菊五郎劇団が大切にしている“世話物(江戸時代の庶民の世相や風俗を映して描かれたもの)”を演らせていだきたいと思いました。中でも『魚屋宗五郎』は自分も何度も出演させていただいて七代目のお兄さん(尾上菊五郎)の宗五郎を間近で見てきた憧れの演目でした。実際に演じてみて痛感したのは、見ておくことがいかに大事かということ。初役で勤めさせていただいたのですが、自然と体が動き、まるですでに自分の中に『魚屋宗五郎』というお芝居がインストールされているような感覚でした。僕にとって特別な意味を持つ大切な演目の一つです。
 菊五郎のお兄さんは、「最初からすべてを求めるのではなく、今できることを一生懸命にやることが大事で、その経験を積み重ねなければならない」と常におっしゃっています。『魚屋宗五郎』に関しては「チームプレイで創り上げる演目」だともいつもおっしゃっていて、自分が宗五郎を演じたことで、そのお言葉の意味を理解することができました。世話物の“間”やテンポ、少しコミカルに感じられる世界観を創り出すのは主役の宗五郎一人ではなく、周りで演じている皆さんとのチームワークがあってこそ成立する演目なのだと思いました。また、宗五郎が殿様の屋敷の玄関先でご家老様と語る場面は、酔っ払っている中で喜怒哀楽のすべてを表現することがとても難しいということも教わりました。

──2024年は松也さんにとって30代最後の年ですが、これから歌舞伎俳優として目標にしていることはありますか?

松也:今はまだ正解みたいなものを必死に探している最中ですので、明確に“こうなりたい”という目標を言葉にするのは難しいのですが、あえて言うならば、若い頃から抱いてきた演劇や歌舞伎に対する情熱やモチベーションが常に向上しているということが、これからの僕の目標なのかもしれません。この気持ちを失ってしまったら、俳優を辞めるべきではないかという問いが自分の中のどこかに必ずあり続けてきました。大役を勤めさせていただく際にご指導いただく諸先輩方を拝見していると、どの方も熱い情熱を持ち続けていらっしゃることがひしひしと伝わってきます。ですので、その精神を僕も受け継いで、後輩たちにも繋げていきたいと思います。

──次世代に歌舞伎を観てもらうために、何をすることが大切だとお考えですか?

松也: 能や落語などと同じカテゴリーとして、歌舞伎が伝統芸能や古典という言葉で表現されることがありますので、歌舞伎に対してそういう印象を持たれている方は多いと思います。ですが僕自身は、歌舞伎は扱っている題材は古いかもしれませんが、現在進行形の“現代演劇”だと思って取り組んでいます。江戸時代とは違って、映画や劇場で上演される歌舞伎以外の演劇、ミュージカルなど、今はさまざまなエンターテインメントのコンテンツがライバルとして存在しています。さらにそうしたコンテンツを携帯電話などのデバイスで気軽に視聴することができる時代ですので、歌舞伎に限らず劇場に足を運んで観に来ていただくというハードルが、とても高くなったと思っています。その競争を勝ち抜くためには積極的にメディアに出演するなどといった、歌舞伎をご覧になったことがない若い世代の方たちの目を引く努力が必要だと思います。演劇は“お客様ファースト”、お客様に劇場に観劇に来ていただかないと成立しません。ですので、先輩、後輩などは超越して、歌舞伎を演じる者が全員で立ち向かっていかなければいけないと思っています。

──プライベートについて伺います。松也さんはキャンドルに火を灯したり、スニーカーを集めたりと多趣味であることでも知られていますが、何か新しい趣味が増えましたか?

松也:最近はいろいろなジャンルの音楽をレコードで聴いています。もちろん、キャンドルにも火を灯した空間でですよ(笑)。今年の誕生日に友人からジャズ系のレコードをプレゼントしていただいて、当初は飾っておくことしかできなかったのですが、以前からレコードに興味はあったので、これを機にプレーヤーも購入しました。ほぼ毎日、家に帰ると音楽を聴きながらゆっくり過ごすのですが、この時間に一番癒されています。デジタルの音源とは違って、レコードの音質は柔らかい感じがして、音に包み込まれるような感じが心地良いんです。しかもある程度聴いたら裏面にひっくり返さないと聴けないという多少手間がかかることもアナログな感じで気に入っています。
 レコードの数もかなり増えていて、ジャズ以外にも映画のサウンドトラックなど、ジャンルの幅は広いのですが、先日は『勧進帳』のレコードをネットで見つけて購入しました! 弁慶を七世松本幸四郎、富樫を十五世市村羽左衛門が演じているもので、後輩たちが家に遊びに来たときに一緒に聴いたこともあります。やはりレコードはすごく良いですね。
 中でも一番気に入っているのはトランペット奏者のマイルス・デイビスが1964年に来日した際のライブを収録したレコード。この演奏が、本当に素晴らしいんです!

画像: 「鴛鴦襖恋睦」河津三郎/雄鴛鴦の精=尾上松也、遊女喜瀬川/雌鴛鴦の精=尾上右近、股野五郎=中村萬太郎

「鴛鴦襖恋睦」河津三郎/雄鴛鴦の精=尾上松也、遊女喜瀬川/雌鴛鴦の精=尾上右近、股野五郎=中村萬太郎

画像1: 撮り下ろし舞台写真で愛でる
令和を駆ける“かぶき者”たち
Vol.2 尾上松也
画像2: 撮り下ろし舞台写真で愛でる
令和を駆ける“かぶき者”たち
Vol.2 尾上松也

 松也さんは、これまでの「團菊祭」で、2019年の『曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)』で御所五郎蔵に抜擢され、2023年は『寿曽我対面』の曽我五郎も勤めた。そして今年2024年の「團菊祭五月大歌舞伎」の昼の部では『鴛鴦襖恋睦(おしのふすまこいのむつごと)』の河津三郎、雄鴛鴦の精を勤める。
『鴛鴦襖恋睦』は「相撲」と呼ばれる上の巻と「鴛鴦(おしどり)」と呼ばれる下の巻で構成された人気のある歌舞伎舞踊の一つ。上の巻では遊女喜瀬川(尾上右近)が行司となって、河津三郎(尾上松也)と股野五郎(中村萬太郎)が相撲を取り、相撲の起源や技で恋争いを舞踊で表現している。争いに負けた股野は河津への遺恨をはらすために、河津の心を乱そうとして鴛鴦の雄鳥を殺し、その血を混ぜた酒を河津に勧めて立ち去っていく……。下の巻では夫を殺された雌鳥の心情を描いた“クドキ(女性の切ない心情を表現する場面)”や姿を現した股野を前に本性を顕す鴛鴦の精の“ぶっかえり(上半身の生地を重ねて仮縫いした部分の糸を引き抜いて生地が垂れることで瞬時に衣裳を変える手法)」などが見どころの作品だ。

──これまでも「團菊祭」では幕開きの演目を勤められていますが、その心境をお聞かせください。

松也:「團菊祭」という我々菊五郎劇団にとって大切な公演ですので、とても嬉しいです!これまでも御所五郎蔵や曽我五郎を勤めさせていただいて、その都度嬉しいのですが、「團菊祭」で主演の演し物を持たせていただけるということ自体が夢のようで、感慨深いものを感じています。チラシの配役の一番右側に自分の名前が載っていることのありがたさを毎回痛感しています。
 今回『おしどり』に出演させていただきますが、踊りに関してはまだまだ未熟だと感じていますので、こういった場で主演をさせていただくことは、自分にとって良いチャンスだと思っています。踊りの上手いとか下手だとかいうことが一体どういうことなのかは、僕自身も正直言ってわからないところもありますので、僕が目指すべきなのは、自分ができることで、“自分の色”というものを出すことなのかな、と。基本的には踊りもストーリーがあり、感情があって、振りにも気持ちが表れている。そういう心を大事にして、形にしていきたいと思います。

──初日を迎えて 5月4日に取材

「團菊祭」では、どんなことを実感していますか?

松也:『おしどり』は不思議な世界観の舞踊劇ですので、お客様がその華やかさや美しさに目を奪われているような表情でご覧になっているのを見て、踊る側としてもとてもやり甲斐を感じています。
 前半は舞踊で相撲を表現するところが面白いですよね。物語の展開としては少し急ですが、そこに歌舞伎舞踊ならではの魅力であって、面白いと思いながら勤めさせていただいています。後半は打って変わって夫婦の鴛鴦のしっとりした模様が描かれています。歌舞伎らしい大胆な演出技法やいわゆる“クドキ”という情愛を表現する部分、音楽が長唄と常磐津で分かれているところなど、楽しんでいただける要素がたくさんある演目だと思います。
 今回、股野を演じている萬太郎さんとは久しぶりの共演ですが、彼はとても真面目で誠実な方なので、一生懸命に体と声で役を体現されているのが伝わってきます。河津三郎と喜瀬川だけでは引っ張っていけないところを萬太郎さんがバランス良く導いてくださっていると思います。後半は、前半とは全く違ったテンポ感に変わりますので、気持ち的な部分で間を埋めたり、間を作ったりしていくことがとても重要になってきます。喜瀬川を勤める右近くんとは、目を交わすだけで気持ちが通じるので、毎日楽しく演らせていただいています。あえて変えているわけではありませんが、毎日違うニュアンスを感じながら演じなければ、特に後半はうまく伝わらないと思います。

2024年の團菊祭の昼の部では「四世市川左團次一年祭追善狂言」として『毛抜』が上演されています。この作品に出演しているお気持ちをお聞かせください。

松也:亡くなられた左團次のお兄さんには本当に可愛がっていただきましたので、そのご恩を思いながら勤めさせていただいています。左團次のお兄さんは皆に愛されていましたし、僕も大好きな方でした。今回は(市川)男女蔵さんが粂寺弾正をなさっていて、その舞台にご一緒できることはとても嬉しいですし、左團次のお兄さんを思い出しながら、毎日演じています。

画像3: 撮り下ろし舞台写真で愛でる
令和を駆ける“かぶき者”たち
Vol.2 尾上松也
画像4: 撮り下ろし舞台写真で愛でる
令和を駆ける“かぶき者”たち
Vol.2 尾上松也
画像: 歌舞伎十八番の内「毛抜」八剣数馬=尾上松也

歌舞伎十八番の内「毛抜」八剣数馬=尾上松也

画像: 尾上松也(ONOE MATSUYA) 東京都生まれ。父は六代目尾上松助。1990年5月歌舞伎座『伽羅先代萩』の鶴千代役で二代目尾上松也を名乗り、初舞台を踏む。2009年より歌舞伎自主公演「挑む」を主宰。近年は花形俳優の中でリーダー的な存在として頭角を現し、「新春浅草歌舞伎」では15年から座頭格として『仮名手本忠臣蔵 五・六段目』の早野勘平、『与話情浮名横櫛 源氏店』の与三郎など、古典作品の大役に挑んだ。ミュージカル『エリザベート』のルキーニ役など歌舞伎以外の演劇や日曜劇場『半沢直樹』(20年)、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や映画『ミステリと言う勿れ』(23年)などの映像作品、バラエティ番組といった幅広い分野で活躍している。 ©SHOCHIKU

尾上松也(ONOE MATSUYA)
東京都生まれ。父は六代目尾上松助。1990年5月歌舞伎座『伽羅先代萩』の鶴千代役で二代目尾上松也を名乗り、初舞台を踏む。2009年より歌舞伎自主公演「挑む」を主宰。近年は花形俳優の中でリーダー的な存在として頭角を現し、「新春浅草歌舞伎」では15年から座頭格として『仮名手本忠臣蔵 五・六段目』の早野勘平、『与話情浮名横櫛 源氏店』の与三郎など、古典作品の大役に挑んだ。ミュージカル『エリザベート』のルキーニ役など歌舞伎以外の演劇や日曜劇場『半沢直樹』(20年)、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や映画『ミステリと言う勿れ』(23年)などの映像作品、バラエティ番組といった幅広い分野で活躍している。
©SHOCHIKU

画像5: 撮り下ろし舞台写真で愛でる
令和を駆ける“かぶき者”たち
Vol.2 尾上松也

團菊祭五月大歌舞伎
昼の部 11:00開演
一、『鴛鴦襖恋睦 おしどり』
二、 歌舞伎十八番の内『毛抜』
三、『極付 幡随院長兵衛』

夜の部 16:30開演
一、『伽羅先代萩』御殿 床下
二、『四千両小判梅葉』

※尾上松也さんは、
昼の部
『鴛鴦襖恋睦』河津三郎 雄鴛鴦の精
『毛抜』八剣数馬
にて出演。

会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
上演日程:2024年5月2日(木)〜26日(日)
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL. 0570-000-489
チケットweb松竹

山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。

▼あわせて読みたいおすすめ記事

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.