BY NICK HARAMIS, PHOTOGRAPHS BY JOSHUA WOODS, STYLED BY DELPHINE DANHIER, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

女優のグレン・クローズ。モンタナ州ボーズマン郊外の将来の自宅の建設予定地で、2025年8月4日に撮影。
アウター・ジャンプスーツ(ともに参考商品)・スカーフ¥86,900/ルイ・ヴィトン
ルイ・ヴィトン クライアントサービス
TEL.0120-00-1854
低く垂れ込める雲が4月の朝日を遮る中、グレン・クローズはとある場所に向かって田舎道を進んでいた。自分はいつかその場所で息を引き取るつもりだと、微笑みながら彼女は言う。78歳の女優の朝は、いつもと変わらずこうして明けていく。夜明けすぎには、彼女はカーハート製の茶色いワークパンツをはき、白いワイシャツを着て、9歳のハバニーズ犬に餌をやる。愛犬の名前は「ビーンフィールドのピピン卿」、別名ピップだ。彼女の2ベッドルームの自宅は、モンタナ州ボーズマンのごく普通の住宅地にある。ボーズマンはロッキー山脈の麓の丘陵地で、スキー場で知られる街だ。彼女とピップは車で「メイン・ストリート・オーバーイージー」という名のダイナーに向かう。この店でカナダ産のメープルシロップをたっぷりかけてパンケーキを食べるのだ。彼女は自分で持ち込んだメープルシロップを、店主に頼んで容器ごとこの店のキッチンに常備してもらっている。その容器には黒いマジックペンで、このシロップを使う人々の名前のリストが書き込まれている。彼女の弟のアレクサンダー・"サンディ"・クローズ、姉のティナ・クローズ、妹のジェシー・クローズ、そしてクローズのひとり娘のアニー・スターク、さらにアニーの夫のマーク・アルブ。加えて何人かの姪や甥たちや親戚たちの名前も書かれている。朝食がすむとクローズは機械工である74歳の弟のサンディの工房に寄り、廃品だった銅製のドアノブ数個が磨かれていく過程をチェックする。その後、油圧式の薪割り機を探しにホームセンターに向かった。
正午ちょっと前に、私たちはボーズマンから少し北上した場所に到着した。ここは彼女が以前から家を建てたいと願い続けてきた土地だ。石と木でできた6つほどの連結した建造物が、メインの建物を囲むようにやや距離をとって配置されている。そのメインの建物には、オープンスタイルのダイニングとリビングがあり、そこにはどっしりした立派な暖炉を置く予定だ。さらに映画を観られるようにロフトも造る。個人の住宅というよりも、むしろ会員制のカントリークラブに近い造りだ。彼女は小さなゲストハウスを指さした。それは彼女が子どもの頃、時折暮らしたコネチカット州のグリニッジにある母方の祖父母のコテージをほとんどそのまま再現したような形をしている。「身体がいよいよ弱ったら、あそこで暮らすつもり」とクローズは言う。「きっとすごく居心地がいいはずだから」
建設現場に強風が吹きつけ、家の外装に貼られた米松のパネル板をガタガタと揺らし、広い敷地の中を流れる小川にさざなみを立てていく。クローズは新居が完成したらどんな気持ちになるかを想像すると、待ちきれないという。書斎でのんびり過ごす夕べや、孫息子のロリーが外で遊ぶ声の響き。「そして、家族みんなが全員集まって過ごせる、大きくて素晴らしい部屋も。今までそういう部屋を持ったことが一度もなかったから」と彼女は言う。この屋敷を、クローズは母方の名字のムーアにちなんで「ムーアランド」と呼んでいる。この屋敷一帯はクローズが弟や姉妹たちに残す財産の一部でもある。妹のジェシーは双極性障害を患っており、彼女は1984年に躁状態が続いていた時期にボーズマンに移り住んだ。友人から仕事を探しやすい場所だと聞いていたのが、きっかけだった。その後に弟のサンディ、そして姉のティナが当地に移住し、2019年になってやっとクローズ自身もニューヨークを引き払ってボーズマンを終(つい)の棲家にするべく移り住んできた。屋敷周辺を見て回りながら「この家に使われている釘の一本一本に至るまですべて、私が演じた役のギャラで支払った」と彼女は言った。「この家を建てる資金を稼ぐために、この街を離れて映画の撮影をしに行くわけ」
クローズは第二次世界大戦中に洋上で戦死した伯父のジョン・キャンベル・ムーアの記念碑に向かった。「爆撃されたとき、兵隊たちはみんな船首にいたんだと思う」と彼女は言う。「母にとっては、伯父が即死だっただろうことだけが、せめてもの慰めだった」。伯父の戦死はクローズが生まれる4年前だったが、伯父の記念碑に刻まれた言葉を読む彼女は、感極まって言葉に詰まった。それはジョン・キャンベルが9歳のときに書いた詩だ。「小さな種よ、小さな種よ」と彼女はつぶやいた。「君は将来は花になって地面から高く伸びるつもりかい?」。すると37歳のアニーが生後3カ月の息子のロリーを連れてやってきた。女優であり、テレビの料理番組に出演するシェフでもある彼女の父親は、映画プロデューサーのジョン・H・スタークだ。クローズは二度目の離婚の直後、1980年代後半に彼と数年間つきあっていた。「一族の昔話をしだしたら、うちの母、止まらないでしょ?」とアニーは笑いをこらえつつ私に言った。だが、クローズは詩の朗読に集中していた。「小さな花よ、小さな花よ。種だった君は、どうして雑草ではなく、花になったのか?」
ムーアランドのすぐ先には、モンタナ南西部界隈で最も標高が高い、約3000m級のサカジャウィア山がそびえている。クローズはハイキングに行こうと言い、四輪バギーで崖の側の際どいカーブを何度もすり抜けていった。雪が深すぎる箇所に来ると、徒歩で小道を進み、息が上がって苦しくなるか、または動物を見つけたときだけ、少し歩みを止めた。小川に着くと彼女は地面に腹ばいになり、苔の生えた岸から身を乗り出して川の水を飲んだ。「ほら、やってごらん」と彼女は言った。私が躊躇(ちゅうちょ)していると彼女はさらにもうひとくち含んだ。「寄生虫がいるからジアルジア症になる可能性はあるけどね」。彼女はゴクッと水を飲み下すと、満面の笑みを浮かべた。「でも、1㎏ぐらいは簡単に痩せられるよ」
ほとんどの役者たちは、ある程度有名になったら、スターとして認識され、少しずつ人前に出なくなり、世間から距離を置くか、またはそうすることを周囲から強(し)いられる。今どき、ジャーナリストと無防備に話すスターはほとんどいない。ほかのスターがホストを務めるポッドキャストなら格段に居心地よく出演できるからだ。ソーシャルメディアで露出するほうが簡単だし、間によけいな人間が介在しないメリットがある。だがクローズは若い世代と違い、そんな現代の風潮にあえて抗おうとする存在だ。彼女にとって、自分をオープンにすることは自己戦略でもある。どんなに警戒心を解いて自然体でいるように見えても、彼女は自分の観客の存在を決して忘れない。飲み物を注文するときですら、まるでバルコニー席にいる客に向かって演技しているように、一語一句はっきりと伝える(たとえば「12・オンス・抹茶・ラテ」という具合に)。彼女が頭を後ろにのけぞらせて笑うときでも、カメラのフラッシュの音が聞こえるような気がするぐらいだ。同時に彼女は非常に思慮深い聴き手でもあり、周囲の人々が考えていることを素早く察知できる。Huluで放映されているライアン・マーフィー監督の新ドラマシリーズ『オール・イズ・フェア 女神たちの法廷』(原題『All’s Fair(オール・イズ・フェア)』註:恋と戦争においてはいかなる手を使うのもあり、という意味。日本ではディズニープラスで配信)で共演中の45歳のキム・カーダシアンは、クローズのことを「メンター」であり「仲間の女性たちを助け励ます存在」だと言う。ドラマの舞台は女性だけの離婚弁護士事務所だ。ジョン・リスゴー(80歳)はクローズとは、1982年の映画『ガープの世界』での共演を含め、これまで三度一緒に仕事をしている。2014年に上演されたエドワード・オールビー作の舞台劇『デリケート・バランス』では、クローズは俳優たちが互いにうち解けられる場をつくろうと常に気を配っていたという(『デリケート・バランス』の期間中に彼女は、出演者たちに「私たちの共通の思い出の写真を持ってきて」と言ったとリスゴーは回想する。この劇に出演した多くの俳優たちにはすでに過去に共演経験があったからだ。「そういうところが、ものすごくグレンらしい」)。
投資家のウォーレン・バフェット(95歳)はクローズの友人で、2013年に雑誌のフォーチュンが主催した「最もパワフルな女性たちのサミット」で彼女と共演を果たしている。バフェットは舞台上でウクレレを弾き、彼女と一緒に1986年のヒット曲であるバラード『グローリー・オブ・ラブ』を歌った。「彼女と一緒にいると、思わず赤面するようなことを、いつの間にかやらされてしまうんだ」。また、作曲家、アンドリュー・ロイド・ウェバー(77歳)は「生涯猫派」のはずだったが、彼いわく「あのひどい映画版『キャッツ』が(2019年に)公開されてから」クローズのすすめで3 匹のハバニーズ犬を購入したのだという(註:ロイド・ウェバーは劇場版『キャッツ』の音楽の作曲家)。「グレンは私が知っているほかのどんな映画スターとも違って、普通人としての感覚をもっている。彼女はユーモアを解するし、面白いと思えないことは、やりたくないタイプなんだ」
――Vol.2に続く
PRODUCER: SHAY JOHNSON STUDIO. PHOTO ASSISTANTS: SHEN WILLIAMS-COHEN, KYLE NIEGO. TAILOR: OLIVIA NIEGO. MANICURIST: ALEXA GROUEFF. STYLIST’S ASSISTANT: KATEY KABU-KUBI
※カタカナの人名表記は、編集部の判断により日本で広く使われている表記を使用しています。









