グレン・クローズはスター女優としてすでに輝かしい業績を手にしている。だが、かつて自分をスターに押し上げてくれたあの役を再び演じる日までは、決して挑戦をやめない。インタビューを全4回でお届けする最終回

BY NICK HARAMIS, PHOTOGRAPHS BY JOSHUA WOODS, STYLED BY DELPHINE DANHIER, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

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 クローズいわくウィリアム・アンド・メアリー大学が「はじまり」だったそうだが、彼女のキャリアが実際にスタートしたのは、1974年にニューヨークの舞台に立ったときだ。決して派手な生活ではなかった。クローズは当時ある男性とつきあっていたが、彼は自分のアパートメントの浴槽に板を渡して、その上で食事をしていた。ある灼熱の夏の夜、彼のアパートメントの窓から、隣の住人が裸で机に向かってタイプライターを打っている姿が見えた(「彼女は何か考えごとをしながら、陰毛を引っこ抜いてた!」)。それでも、彼女の初仕事である、英国の王政復古時代を描いたウィリアム・コングリーヴ戯曲作品『愛には愛を』の舞台を終えて、夜、ヘイズ劇場から出てくると、たとえ代役としての出演にすぎなかったとしても――まるで「歩道が金で舗装されている」ように感じたと彼女は言う。当時、1ブロック先の劇場で別の舞台に出ていたジョン・リスゴーは、彼女がスターになった瞬間をはっきりと覚えている。「グレンは台詞をなかなか覚えられない女優の代わりに、いきなり主役に抜擢されたんだ」と言う。「そして彼女は、見事にやり遂げたよ」。その後6年ほどの間、彼女はひたすら舞台に出ることに没頭した。夜になれば親友のメアリー・ベス・ハートを含む俳優仲間たちと一緒に、できる限り多くの舞台を観に行った。クローズはメリル・ストリープがブロードウェイで1975年に初舞台を踏んだ『Trelawny of the Wells(ウェルズ座のトレローニー)』も客席から観ていた。19世紀の劇作家アーサー・ウィング・ピネロが手がけた喜劇で、恋のために舞台を捨てようとする女優の話だ。「『彼女は私のキャリアに影響を与える存在になるな』と思ったのを覚えてる」とクローズは言う。

 1980年代初頭には、ジョージ・ロイ・ヒル監督が、ジョン・アーヴィングの1978年出版の小説をもとにした映画『ガープの世界』に彼女を起用した。ヒルはクローズがミュージカル『バーナム』でサーカスの興行師のP・T・バーナムの妻、チャリティ・バーナムを演じたのを観ていた。ガープの母親で、看護師からフェミニストの教祖的存在になったジェニー・フィールズを演じることになった――彼女の台詞には「母さん、私が欲しかったのは彼の指輪なんかじゃない。必要だったのは彼の精子だけ!」や「私の息子はドッグフードなんかじゃない!くそったれ!」などのフレーズもあったが――彼女は「迷いを微塵も感じさせなかった」と言うのは、性転換した元フットボール選手のロバータ・マルドゥーン役を演じたリスゴーだ。「説明するのは難しいんだが、彼女が演じた重要な役を、ほかの誰かが演じることなんてとても想像できないよ」。クローズはこのフィールズ役でアカデミー賞にノミネートされて驚愕したと語るが、その後も『再会の時』(1983年)で友人を亡くしたベビーブーマー世代の若者を演じ、『ナチュラル』(1984年)でロバート・レッドフォード扮する野球選手の初恋の人を演じて、そのすべてでアカデミー賞候補となった。
 それまで比較的貞淑な役を連続して演じてきたクローズ。そんな彼女が『危険な情事』の監督のエイドリアン・ラインを、自分にはアレックス役にふさわしい力強さと魅力が備わっていると説得するのは、かなりの難題だった。プロデューサーのシェリー・ランシングとスタンリー・R・ジャッフェ、さらに相手役のマイケル・ダグラスも彼女に期待していなかった。「私は正統派の美人じゃないし」とクローズは言う。「とにかく正統派美人には絶対なれない。私の顔は左右非対称だから」。ランシングが一番起用したかったバーバラ・ハーシーはスケジュールが合わず、デブラ・ウィンガー、スーザン・サランドン、ミシェル・ファイファー、ジェシカ・ラングなども候補となったが、そのうちの何人かは向こうから断ってきた。現在81歳のダグラスはクローズを「あらゆる面で卓越している」と評するが、当時はクローズのエージェントが簡単に諦めなかったのを覚えている。「僕たちは、彼女が役にふさわしいとは思わなかったんだ」とダグラスは言う。「でもいざ彼女がオーディションを受けたら、官能的だし、予期せぬ行動はとるし、危険な香りもあり、僕たちの予想をはるかに超えていて度肝を抜かれた」。当時クローズは二人目の夫で投資会社の創設者であるジェームズ・マーラスとの離婚が目前で、この役は自分が演じるべきだと確信していた。「プロデューサーたちは、私にはセクシーな役は無理だと思っていた」とクローズは言う。「それに対する私の回答は『とにかく、セクシーな役を一度演らせてみて』だった」

 当初は、アレックスが自殺し、ダグラス演じる役が殺人の罪をきせられるという結末だった。だが、2017年にエンターテインメント専門ジャーナリスト、スティーブン・ギャロウェイが出版したランシングの伝記『リーディング・レディ』の中には、映画会社のある重役の発言がこう綴られている。「観客たちは、あの悪女が、容赦なく残忍な方法で息の根を止められて殺される結末を見たがった」。当時クローズは撮影中に自分が妊娠していることを知らなかった――そして新しい結末の格闘シーンを撮影する際に、水が入った浴槽に50回以上も頭を叩き込まれて目と鼻にひどい炎症が起きた。クローズは「狂った女性」というステレオタイプを自らが演じることで肯定してしまうことに後ろ向きだった(最初は反発し抵抗したが、ある俳優の友人から「あなたの気持ちは伝わった。さあ、仕事に戻りなさい」と言われて、最終的には新しい結末を受け入れた)。批評家のカリーナ・ロングワースが『You Must Remember This(これだけは覚えておいて)』と題した自らの映画ポッドキャスト放送で、異性愛者の男性たちはこの映画を「自分たちのために作られた『ロッキー・ホラー・ショー』かのように」受け止め、アレックスが殺されるシーンでは歓声が起きた、と語った。「映画の反響はすさまじかった」とダグラスは言う。「僕たちふたりはお互いそれまで、これほどの規模の商業的な大ヒットを経験したことがなかったし――激論にさらされたのもこれが初めてだった。外出すると、男たちが僕に向かって『おまえのせいで散々な目に遭った。何てことをしてくれたんだ』と怒るんだ」。『危険な情事』のあとのクローズはどんな役でもこなせることを証明した。1990年の『運命の逆転』のサニー・フォン・ビューローや1990年の『ハムレット』のデンマーク女王、さらに1991年の『フック』では髭を生やした海賊まで演じてみせた。「俳優って、クレヨラの箱に入った何本かのクレヨンみたいだと思うときがある」と言うのは、2017年にブロードウェイで再演された『サンセット大通り』でクローズたちの舞台監督を務めたロニー・プライス(66歳)だ。「グレンはさしずめ全色揃ったデラックス・パッケージのクレヨンで、箱の後ろには削り器までついているタイプだ」。1993年にクローズは、ロサンゼルスにあるハリウッド・ユナイテッド・メソジスト教会でアンドリュー・ロイド・ウェバーが手がけるミュージカル版『サンセット大通り』のリハーサルに参加していた。クローズは当時書いていた日記を私のためにわざわざ探し出してくれた。それを読むと事の重大さが伝わってくる。「私は、この巨大なショーのスターなんだ……私の肩にすべてかかってる。声、表情、ボディランゲージーーノーマの抵抗と脆もろさと勇気。彼女の精神の底知れない深さと品格の高さ。甘え、自己陶酔、他人を自分の思いどおりにしようとするとてつもない力……自分の人生がまた再び始まるのだと根拠なしに思い込んで浸る歓喜」。演劇批評家のデイビッド・リチャーズはニューヨーク・タイムズ紙に次のような批評を書いた。クローズは「息をのむようなリスクをとり、今までの領域とはまったく違うところに手を伸ばす。観客は失敗するに違いないとハラハラするが、彼女は失敗せずにやってのける」

 ロサンゼルスでの公演が成功すると、ロイド・ウェバーはクローズにニューヨークで『サンセット大通り』を上演しないかと話を持ちかけた。同じノーマ・デズモンド役をロンドンの舞台で初めて演じた女優のパティ・ルポーンがブロードウェイ版にも出演することがすでに決まっていたため、ルポーンは、ロイド・ウェバーが不当な契約破棄をしたとして訴え、損害賠償を100万ドル(約1億5,000万円)以上要求した。彼女は支払われた賠償金の一部を使ってプールを建設し、それをアンドリュー・ロイド・ウェバー記念プールと名付けた(最近、ニューヨーカー誌に掲載されたルポーンの人物紹介記事の中で、女優のケシア・ルイスとオードラ・マクドナルドに対するルポーンの否定的な発言があり――クローズに関する発言もあったがふたりに対する発言よりはおとなしめのものだった――それが原因で演劇界から抗議が起き、結局ルポーンは正式に謝罪表明をした。クローズはその記事に関しては「あまりにも過酷な業界だから、同業者の俳優たちには同情しないではいられない」と発言するにとどまった)。90年代初頭だった当時から何十年も過ぎた今、ロイド・ウェバーは後悔していない。「控えめに言っても、より繊細な演技を届けることができた」と彼は言う。だが、この類いまれなる作品の裏話はそれで終わりではなく、さらに続きがあるのだ。クローズのロサンゼルスでの『サンセット大通り』の公演期間が間もなく終わると発表されたとき、ロイド・ウェバーは――クローズが言うには「彼はそのとき酒を飲んでいた」そうだが――女優のフェイ・ダナウェイと昼食をともにし、その席で彼女はロサンゼルスでの『サンセット大通り』の残りの舞台に自分を主演で起用してほしいと頼み、ロイド・ウェバーを説得した。だが、リハーサルでダナウェイが歌うのを聞いたプロダクション責任者たちは舞台の製作自体をキャンセルした。「彼女の歌は音程がはずれていた」とクローズは言う。「ダンサーや若いパフォーマーたちは、リハーサルから戻ってくるとまるでハンマーで殴られたような顔をしていた」

 それから20年以上の時を経て、クローズがノーマ・デズモンド役を再演した際には、役そのものが変容していた。クローズ本人も昔とは違っていた。たとえば彼女の3人目の夫で、投資会社のCEOのデイビッド・E・ショウとは、9年間の結婚生活を経て離婚した。現在誰かつきあっている人はいるのかと尋ねると、彼女は笑った。クローズが最初にノーマ役で衣装のターバンを頭につけたとき、彼女は46歳だったが、再演時には70歳近くになっていた。クローズが初演時に参考にしたのは、女優のキャロル・マッソーだった。マッソーはかつて、純真な娘役を演じて名声を得た。だが、歳をとるにつれ、マッソーは顔に大量の白おし粉ろいを塗りたくるようになり、彼女の衣装はまるで小麦粉を大量にふりかけたように見えた。「彼女は自分自身を、若くてアラバスター(雪花石膏)のような白くてなめらかな肌を持つ美人だと認識していた」とクローズは言う。「でも彼女以外のすべての人たちの目には、白粉まみれのエキセントリックな女性に見えていた」。クローズの再演時には、ノーマは初回よりもっと悲劇的に見えたとロイド・ウェバーは言う。「誰もが彼女はもう復帰できないとわかっていた」と語る。「そして彼女もそれを悟っていた」。舞台監督のプライスは、クローズはノーマの心情が個人的に理解できるのだと思うと言う。「女性がある年齢になると、私たちの文化の中では透明人間として扱われてしまう」と。「彼女はノーマの痛みを少し身近に感じたんだと思う。彼女の孤独も、必死にすがりつきたい気持ちも」。俳優が同じ役を再演する場合、トニー賞の受賞対象にはならないが(彼女はウォーレン・バフェットからもらった偽物のトロフィをウェスト・ヴィレッジにある彼女のアパートメントに保管してある)、ニューヨーク・タイムズ紙の演劇批評家のベン・ブラントレイは、「ハリウッドがこれまで公に語ってこなかった業界内の陰の部分を描く」のにクローズの演技が信憑性を与えたと讃えた。
 セント・ジェームズ劇場から出る前に、クローズは廊下でちょっと立ち止まった。この同じ劇場で半世紀ほど前に『バーナム』が上演され、その舞台の演技がきっかけで彼女はハリウッドに見いだされたのだ。彼女の目には涙があふれていた。「よくわからないけど、胸がいっぱいになっちゃって」と言い、手袋をした指で頰をさっとぬぐった。その瞬間、クローズとノーマがひとつになったような気がした。すると彼女は笑いだした。急に感傷的になった自分自身に驚いたのかもしれないし、彼女のこれまでの人生が、この劇場の舞台装置と相まって、まるで崇高で美しい物語のように胸に迫ってきたのかもしれない。そして劇場の扉が開くと、歩道にいた観客たちが歓声をあげた。彼女が深く息を吸い込むと、160㎝の身長が少し高く見えた。車に乗り込む前に、彼女はファンたちのほうを振り向き「私もあなたたちを愛してる」とささやいた。

 ボーズマンの彼女の自宅内のオフィスには、たくさんの記念品が飾られている――1999年公開のアニメーション映画『ターザン』で彼女が声を演じたゴリラのカーラの人形や、アメリカ国歌「星条旗」をニューヨーク・メッツの試合で彼女が歌っているときの写真。そして額縁に入ったアカデミー賞ノミネートの証書もある――その中でも目立つのが一通の手紙だ。1973年にキャサリン・ヘプバーンがテレビ番組『ディック・キャヴェット・ショー』に出演した。当時大学4年生だったクローズは、ヘプバーンが「自分自身のことを非常によくわかっているように見えた」ことに衝撃を受けたと言う。1990年にケネディ・センター名誉賞がヘプバーンに授与されたとき、クローズは壇上で讃辞を贈った。その後、ヘプバーンはクローズにこんな感謝の手紙を綴って送った。「あなたがまだほんの子どもだった頃、私がきっかけで、あなたがこの悲惨な職業につくことを決めたと聞いてうれしい。この仕事はとても恐ろしいけれど、掛け値なしに、極上の人生を味わえる道だと思う」。「グレンは自分が俳優たちのコミュニティの一員であることに大きな誇りをもっている」と言うのは『オール・イズ・フェア』の共演者で50歳のサラ・ポールソンだ。「彼女ほどの高いレベルの成功を手にした人たちが、仕事に新鮮味を感じなくなり、シニカルになったり、役に挑むことに興奮しなくなるケースは珍しくない。でもグレンはこの世界にデビューした日と何ひとつ変わらず、今もワクワクしている」

 クローズは2025年5月にニューヨークで開催された広告主向けのマーケティング・イベントである「ディズニー・アップフロント」に『オール・イズ・フェア』の出演者たち数人とともに参加した。この種の宣伝イベントは、彼女が愛してやまない演技とはまるで対極にあると言ってもいいだろう。「一刻も早くうちに帰りたい」と彼女は翌朝テキストを送ってきた。「どうでもいいようなネットの情報にもう、うんざり」。『オール・イズ・フェア』で弁護士事務所のリーダーとしてメンター的な役割を果たすディナ・スタンディッシュ役を引き受けるにあたり、彼女が心に決めていることがあった。2007年から5シーズンにわたりFXチャンネルのテレビドラマ『ダメージ』で彼女が演じた、冷酷無比な法廷弁護士パティ・ヒューズ役の焼き直しのような演技だけはしたくなかったのだ。この二つの役の比較を避けるために、クローズとしては珍しく、脚本を読まずに『オール・イズ・フェア』の出演契約を結んだ。ただひとつだけ、ディナがやさしい性格で、愛のある結婚生活を送っている設定にしてほしいと要求した(監督のライアン・マーフィーは今回取材に応じてはくれなかったが、クローズの提案どおり、エド・オニール演じるスタンディッシュの夫役は、前立腺がんを患っているという設定を採用した)。クローズが言うには、この作品が扱う題材がかなり「センセーショナル」なため、最初はなかなかなじむのが難しく、共演者たちとも距離を感じていたという。「現場がどれだけキツかったか、もう彼女から聞いてると思うけど」と共演者のポールソンは言う。「すべてのセットがそれぞれまったく違うし、ライアンが創る世界では、役者は持てる力を100%出しきるしかない。それができないと居場所はないから」。後者の事態を避けるために、この作品のエグゼクティブ・プロデューサーを務めるクリス・ジェンナーは、ニーシー・ナッシュ=ベッツやテヤナ・テイラー、そしてナオミ・ワッツなどの出演者たちをカリフォルニア州のカラバサスにある彼女の大邸宅に招き、『危険な情事』の映画鑑賞会を開いた。キム・カーダシアンも『オール・イズ・フェア』のエグゼクティブ・プロデューサーを務めるが、彼女は『危険な情事』をこれまで一度も観たことがないと打ち明けた(「私たちはそれぞれ自分が好きなグレン・クローズの出演作品を順番に挙げていったんだけど、私は……『101』かな?って答えた」とカーダシアンは語る)。そこに集まった女優たち全員にスキムス(註:キム・カーダシアンが立ち上げたブランド)のお揃いのパジャマが配られた。さらにジェンナーは『危険な情事』に出てくる実際のシーンの写真を印刷したクッキーを用意して、それをお菓子用のカートに載せてふるまった。「まるでLSDでトリップして幻覚を見ているような体験だった」とポールソンは言う。

『オール・イズ・フェア』の初シーズンの撮影が3月に終わると、クローズはモンタナのムーアランドに急いで戻ってきた。彼女はその後インスタグラムにこう投稿している。「毎日いろんなニュースやノイズが世の中にあふれていて、個人の許容範囲を超えてしまっている。いつしかそれに押しつぶされて動けなくなりそう」。彼女はこの秋、ベルリンで撮影される『ハンガー・ゲーム』の前日譚である『Sunrise on the Reaping(収穫の日の日の出)』で冷酷無比なドゥルシラ・シックル役を演じる予定だ。それからロンドンに移動し、スウェーデンの作家ヘレーネ・トゥーステンの原作本『An Elderly Lady Is Up to No Good(おばあさん、悪事をたくらむ)』をもとにしたミニシリーズ・ドラマの撮影に入る。ある老婦人が、彼女を苛立たせた人物を次々に殺していくという筋書きだ。それらが終わったら、クローズはいつものように映画版『サンセット大通り』のプロジェクトに再び集中する。最新の脚本は、映画『アルゴ』で2013年のアカデミー賞脚色賞に輝いた脚本家のクリス・テリオが手がけた。最初のシーンは、キャリアの絶頂期のノーマの瞬間を捉えたさまざまな映像のモンタージュで始まる。スポットライトを浴びて輝き、人気を一身に集めていた頃の彼女の姿だ。「観客は彼女が過去にどんな活躍をしていたかを見てから、彼女の人間性を知っていく」とクローズは言う。ロイド・ウェバーもこのプロジェクトが実現することを願っているが、彼はもう少し慎重派だ。「『サンセット大通り』にまつわる権利は、パラマウントががっちり握っているということをまず誰もが念頭に置かないと。パラマウントにとって、ビリー・ワイルダー監督作のオリジナル映画『サンセット大通り』は、さしずめ、彼らが持つ王冠の宝石のひとつに匹敵するわけだから」と彼は言う。「彼女は頑張って交渉したし、私も努力した。誰もが尽力した。でも最終的に決めるのは、彼らなんだ」(クローズがこのプロジェクトを立ち上げてから、パラマウント側の経営体制は何度も変わり、さらにパラマウント自体がスカイダンス・メディアに買収されるという事態が起き、社内の情報源によれば、このプロジェクトに関しては、最近は特に何も動きがないということだ)。

 クローズはまだまだ敗北を認める気にはなっていないが、映画化が成功する確率がそれほど高くないことは認識している。「人生でやりたいことを全部やりつくす時間は、もう私にはない。今になってそのことがわかるようになった」と真顔で言う。アカデミー賞をとりたいという野望はまだあるのかと、私は彼女に聞いてみた。「こだわる気持ちはまったくないけど、でも、ひとつは欲しい」と彼女は答える。
「不思議だけど、アカデミー賞を持っているだけで、人々の見る目が変わる。私の仲間の女性たちを見回すと――ひとり残らず全員がすでに受賞している。私の場合は恐らく、将来、車椅子に乗せられて、よだれを垂らしながら登場して、キャリアを通しての名誉賞っぽいものをもらうことになるのかな」と彼女は笑い、私たちはその光景をしばし想像しながら座っていた。「でも見て。私はまだ現役でこの仕事をしている」と彼女は続けた。「私にとっては、そっちのほうがずっと大事なことだから」

 それから数週間後に、私の携帯電話に着信があった。夏のほとんどをボーズマンで過ごしていたクローズからモンタナの空を映した動画が送られてきたのだ。空はインクのように真っ黒で暗く、不気味な気配が漂っている。「何かが起こる前触れのよう」。録音された彼女のそんな声が響いた。「何かが、起き始めている」。私たちが最初にやりとりを始めたときから、クローズはインタビュー取材を受けている女優という役割を徹底して演じきり、さまざまな素顔を気前よく見せてくれた。だが、彼女が送ってくれたすべての画像や動画をスクロールしていると――孫のロリーが水面に反射した自分の顔を見つけて不思議そうにしている姿や、娘のアニーと犬のピップが小川の横に座っている光景、クローズの近所の家の裏庭にいる熊――を眺めながら、私はふと思った。これは、彼女なりに世間やハリウッドのノイズや混沌を遮断して、静謐で本質的なものに向き合おうとする試みなのではないかと。私がボーズマンを訪れたとき、彼女が私に見せたかったものが、もうひとつある。それは何十年も前に彼女がある画家に注文して描いてもらった大きな油絵で、彼女の自宅のリビングのソファの上に掛けられていた。その絵には、金髪の少女が本を手にして座り、彼女の足もとには2匹の犬がいる様子が描かれていた。少女の視線の先には遠くにそびえる城がある。私は、少女はクローズ自身で、城は彼女が逃げ出したMRA本部を象徴しているのではないかと想像した。だがクローズはその解釈は違うと訂正した。「あれはアニー」と彼女は言った。3歳のときにこの絵を初めて見たアニーは思わず泣きそうになったのだという。「でもお母さんはどこ?」とアニーは母に聞いた。クローズは娘を抱き上げて微笑んだ。「心配しないで大丈夫――私はお城の中にいて、あなたのサンドイッチを作ってるから」。あとは、家に帰る道を見つけるだけでよかった。

PRODUCER: SHAY JOHNSON STUDIO. PHOTO ASSISTANTS: SHEN WILLIAMS-COHEN, KYLE NIEGO. TAILOR: OLIVIA NIEGO. MANICURIST: ALEXA GROUEFF. STYLIST’S ASSISTANT: KATEY KABU-KUBI

※カタカナの人名表記は、編集部の判断により日本で広く使われている表記を使用しています。

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