BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

『鯉つかみ』小桜姫=中村壱太郎
錦秋十月大歌舞伎で中村壱太郎は、第一部『鯉つかみ』の小桜姫、第三部では『屋敷娘』『近江のお兼』と、趣の異なる女方の役を勤める。『鯉つかみ』は20代前半から片岡愛之助とともに育ててきた作品。出石永楽館をはじめ各地で上演を重ね、今回ついに歌舞伎座の舞台に。
一方、今年はスーパー歌舞伎『もののけ姫』でサンを演じ、マルコス浄瑠璃『金閣寺』ではコンテンポラリーダンサーたちと共演。歌舞伎の枠を越えた身体表現にも挑み続けてきた。そうした経験を経て歌舞伎座に戻った今、壱太郎が口にしたのは、意外にも「古典をやりたい」という思いだった。新たな表現への挑戦と古典の継承。その二つは、壱太郎のなかで一本の道としてつながっている。
——錦秋十月大歌舞伎では、第一部『鯉つかみ』に出演されます。長く片岡愛之助さんと上演を重ねてきた作品が、いよいよ歌舞伎座にかかりますね。
壱太郎:『鯉つかみ』の小桜姫は22歳から度々勤めている役です。愛之助のお兄さんと作った作品のなかでも、いろいろなところで上演してきた演目ですし、2012年の永楽館から始まって、博多座、明治座など各地で上演されてきて、それがついに歌舞伎座でできるということは、やはりすごく大きいですね。
「永楽館歌舞伎」の頃は、同じ11月に「システィーナ歌舞伎」もあって、ひと月の間にいくつも新しい芝居を作っていた時期でした。『GOEMON石川五右衛門』も2011年にそこから生まれましたし、とにかく愛之助のお兄さんと一緒に“作る”時間をたくさん経験させてもらった。本当にお兄さんに育てていただいた時期だったと思います。その時間があったからこそ今があると思いますし、その旅路のなかにある『鯉つかみ』を歌舞伎座でできることには、特別な思いがあります。
——今回の『鯉つかみ』で演じる小桜姫は、どのように作ってきた役なのでしょうか。
壱太郎:典型的なお姫様というより、少しほんわかした、世間知らずな感じを出したいと思って、ずっと作ってきました。この『鯉つかみ』は関西らしいというか、結構笑いが起きる作品なんです。
ただ、永楽館のような小さな空間だからこそ伝わった笑いが、歌舞伎座では同じようには伝わらないこともある。小屋が大きくなれば、いろいろなことが変わるので、今回は「歌舞伎座で演る」ということを意識して上演したいと思っています。
――第三部では『屋敷娘』と『近江のお兼』。タイプの異なる二つの舞踊に出演されます。
壱太郎:『屋敷娘』は武家に勤める娘ですから、役としてまず大切にするべきなのは“品よく”ということだと思います。今回は尾上眞秀くんと一緒に踊りますが、踊りはすべての基礎になるもの。彼がこの『屋敷娘』から何かを得て、それが次や将来につながる、そのお手伝いができればいいなという気持ちもあります。
『近江のお兼』は、コロナ禍の緊急事態宣言に入る直前の2020年3月に明治座で上演される予定だったのができなくなってしまって、今回がきちんと勤める初めての機会になります。中村勘三郎おじさまや中村勘九郎のお兄さんが踊っていらっしゃるのを拝見して以前から憧れていた演目です。女方としてとても派手に踊れる舞踊でもあるので、そこは意識したいですね。第三部の最後ですから、お客様に華やかな気持ちで帰っていただけるような踊りにしたいです。

『鯉つかみ』小桜姫=中村壱太郎
——今年はスーパー歌舞伎『もののけ姫』でサンを演じられました。女方の技術だけでは成立しない難しい役だったのではないでしょうか。
壱太郎:そうですね。獣のような部分をどう表現するかというのは意識していました。ただ、それが立役かというと、そういうことでもない。
特に難しいと感じたのは、人として「好き」という感情をどう見せるかということでした。“ラブ”ではなく、“ライク”であることを表現する。それは演劇としてすごく難しいことだと思いました。
それから、自分の足、特に膝下から着物を何もまとわないというのは、女方としてはとても怖いことでした。スカートという衣裳だと、どうしても洋装に見えてしまう。それをどう見せるかについても、衣裳デザイナーの方とかなり話し合いました。ヘアスタイルについてもアシタカを演じた市川團子くんがいろいろと意見をくれて、変わっていきました。
——市川團子さんをはじめ、澤瀉屋の皆さんとスーパー歌舞伎をゼロから作り上げた経験はいかがでしたか。
壱太郎:僕自身、ひと月を稽古だけで過ごすという経験が初めてだったんです。ほかの公演に出ながら稽古をすることはありましたが、ひとつの作品をゼロから作るためにみんなで時間を共有する。その楽しさも大変さも一緒に分かち合えたことは大きかったですね。
サンは、僕一人で作ったというより、演出を手がけた横内謙介さんをはじめ、みんなが意見をくれて生まれた役だと思っています。

『屋敷娘』娘お壱=中村壱太郎

『屋敷娘』娘お壱=中村壱太郎

『屋敷娘』娘お壱=中村壱太郎
——9月にはマルコス浄瑠璃『金閣寺』で、コンテンポラリーダンサーたちと共演されました。歌舞伎とは異なる身体表現との出会いから、どんなことを感じましたか。
壱太郎:表現することの楽しさと、身体だけで表現することが国境を越えられる強さというものを感じることができました。
マルコスさんが求める身体表現には、少しカクカクした動きがあって、それが“人形振り(登場人物が人形浄瑠璃の人形のような動きをまねて踊ること)”と非常に相性がよかったんです。振りを取る(振りを覚えて身につけること)のはすごく大変でしたけれど、とても丁寧に教えていただきました。そのなかで自分がどう表現するか、ということを意識していました。
でも、『金閣寺』だけが突然、僕にとって新しい挑戦として現れたわけではないんです。これまでやってきたことが引き出しとしてなかったら、できなかったと思います。中でも、僕に人形振りの経験がなければ、そもそもオファーもなかったでしょうし、海外での公演やフラメンコとの出会いも含めて、道をたどっていくと「システィーナ歌舞伎」にもつながっていく。今までの経験がすべてつながっているのだと思います。
——『もののけ姫』を終えたあとにはロンドンへ行かれたそうですね。舞台もかなりご覧になったそうですが印象に残った作品はありますか。
壱太郎: 『もののけ姫』でご縁ができた方から、ロンドンで上演している『となりのトトロ』をぜひ観ないかと声をかけていただいたんです。僕自身、サンを演じるうえで『となりのトトロ』のメイがすごく手助けになったので、実際に観ることができてよかったです。手作り感があって、すごく伝わってくるものがありました。海外で上演されるからこそ、逆に日本というものをきちんと意識して作っている。たとえば「礼をする」ということひとつをとっても、その大切さを日本人として改めて気づかされることがありました。
それで、ほかの舞台もいろいろと観たのですが、最後の日に話題になっていたミュージカル『SIX』を観ようと思ったんです。劇場に行って「今日のチケットはある?」と聞いたらあると言われて、名前だけ伝えて席を押さえてもらいました。開演前に別の場所へご挨拶に行かなければならなかったので、ギリギリに劇場へ戻ってきたら「予約はない」と言われて(笑)。仕方がないから、その場でもう一度チケットを買って、開演直前に客席へ飛び込んだんです。座って舞台を見たら、どうも『SIX』っぽくない。いきなり台詞劇が始まって(笑)。そこで初めて、隣のコメディ作品を上演している劇場に入ってしまったことに気づきました。
——そのまま最後までご覧になったんですよね(笑)。
壱太郎:見ました(笑)。『The Comedy About Spies』という作品だったんですけど、これがすごく面白かった。英語が全部わかるわけではない僕でも、動きや“間”で笑える。間違えたからこそ出会えた作品ですよね。
僕は普段からギリギリに動いているので、それはよくないなと反省しましたけれど(笑)、一方で、そういうときにしか出会えない作品もあるんだなと思いました。やっぱり芝居って“間”なんだなということも改めて感じましたね。

『近江のお兼』近江のお兼=中村壱太郎

『近江のお兼』近江のお兼=中村壱太郎
——『もののけ姫』では中村時蔵さんとも久しぶりに長い時間をともにされました。先輩の姿から感じることもありましたか。
壱太郎:10代の前半は、時蔵のお兄さんとほとんど一緒に過ごしていたんです。その後、ありがたいことに役がつくようになって、お兄さんが勤めた役を僕が追いかけて演らせていただくことも多かった。それが20代後半くらいまでですね。
30代になってからは、お互いに出演する劇場が違って、なかなかご一緒する機会がなくなりました。だから『もののけ姫』では、楽屋でも本当にいろいろな話をしました。
自分がやるだけではなく、後輩に聞かれたり、教えたりすることが多くなるフェーズに差しかかっています。時蔵のお兄さんは、それをもう実践されていて、後輩のみんなにいろいろ教えていらっしゃいます。その姿を見ていると、僕も今回、眞秀くんと『屋敷娘』を踊ることもそうですし、「自分、自分」と言っている場合ではないのだな、と感じましたね。
——新しい表現に挑み、後輩に伝える立場にもなってきた今、改めて女方として古典をどのように捉えていますか。
壱太郎:『もののけ姫』を演って、『金閣寺』を演ってから歌舞伎座に戻ってくると、今回の小桜姫も「やっぱり大事だな」と思うんです。古典の女方の役に触れる機会が少なくなってきたので、今は古典をもっとやりたいという思いがあるからです。この先も12月には南座「吉例顔見世興行」の『絵本太功記』で初菊を、1月は『義経千本桜』の典侍の局という古典の役を勤める機会をいただいているので、一つ一つを大切にしたいですね。
結局、新作をやるときにも古典がベースになりますから。経験していない役があれば、その引き出しが自分のなかにはないわけです。時蔵のお兄さんとも「やっていない役って、まだいっぱいあるよね」という話をしました。これから教える立場になることも多くなっていくでしょうし、新しい芝居を作るときにも、自分の引き出しにあるのとないのとでは全然違う。だからこそ、今のうちに演っておかなければならないことが、まだまだたくさんあると思っています。演っていない古典の役をどんどんさせていただきたいし、一度演ったことのある役も、さらに経験を積み重ねていきたいですね。

『近江のお兼』近江のお兼=中村壱太郎
『鯉つかみ』の小桜姫では、柔らかくお淑やかな姫の風情を。『屋敷娘』では、お屋敷に奉公する娘らしい品のよさを。そして『近江のお兼』では、美しい器量を持ちながら男勝りの力を秘めた晒女を、おおらかな踊りで見せる。ひと月の公演で、壱太郎の女方としての技量をこれほど多角的に楽しめるのは貴重だ。
壱太郎の踊りには美しさとともに、楷書を思わせるような丁寧さがある。一つ一つの所作を端正に積み重ね、その先に女性の姿を立ち上げていく。普段の壱太郎は頭の回転が速く、周囲に目を配りながら物事をてきぱきと進める、いわばクレバーなビジネスマンのような人。それだけに、舞台に立った瞬間、そうした素顔とは一線を画す女性像が現れることが面白い。女方とは、確かな技術の積み重ねによって生み出される表現なのだということを、あらためて実感させられる。
なかでも小桜姫の、どこかアンニュイな可愛らしさは壱太郎ならでは。柔らかなお姫様から、品のある娘、力強くおおらかな女性まで、役ごとに異なる女性を描き分ける姿からは、これまで培ってきた引き出しの多さも伝わってくる。中村壱太郎という女方のさまざまな顔に出会える、貴重な公演となった。
※澤瀉屋の「瀉」は「わかんむり」です
中村壱太郎(Nakamura Kazutaro)
東京都生まれ。父は中村鴈治郎、祖父は四世坂田藤十郎、母は吾妻徳穂。1991年、京都・南座『廓文章』で初お目見得。1995年、大阪・中座『嫗山姥』の一子公時で初代中村壱太郎を名のり初舞台を踏む。上方歌舞伎を受け継ぐ女方として活躍し、2010年には『曽根崎心中』のお初に役柄と同じ19歳で挑んだ。2014年、日本舞踊吾妻流七代目家元・吾妻徳陽を襲名。脚本・演出も手がけるなど活動の幅を広げ、2025年にはForbes JAPAN「CULTURE-PRENEURS 30」を受賞。2026年、映画『国宝』の振付にて第49回日本アカデミー賞クリエイティブ貢献賞を受賞した。
錦秋十月大歌舞伎
上演日程:2026年10月2日(金)〜20日(火)
休演日:9日
第一部 11時開演
一、 『鯉つかみ』
二、『義経千本桜 川連法眼館』
第二部 14時30分開演
一、『近江源氏先陣館 盛綱陣屋』
二、『山帰強桔梗』
第三部18時
一、『義経千本桜 渡海屋 大物浦』
二、上『屋敷娘』
下『近江のお兼』
※中村壱太郎さんは、第一部の『鯉つかみ』、第三部の『屋敷娘』『近江のお兼』に出演。
会場:歌舞伎座
住所: 東京都中央区銀座4-12-15
問い合わせ: チケットホン松竹 TEL 0570-000-489
チケットweb松竹
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
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