BY NANCY HASS, PHOTOGRAPH BY AUDE LE BARBEY, TRANSLATED BY CHIHARU ITAGAKI
アールデコ スタイルが世界を席巻したのは1920年代半ばのこと。だが、カルティエはそれより20年ほど早く、パリでアールデコを取り入れ始めた。そのインスピレーション源の幾分かを担ったのは、セルゲイ・ディアギレフの率いるバレエ・リュスだ。このまったく新しいスタイルのバレエ団がパリの地で初公演を行なったのは、1909年の5月。その観客の中には、カルティエ創業者の孫にあたるルイ・カルティエもいた。彼は、バレエ・リュスの舞台セットと衣装デザインを手がけたレオン・バクストの世界観にひと目で魅了された。
バクストのデザインの特徴は、フューチャリスティックな鋭さと、とことん過剰な色の組み合わせ。ネオンブルーの地に青緑色のうず巻きが散った柄が、チュチュを排したダンサーの衣装にも、色鮮やかなオリエンタル調の背景にも使われていた。カルティエの名高いデザインといえば、ダイヤモンドやプラチナでつくった精緻な白いレースを思わせるヴィクトリアン風ガーランド(花綱)スタイル。このスタイルとはすでに方向性を異にしていたルイは、やがて半貴石を組み合わせた新しいデザインを生み出す。それは、エメラルドとサファイアのまわりで、ラピスラズリと翡翠がジグザグのラインを描くというもの。そのデザイン、石の配置や色使いは、当時はショッキングなものだった。
そしてそれから1世紀以上がたった今でも、その斬新さはそのままだ。ひときわ目を引くこのプラチナ リングを見てもらえば、それがわかるだろう。これは新作ではあるが、バレエのジュテのように華麗かつ大胆な一歩を踏み出したルイのデザインにオマージュを捧げたもの。中央にスクエア形に配されたダイヤモンドの周囲に、ターコイズ、エメラルド、オニキスがジオメトリックに嵌(は)め込まれている。明らかにアールデコスタイルを踏襲していながら、マスキュリンなエッジを加えることで現代的な表情に。ときに繊細に映るカルティエのイメージを小気味よく裏切るこのジュエリーからは、バレエ・リュスの伝説的ダンサーであるニジンスキーのような、パワフルな躍動感が伝わってくる。
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