政治情勢が不安定な世界に生きていると、人はありふれたカーディガンが着たくなるものらしい。“普通の服”が一大トレンドになった、2017-’18年秋冬メンズ・コレクションを読み解く

BY ALEXANDER FURY, TRANSLATED BY CHIHARU ITAGAKI

画像: 2017-’18年秋冬メンズ・コレクション「バレンシアガ」 COURTESY OF BALENCIAGA

2017-’18年秋冬メンズ・コレクション「バレンシアガ」
COURTESY OF BALENCIAGA

 この転換を端的に示しているのが、デムナ・ヴァザリアによるバレンシアガの最近の変化だ。2017年春夏コレクションでは、司祭や法王、そしてマフィアをテーマとし、シルエットはうっ血しそうなほどの細さか、ボディラインから大胆にはみ出す太さの両極端。鮮やかな色のジャケットは、バチカン宮殿の壁にかかる布と同じ柄のダマスク織りでできていて、肩のラインはアメリカン・フットボールのラインバッカーのように幅広いいかり肩だった。この見ごたえのあった春夏から一転、2017-’18年秋冬コレクションでは、突然の方向転換が訪れた。スウェットシャツ、デニムパンツ、フードのついたトップス、ルーズで部屋着のようなセットアップ。いずれもボディラインにゆるやかに沿う素材でできている。デムナの弁によれば、インスピレーション源はオフィスのドレスコード、つまり男性のリアルで日常的な着こなしなのだとか。さらに、いくつかのルックには新しいバレンシアガのロゴがついていた。これは明らかにバーニー・サンダース上院議員が大統領予備選のキャンペーンで使用した波形のモチーフを模したものだった。

 これは、一見ただの話題づくりのようだが、まぎれもない真実の一面を表してもいる。つまり今やわれわれは、日々の生活のあらゆる面に、何げない会話の中にも、政治が顔を出してくる時代に生きているのだ。普段はアメリカの選挙事情に左右されることのないヨーロッパの人々のスタイリングにおいても、この影響は明白だ。服そのものも、この文脈でなら容易に理解できるものとなる。普通であるということの意味そのものが大きく変化したことに、デザイナーたちは翻弄され、混乱と恐怖の時代に際して、ごくまっとうなものを希求するようになる。つまり不確かな時代には、見慣れた、長く愛されてきたものこそが求められるのだ。たとえば自分の周りの世界が崩壊しようというとき、人はただカーディガンを着たいと思うのかもしれない。

画像: 2017-’18年秋冬メンズ・コレクション「ランバン」 COURTESY OF LANVIN

2017-’18年秋冬メンズ・コレクション「ランバン」
COURTESY OF LANVIN

 こういった現象は過去にも例がある。70年代の急進的な政策が、米国ではレーガン大統領による経済政策に、英国ではサッチャー政権による保守的な政策に取って代わった80年代。このときファッション界に登場したのは、クリスチャン・ラクロワによるクリノリンスカートやコルセットといった、古風なレビューに出てきそうな華美な服であり、ロンドンでリー・バウリーが始め、のちにNYのクラブキッズの間にも広がった、アナーキーなナイトクラブシーンの盛り上がりだった。ファッションはひとつの抵抗の形であり、過剰に扇動したり挑発したりする役を果たすことで、保守的な政治のもたらす閉塞感への反発となっていた。その後、ブラックマンデーが市場に大打撃を与え、湾岸戦争が勃発。不穏なムードが世に蔓延したとき、デザイナーたちが打ち出したのはシンプルの極みともいうべきミニマリズムだった。

世界でどんなことが起ころうとも、人々が最後まで自由に選びたいと思うもの、それが服なのだ。もちろん、より繊細なレベルの話をすれば、ごく普通に見える服こそが実際には優れた服なのだといえる。プラダの手編みニットは着心地がよく、素朴に仕上げられていて、着る者のきわめて個人的な経験にフォーカスしたつくりになっている。ひたすらに快適さを追求した服なのだ。ルカ・オッセンドライバーによるランバンの新作ストールには、「NOTHING(何もない)」の文字が編み込まれていた。それは虚無的なスローガンというよりも、気楽で自由を与えてくれる言葉のように思える。「ここに見るべきものは何もない、心配することも何もない」とでも言っているかのようだった。

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