ブランド創設50周年。その卓越した審美眼で生み出されたファッションで、ラルフ・ローレンはヨーロッパ中心のファッションの流れに一石を投じ、ニューヨークをファッション都市として導いてきた

BY TERUYO MORI, PHOTOGRAPHS BY WESTON WELLS

 ローレン氏はニューヨーク市のブロンクスで生まれ育った。両親ともにロシア移民で父親は塗装業を生業とする壁画家でもあった。末っ子の彼には二人の兄と姉が一人いる。少年時代は豊かではなく着るものも兄のお下がりばかりで自転車すら与えてもらえなかった。野球やバスケットボールなどスポーツに明け暮れ、コミックブックのヒーローやスター選手に憧れるどこにでもいる少年だった。物に恵まれない環境で育った彼だが、ファッションに対してはその頃から興味をもっていた。上質なジャケットを着た人を見ると“どこで買ったのだろう?” おしゃれな人を見かけると“なんてカッコいいんだ”と、いつまでも眺めていた。「今まで自分が見たことのないものを見る」ことから刺激を受けて、ファッションのセンスや感覚を磨いていった。彼のデザイナーとしてのモチベーションも変わらず「見て感じ取る」こと。

画像: 少年時代のローレン氏。 お兄さんのお下がりの服を自分流に着た。スタジアムジャンパーにトナカイのセーターとジーンズのスタイルはまさにラルフローレンそのもの COURTESY OF RALPH LAUREN ほかの写真をみる

少年時代のローレン氏。
お兄さんのお下がりの服を自分流に着た。スタジアムジャンパーにトナカイのセーターとジーンズのスタイルはまさにラルフローレンそのもの
COURTESY OF RALPH LAUREN
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「世界中で起きているすべてのことを見て、そこで感じ取ったことからすべてが生まれます。通りを歩いていても、旅行先でも、雑誌を見ていても、人と話していても気になるものがあれば、目が窓となって、そこからクリエーションの世界が広がっていきます。インスピレーションを得たものを自分流に解釈して新しいものを作り出していく、それが私のやり方です」

「ラルフローレン」というブランドにはアッパークラスの、優雅でラグジュアリーなライフスタイルブランドというイメージがあるが、彼が考えるラグジュアリーとはどんなものなのだろうか。
「世の中は変わってきています。カジュアル化が進み、個性が尊重される時代です。私にとってのラグジュアリーは、たとえばカシミアのセーターにジーンズを合わせるように、クオリティが高くきわめて美しいものとカジュアルなものなど、いろいろなものをミックスすることで生まれるテイストです。百人いたら百通りのラグジュアリーがあってもいい」

 インタビュー中、彼は「変化」という言葉を何度も口にした。彼がブランドを立ち上げた50年前と時代は大きく変わった。デザインもビジネスの方法もそれに合わせて軌道修正していかなければならないことを、日々自分のこととして感じているからだろう。

「時代は常に動いています。今はひとつのことに固執する時代ではありません。私は会社で働く若者たちと一緒に成長していこうと思っています。彼らが欲しいもの、考えていることに積極的に耳を傾け、話し合うことで新しいアイデアが生まれます。そのアイデアを私のぶれることのない世界観に照らし合わせ、時代の空気感を盛り込み、さらにひねりを利かせて表現するのです。トレンド、つまり世の中で何が流行(はや)るのかを気にしたことはありません。女性たちは自らのルールを作って生きています。それでいいのです。ファッションにおいても昔はロング丈がいい、と言えばみなロング丈のスカートをはいていましたが、もうそんな時代ではありません。モーターサイクル・ジャケットにピンヒールの靴でレストランに行ってもいいじゃないですか。自分自身の個性やファッションのテイストを恐れてはいけません」

画像: 玄関の芳名帳もラルフローレン・スタイル ほかの写真をみる

玄関の芳名帳もラルフローレン・スタイル
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画像: 書斎の机の上にはコレクションしているクラシックカーのミニ版が ほかの写真をみる

書斎の机の上にはコレクションしているクラシックカーのミニ版が
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 私は80年代の半ばから彼のファッションショーを取材してきたが、この発言を聞いて彼の服作りの姿勢と、変わらぬ人気の秘密に近づけたように思った。毎シーズン、ともすると同じようにも見えるジャケットやコート、40年代風の花柄のシフォンのワンピースやウェスタンスタイルのシャツなどが登場し、モデルたちも同じ顔ぶれなのだが、彼のコレクションに古臭さはなく、とても新鮮で「今」を感じさせる。彼はブランドのアイコン、ポロのマークを服につけることの効果を「なんでもない服に軽快感が出るでしょ?」と表現していた。それに象徴されるように、ちょっとしたディテールで服に魅力をプラスする、いわゆるひねりの入れ方を心得ているところに感心する。

 多くのブランドが、宣伝のためにセレブリティの獲得にやっきになっているなか、彼にとって大切なのはセレブリティではなく、世界中のどこにでもいる普通の人たちだという。
「私はオードリー・ヘプバーンやグレース・ケリーと交流があり彼女たちも私の服を着てくれていました。しかし、そんなことは重要ではありません。私は世界中のあらゆるタイプの人たちのためにデザインしています。そして、どうすれば彼らが私の服を楽しんで着てくれるかも知っています。小さな子どもが僕も“ラルフローレン”が着たい! と言ってくれれば最高です。子どもから大人へとブランドは続いていきますから。街で見知らぬ人が私を見つけて『私はラルフローレンが大好きです』こう言ってもらえたら、それは私に対する最大の賛辞だと思います」

画像: 本や絵などの好きなもので埋められた書斎の一角に飾られた、フランク・シナトラと若き日のオードリー・ヘプバーンの写真 ほかの写真をみる

本や絵などの好きなもので埋められた書斎の一角に飾られた、フランク・シナトラと若き日のオードリー・ヘプバーンの写真
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 ゼロから始めたブランドが60億ドルを超える年商の企業に成長したこと。そして順調なときもそうでないときも首尾一貫して自分のビジョンは崩さなかった自身の姿勢に、ローレン氏は誇りをもっている。ハードワーカーの彼の息抜きの場所、ベッドフォードでも「今はシェイプが大切な時代」と明言して、ストレッチやウェイト・トレーニングなどエクササイズは欠かさない。愛車のスポーツカーを運転してベッドフォードの美しい風景を楽しんだり、子どもや孫たちを招いてガーデンでランチをしたり、家族とのひと時も楽しんでいる。

 インタビューを終えて、玄関まで私たちを見送ってくれたローレン氏から「また、10年後に会いましょう」とかけられた言葉が心にしみた。

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