BY HIROKO NARUSE, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO
ブレゲは、「時計の進化を2世紀早めた」といわれる傑出した時計ブランドだ。 創業者のアブラアン-ルイ・ブレゲは、18世紀後半から19世紀にかけて活躍した天才時計師で、現代の時計の基礎を築いたことで知られる。たとえば自動巻き、トゥールビヨン、クロノグラフ等の名高い機構は、彼の発明によるものだ。またアップルハンドとも呼ばれる特徴的な形のブレゲ針や、独特の書体のブレゲ数字、ギヨシェ装飾を取り入れた文字盤などのデザインを生んだ。
1775年、彼はパリのシテ島に工房を開いた。斬新な機構と芸術性を兼ね備えた作品が各国の王侯貴族の間で評判を呼び、当時のフランス王妃マリー・アントワネットもパトロンの一人だった。フランス革命後、ナポレオン1 世とその家族が顧客リストに加わる。なかでも上顧客だったのが、ミュラ家に嫁いだ末妹カロリーヌ。彼女は1805年、23歳で初めてブレゲの顧客となり、生涯で34点を購入した。顧客の注文データは、初代ブレゲの発案でそれぞれ固有番号を付与され、台帳に記録されている。
1810年、ナポリ王妃の座にあったカロリーヌ・ミュラから「№2639」が発注された。それは「ブレスレットに取り付ける楕円形の極薄リピーターウォッチ」。温度計も備えていたというこのピースこそ、初代ブレゲが手がけた世界初の腕時計だったのだ。残念ながら現在、実機の行方は知れない。しかし後世に遺された修理記録から、その気品あふれる外観が浮かび上がる。
この幻の腕時計にインスパイアされて2002年に誕生したのが「クイーン・オブ・ネイプルズ」。背景にある物語と独創的なデザインが人気を呼び、現在ではブレゲのレディスウォッチを象徴する存在だ。最新作は、ルビーのあでやかな赤が主役。文字盤には初代ブレゲの考案による針と数字、ギヨシェ装飾が際立つ。ひと目で人の心をつかむ優雅な佇まいが、ブレゲの時計を愛したナポリ王妃の魅惑的な姿を思わせる。