森美術館で開催中の『ルイーズ・ブルジョワ展』。彫刻、インスタレーション、絵画など、彼女はさまざまな表現方法で自身の感情と対峙する。構築的なシルエットやレイヤリングなど、“包まれる”服とともにその唯一無二の世界と一体となる
BY MICHINO OGURA, PHOTOGRAPHS BY HIROKO MATSUBARA, STYLED BY TOMOKO IIJIMA, HAIR BY TOMIHIRO KONO, MAKEUP BY TOMOHIRO MURAMATSU, MODEL BY ASUKA AT DONNA MODELS
《C.O.Y.O.T.E.》1947-1949 (RETITLED AND PAINTED PINK IN 1979) PAINTED BRONZE AND STAINLESS STEEL 131.8×209.6×28.9cm COLLECTION: THE EASTON FOUNDATION, NEW YORK
1970年代にジェンダー不平等への抗議活動を行なっていたブルジョワ。《C.O.Y.O.T.E.》(1947〜1949年)は合法的な売春を主張するフェミニストへの賛同を表すために1979年に改題し、元は赤と黒だった色をピンクに塗り直した作品だ。着想源は聖書の一節を描いたピーテル・ブリューゲルの《目の見えない者たちの寓話》。もつれて倒れそうになる人びとの脚を表しているという。ピンクに込められたメッセージは今もなお強い力を放つ
ニット¥194,700・スカート¥526,900・グローブ¥136,400・靴¥149,600/マルニ
マルニ ジャパン クライアントサービス
TEL.0120-374-708
INSTALLATION VIEW: LOUISE BOURGEOIS: I HAVE BEEN TO HELL AND BACK. AND LET ME TELL YOU IT WAS WONDERFUL., MORI ART MUSEUM, TOKYO, 2024 © THE EASTON FOUNDATION/LICENSED BY JASPAR, TOKYO, AND VAGA AT ARTISTS RIGHTS SOCIETY (ARS), NEW YORK, 2024
タペストリー修復家だったブルジョワの母。彫刻作品《蜘蛛》(1997年)が表現するのはその母親、そして女性、ブルジョワ自身だ。8本の脚を広げて張りめぐらせた巣を守ろうとする姿に、どこか安らぎをも感じられる。網でできた巣の中には、香水の瓶やテキスタイルなど、ブルジョワが好み慈しんだものが。彫刻をまとうかのようなマックイーンのシアリングコートの包容力が、この作品世界と呼応する
コート¥1,873,080(参考価格)・ブーツ(参考商品)/マックイーン
アレキサンダー・マックイーン クライアントサービス
TEL.0120-992-297
《THE DESTRUCTION OF THE FATHER》1974 ARCHIVAL POLYURETHANE RESIN, WOOD, FABRIC, AND LIGHT 237.8×362.3×248.6cm COLLECTION: GLENSTONE MUSEUM, POTOMAC, MD, USA (EXHIBITION COPY SHOWN; 2017)
ブルジョワ作品における赤と黒は、攻撃的な気持ちや嫉妬心、敵対心を表す。抑圧的な父親への衝動を表現した《父の破壊》(1974年)は彼女自身のトラウマに立ち向かった作品だ。強い拒絶とともに、一方では愛されたいという気持ちも抱いていたといわれるブルジョワ。複雑な人間の感情は奥深い。スパングルのドレスも、深い闇を灯火のように照らすのか、あるいは心をのぞこうとする視線をそらさせるのか。そのミステリアスな輝きに魅せられる
ガウン¥1,408,000(予定価格)・靴(参考商品)/バレンシアガ
バレンシアガ クライアントサービス
TEL.0120-992-136
《CLOUDS AND CAVERNS》1982-1989 METAL AND WOOD 274.3×553.7×182.9cm COLLECTION: THE EASTON FOUNDATION, NEW YORK COURTESY: KUNSTMUSEUM DEN HAAG, THE NETHERLANDS
《雲と洞窟》(1982〜1989年)はブルジョワが好んで使ったブルーが印象的。彼女にとって自由や解放を意味し、安らぎを感じる色だった。フランスからアメリカに移住したときに見たニューヨークの空の色の心地よさが作品にも影響している。晩年の制作の場だった住居にも、この色が塗られていたという。波のような丸いフォルムは女性の体の起伏も表現している。肌になじむレザーのコンビネゾンやトレンチコートのレイヤリングが、やさしく体を包み込む
コート¥804,100・コンビネゾン¥3,355,000(参考価格)・ネックウォーマー¥114,400・中に着たボディスーツ¥382,800/エルメス
エルメスジャポン
TEL.03-3569-3300
《CONSCIOUS AND UNCONSCIOUS》2008 FABRIC, RUBBER, THREAD, STAINLESS STEEL, WOOD, AND GLASS SCULPTURE AND STAND: 175.3×94×47cm VITRINE: 224.8×167.8×94cm COLLECTION: THE EASTON FOUNDATION, NEW YORK
コントロールできない混沌とした無意識と、インテリジェンスで合理的である意識。二面性はブルジョワが常に抱えるトピックだった。《意識と無意識》(2008年)では、オブジェが積み重なり層になっている右側が意識、左側の糸巻きは無意識をつかさどっているという。ガラスケースに収められた二つのモチーフの間で、鑑賞する私たちの心も揺れ動く
ニットカーディガン¥2,035,000・チョーカー¥412,500・リボン(参考色)¥71,500/グッチ
グッチ クライアントサービス
TEL.0120-99-2177
INSTALLATION VIEW: LOUISE BOURGEOIS: I HAVE BEEN TO HELL AND BACK. AND LET ME TELL YOU IT WAS WONDERFUL., MORI ART MUSEUM, TOKYO, 2024 © THE EASTON FOUNDATION/LICENSED BY JASPAR, TOKYO, AND VAGA AT ARTISTS RIGHTS SOCIETY (ARS), NEW YORK, 2024
ブルジョワが記した精神分析についてのテキストの抜粋を投影した、コンセプチュアル・アーティスト、ジェニー・ホルツァーによる作品と、《カップルⅣ》(1997年)が重なり合う空間はどこか異質。抱き合っているように見えるカップルだが、体の一部が欠損していることもあり、不安定さも感じさせる。カップルという二者間におこる幸せや喜び、苦しみや依存などの複雑さを内包する。一筋縄ではいかないレイヤリングをまとって、身体性の神秘に思いをめぐらせてみたい
ジャケット¥58,300・ブラウス¥75,900・スカート¥141,900・靴¥116,600/コム デ ギャルソン
TEL.03-3486-7611
ソックス/スタイリスト私物
「さまざまな人間の感情を類いまれな造形力で表現する」 日本では27年ぶりとなる『ルイーズ・ブルジョワ展』について、担当キュレーターの矢作学に鑑賞ポイントを聞いた。
――ルイーズ・ブルジョワの個展がいま森美術館で開催されるのはなぜでしょうか。
「2003年、六本木ヒルズが開業された際に、8本脚の蜘蛛が卵を抱く屋外の彫刻作品《ママン》(1999/2002年)が設置されました。彼女は私たちにとっても重要なアーティストのひとりです。物量の多さや輸送の困難さなどがあり、ひとつの美術館だけでは開催が難しかったのですが、2023〜24年にシドニーのニュー・サウス・ウェールズ州立美術館で行われた個展の一部に、ニューヨークや日本からの作品を加えて今回再構成しています。作品の8割は日本初公開です」
――彼女はどのような作家なのですか。
「1911年にパリで生まれ、2010年にニューヨークで亡くなった、20世紀を代表する重要な作家です。70年にわたる長いキャリアの中で、さまざまなことからサバイブしてきた人。作品の源にある、彼女の中からぬぐいされない感情に、観る側も対峙させられます。本展覧会は3つの章で構成されており、第1章は若い頃に母親を亡くしたことから、見捨てられることへの恐怖をもとに創作した作品群で始まります。苛さいなまれるような気持ちだけではなく、晩年を支えたアシスタントを描いたといわれる《午前10時にあなたはやってくる》(2007年)のように、人と人が支え合う大切さを表現した作品も含まれ、両義性も感じられます」
――“アートによる救済”というのもテーマになっているそうですね。
「第3章の最後の《トピアリーIV》(1999年)は、片足がなく、傷ついた状態の人が自分を松葉杖や木の幹で支えながら立っている作品です。これを観ると、いろいろな悲しみや負の感情を形にすることで、自分の気持ちを浄化してきた作家だといえます。1951年の父親の他界後は、精神分析を受けることも彼女の助けになりました。その頃の膨大な資料が2004年と2010年に発見されたことで近年、彼女の研究も進んでいます。感情に動かされる人でもありますが、インタビューや文章を読むと、頭脳明晰。イメージ豊かな文章を書くことも知ってほしいので、ブルジョワの言葉を投影した作品にも注目してください」
『ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ』 20世紀以降の美術史に大きな影響を与えたルイーズ・ブルジョワの大規模個展が開催中。幼少期のトラウマ的な記憶が作品づくりの源になっている。創作することで癒やしを得ようとした彼女の70年にわたる長いキャリアを俯瞰する。男性と女性、受動と能動、具象と抽象、意識と無意識といった相反するものをしなやかに行き来する思想に触れたい。
会期:〜2025年1月19日 会場:森美術館(六本木ヒルズ森タワー53F)公式サイトはこちら
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