2013年『郊遊〈ピクニック〉』を最後に、商業映画からの引退を表明していた蔡 明亮(ツァイ・ミンリャン)の5年ぶりとなる新作長編が公開になる。テーマは“人生”。終始、人の顔のアップが続く異例の作品だ

BY MASANOBU MATSUMOTO

『あなたの顔』は、一風変わったドキュメンタリー映画だ。スクリーンに映し出されるのは、台湾に暮らす13人の男女の顔。77分間にわたる作品のうちのほどんどすべてが彼らの顔のクローズアップで構成される。毎日やっているという顔面体操を始める女性や、ハーモニカを演奏し突然泣き出してしまう男性。自分の過去を雄弁に語る人もいれば、まったく言葉を発さず目をキョロキョロと動かしているだけの人、なかには居眠りをしてしまう人もいる。

画像: 『あなたの顔』のワンシーン。カメラは画角を一定に保ったまま、被写体をじっと捉え続ける

『あなたの顔』のワンシーン。カメラは画角を一定に保ったまま、被写体をじっと捉え続ける

 監督は、アジアが誇る蔡 明亮(ツァイ・ミンリャン)。35歳で『青春神話』(1992年)で長編デビューし、2作目の『愛情萬歳』(94年)で、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞(最高賞)を受賞。さらに第3作『河』(97年)、第4作『Hole』(98年)でそれぞれベルリン国際映画祭銀熊賞、カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を獲得し、キャリアの早い段階で“世界三大映画祭”に名を残した鬼才である。以降、主に都市に生きる人間の孤独や不条理な愛情を主題にした作品を発表してきたが、2013年『郊遊〈ピクニック〉』で商業映画界からの引退を表明。理由は、チケットの売り上げを第一にする興行主義的な映画作りに疲れたからだった。

 近年は、美術館など映画館以外にも発表の場を広げ、映像を使ったインスタレーション作品、またVR(拡張現実)映画、絵画作品、舞台作品も展開してきた蔡。『あなたの顔』は、その過程で、蔡に芽生えた「人の顔を撮りたい」という表現欲求をただ素直にかたちにしたものだという。ハリウッド映画のようなドラマティックな展開もなく、ドキュメンタリーと言えど、何か明確な対象を追うのでもない。劇場公開作品だが、どこかアートフィルムのような趣もある。

画像: 蔡のすべての作品に出演してきた俳優・李 康生(リー・カンション)も出演

蔡のすべての作品に出演してきた俳優・李 康生(リー・カンション)も出演

 出演する13人のうち12人は監督が台北の街中で見つけてきた素人、もうひとりは、これまで蔡の全作品に出演してきた俳優・李 康生(リー・カンション)が選ばれた。李も、繁華街のゲームセンターにいるところを蔡にスカウトされて俳優になっており、他の12人と大きく違わない。蔡はこうした市井の人々の顔を、絵画としてではなく映像で肖像画を描くかのように、画角を固定し、パンやズームといったカメラワークも一切行わず、長回しの撮影で淡々と切り取った。そして、スローモーションや早回し、映像素材を細かくカットして繋いでいくような編集や演出を施さず、撮影現場で捉えた“生の時間”をスクリーンで追体験させるかのように本編を仕上げた。

 真っ暗な空間を背景に浮かび上がる顔がどこか生々しいのは、シワや皮膚のツヤ感を強調するライティングの効果に加え、作品に流れる時間の質によるものなのかもしれない。「映画は時間表現である」と蔡はかつて言っているが、その顔がもつ一瞬一瞬はリアルで多幸的な陶酔感があり、被写体の人生の重みを感じさせるのに充分な凄みがある。

画像: 撮影風景。撮影会場は、台北・西門町に日本統治時代に建てられた歴史的建造物「中山堂」

撮影風景。撮影会場は、台北・西門町に日本統治時代に建てられた歴史的建造物「中山堂」

画像: 蔡 明亮(ツァイ・ミンリャン)(右) 1957年、マレーシア生まれ。77年に台湾へ移住し、台北にある中華文化大学で映画・演劇を専攻。92年に『青春神話』で長編映画監督デビュー。前作『郊遊〈ピクニック〉』から5年ぶりとなる『あなたの顔』は、ヴェネチア国際映画祭でワールドプレミア上映され、話題に。2019年の台北電影節で最優秀ドキュメンタリー賞と監督賞、音楽賞を、金馬奨で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。また、今年のベルリン国際映画祭では、新たな長編劇映画『日子』が、コンペティション部門に選出された PHOTOGRAPHS: © 2018 HOMEGREEN FILMS TAIWAN PUBLIC TELEVISION SERVICE FOUNDATION ALL RIGHTS RESERVED

蔡 明亮(ツァイ・ミンリャン)(右)
1957年、マレーシア生まれ。77年に台湾へ移住し、台北にある中華文化大学で映画・演劇を専攻。92年に『青春神話』で長編映画監督デビュー。前作『郊遊〈ピクニック〉』から5年ぶりとなる『あなたの顔』は、ヴェネチア国際映画祭でワールドプレミア上映され、話題に。2019年の台北電影節で最優秀ドキュメンタリー賞と監督賞、音楽賞を、金馬奨で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。また、今年のベルリン国際映画祭では、新たな長編劇映画『日子』が、コンペティション部門に選出された
PHOTOGRAPHS: © 2018 HOMEGREEN FILMS TAIWAN PUBLIC TELEVISION SERVICE FOUNDATION ALL RIGHTS RESERVED

 本作は、坂本龍一が音楽を手がけたことでも話題になっている。第二作『愛情萬歳』以降、ずっと既成楽曲だけを使用してきた蔡作品にとって、オリジナル音楽は久々だ。蔡は編集前の映像を坂本に見せ、坂本は“好きに切り貼りして使っても良いし、あるいは全く使わなくても良い”とメッセージを添えて、12の音源を送ったという。「私は興奮し、ワクワクした。まるで冒険みたいに感じられた」と蔡はプレス向けの資料にコメントを残している。ふたりの幸福なコラボレーションもこの映画の大きな魅力だ。

画像: 『あなたの顔』予告編 © 2018 HOMEGREEN FILMS TAIWAN PUBLIC TELEVISION SERVICE FOUNDATION ALL RIGHTS RESERVED www.youtube.com

『あなたの顔』予告編
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『あなたの顔』
6月27日(土)より、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
公式サイト

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