澄みきった美しい川や湖、山脈の景色、新鮮な空気―― 都会の喧騒を離れ自然と調和し、心の平穏を取り戻すアルプスへの旅

TEXT & PHOTOGRAPHS BY WALTER GRIAO, TRANSLATED BY MICHIKO TOYAMA

「スイスアルプス」と聞いてまず思い浮かぶのは、雪山の景色、雪に濡れたスキー用具、そして暖炉の前での団らん、といった“冬”のイメージだが、じつはアルプスを訪れるベストシーズンが“春”だということをご存じだろうか。

 期待をふくらませて旅先をリサーチするのに、ガイドブックやインターネットの情報を参考にするのはもちろん、今どきの手段としておすすめしたいのが、「Instagram(インスタグラム)」だ。今回の目的地「ミューレン」について調べていて、インスタグラムに投稿された写真を目にしたとき、「ここに行けたら、どんな気分になるだろう」と、どうしても行ってみたい衝動に駆られた。

画像: ラウターブルンネンからミューレンに登るケーブルカーからの風景。太陽が降り注ぐ村の情景はとても美しい

ラウターブルンネンからミューレンに登るケーブルカーからの風景。太陽が降り注ぐ村の情景はとても美しい

 日本からスイスアルプスへ向かう最善の方法は、スイス航空の直行便で東京からチューリッヒへ飛び、そこから旅をスタートすることだ。フライト時間は約12時間かかるが、その間に夜を飛び越えて同日の午後に到着できるので、時間の流れも完璧だ。

 チューリッヒ空港は、今まで降り立ったなかでも一二を争うミニマルな構造で、そこから街へのアクセスも非常にわかりやすい。まずは空港から、軽食を楽しめる食堂車付きの特急列車に乗り、ラウターブルンネン地方の小さな村々に移動する。澄みきった水が美しい川や湖、山脈の景色、新鮮な空気――こうした自然からの贈り物のすべてが、ラウターブルンネン、ミューレン、インターラーケン、そしてチューリッヒを巡り、瞑想にふける5日間のスイスの旅を忘れられないものにしてくれた。

 

LAUTERBRUNNEN & MÜRREN(ラウターブルンネンとミューレン)
 ラウターブルンネンは、無数の滝、人里離れた渓谷、色鮮やかな山間の高原、ひっそりと佇む山小屋が織りなすスイス最大の自然環境保全地域だ。またここは、作家トールキンが創り出した『中つ国(Middle-earth)』の着想の源であり、映画『ロード・オブ・ザ・リング(指輪物語)』三部作の舞台として描かれた場所でもある。

 最初に降り立ったのは「ラウターブルンネン」。このエリアをいろいろと探索するには、電車やケーブルカーの駅を基点に移動するのが、もっとも戦略的な方法だろう。だが、今回はケーブルカーと小さな電車を乗り継ぎ、どんどん山を登り続けた。それが自動車の乗り入れが禁止されているミューレンに行く唯一の方法だったからだ。農業で暮らしを築いてきた長閑なこの村は、三大名峰「アイガー」、「メンヒ」、「ユングフラウ」の山頂からの眺望で観光客を魅了している。また、世界的に有名な「シルトホルン」の頂から麓に何マイルも広がる緑の牧草地を見ていると、放牧された牛たちのキラキラしたカウベルとあいまって、訪れた人びとをまるで“古き良き時代のスイス”にいるようなノスタルジックな気分にしてくれる。

画像: 木造のシャレー。アルプス建築ならではの佇まい

木造のシャレー。アルプス建築ならではの佇まい

 この辺りの宿のほとんどは木造のシャレーで、ホテルの窓やテラスから見える、光と影が織り成す千変万化の山岳風景は、ため息が出るほど美しく心奪われる。一方、レストランは両手で数えるほどしかなく、メニューもどこも同じようなものしかないが、チーズの種類だけは豊富。ラクレットやチーズフォンデュはおさえるべきマストメニューだ。また、ソーセージ料理もよく見られ、それはドイツで味わったものに近かった。そしてなんと言っても、チョコレートは絶対に手に入れておくべきだろう。村から村へ歩いていく道中、チョコレートが多くの活力をくれる。

画像: 親切な村人が、いつでも私たちを歓迎してくれる

親切な村人が、いつでも私たちを歓迎してくれる

 ホテル周辺の散策から戻る途中、興奮した様子で楽しそうに家の間を走り抜けていく人々を見かけた。何事だろうと思いながらホテルの部屋に戻ってみると、目の前にそびえる山の上には、ほぼ満月に近い見事な月が浮かんでいた。まるで催眠術にでもかけられたようなすばらしい光景にすっかり心奪われた。群青の空と白い雲、雪山を月の光が照らす様子にうっとりしながら、冷たい夜風をしのぐために紅茶を淹れ、バルコニーに座り、そこで何時間も過ごしてしまった。それは深い静けさのなかで、心からの安らぎを与えられた時間でもあった。

画像: 千変万化の表情を魅せる、山の風景。写真は22時頃の部屋のバルコニーからの眺め。山の上に輝く壮麗な月と、その光に照らされ限りなく青い空の様子

千変万化の表情を魅せる、山の風景。写真は22時頃の部屋のバルコニーからの眺め。山の上に輝く壮麗な月と、その光に照らされ限りなく青い空の様子

<SPOT>

PIZ GLORIA(ピッツ・グロリア)
 ミューレン市内からケーブルカーで行くことのできるシルトホルン展望台。そこにある回転レストランは、映画007シリーズの『女王陛下の007』(1969年)のロケ地としても知られている。標高2,970メートルのシルトホルンの頂上で食事ができるロケーションでも有名だ。アルプスでもっとも壮大なパノラマ風景――アイガー、メンヒ、ユングフラウの“これぞ、スイスのスカイライン”という山並みを堪能できるスポット。

 

画像: ピッツ・グロリア。映画『女王陛下の007』で描かれたような曇天だと、せっかくの景色を堪能することができない。早い時間帯の到着はおすすめしない

ピッツ・グロリア。映画『女王陛下の007』で描かれたような曇天だと、せっかくの景色を堪能することができない。早い時間帯の到着はおすすめしない

JUNGFRAUJOCH, TOP OF EUROPE(ユングフラウヨッホ トップ・オブ・ヨーロッパ)
 ラウターブルンネンから列車を乗り継ぎ約1時間半、終点のユングフラウヨッホ駅は標高3,454メートルに位置するヨーロッパで最も標高の高い鉄道駅だ。一年中訪れることができる類い稀な山頂エリアは、「スイス・アルプス ユングフラウ −アレッチ」として、アルプス初のユネスコ世界自然遺産にも登録されている。そして、このユングフラウヨッホ駅に隣接してつくられた複合施設が「トップ・オブ・ヨーロッパ」だ。

 クライネ・シャイデック駅から登山鉄道「ユングフラウ鉄道」に乗り、二つ目のアイガーグレッチャー駅を出発すると、アイガーの山中を抜ける約7キロの長いトンネルに入る。1896年から1912年にかけて造られたこのトンネル内には、アイガーヴァント駅(“アイガーの壁”の意)があり、かつてはトンネル内のホームに列車が数分間停車、その間に歩いてすぐの展望台から、アルプスの三大北壁のひとつ「アイガー北壁」を眺めることができたそうだ。さらに走ると列車の車窓からは、氷河世界の雄大な風景を眺めることができる。そして、終点のユングフラウヨッホ駅に到着。その頂きを訪れた者は、そびえ立つアルプスの氷と雪と岩で構成された素晴らしい世界に迎えられる。トップ・オブ・ヨーロッパでは、アレッチ氷河を眺望できる「スフィンクス展望台」や「プラトー展望台」、また氷河の中につくられた氷の宮殿「アイスパレス」を堪能することができる。

<STAY>

HOTEL REGINA(ホテル レジーナ)
 ミューレンの中心部、百年の歴史をもつこのホテルの魅力は、その当時からの趣きを感じさせる佇まいだけではない。南向きの部屋からは息を呑むような景色、北向きの部屋からは絵画のような美しい村の風景を満喫できるのだ。また、美しいダイニングルーム、寄木細工の床、陶器の水差し、山のパノラマ絶景を見渡せる広々としたサンルームなど、北欧のアール・ヌーヴォー様式と比べると少し地味ではあるが、その壮麗なユーゲント・シュティール様式の建築に、きっと心が囚われてしまうだろう。

 ベル・エポック時代の面影を残すホテルと、これを運営する創造力に富んだチームは、伝統を守るとともにエコロジーや革新的なことに目を向け、ホテルで体験できる文化プログラムの刷新にも取り組んでいる。ホテル レジーナの宿泊客は、ミューレンの公共スイミングプールを無料で使用することができるのもその試みのひとつと言えるだろう。
www.reginamuerren.ch

画像: ユーゲント・シュティール様式のダイニングホール。霧に包まれた村や山々の景色を見下ろしながらの、牛乳とフレッシュチーズ、おいしいパンの朝食は秘かな愉しみ

ユーゲント・シュティール様式のダイニングホール。霧に包まれた村や山々の景色を見下ろしながらの、牛乳とフレッシュチーズ、おいしいパンの朝食は秘かな愉しみ

 

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