BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

街道沿いに掲げられた「青-AO-」の目標
《EAT》「青-AO-」
お皿で綴る海と大地のラブレター

冷えた白ワインとともに、山羊のチーズと「青-AO-」のシグネチャーであるマッシュルームのサラダを
「田舎町にある何でもない食堂ですが、それでもよろしければ」──そう言って取材を受けてくださったのはオーナーシェフの片岡晃一さんだ。穏やかな声が語る“田舎町の食堂”という言葉に、謙遜ではなく “誇り”が漂う。実直な食材と暮らし、料理という営みに変える自負とでもいうのだろうか。
まだ朝の気配をまとった、一宮の田園地帯を車でひた走る。一度通り過ぎてしまったほど小さな看板には、店名を印象的に形容する「air,Italy,silence,food」の文字。深呼吸をして玄関へ向かうと、気まぐれに出迎えてくれた烏骨鶏のチエコに緊張が緩む。

店の招き猫ならぬ“招き鶏”

文字を綴るように盛り付けをする片岡さん
街道沿いでありながら、空間は喧騒から遮断され優しい静けさに満ちている。窓辺の席に腰掛け、ゆっくりと店内に目を移す。緩やかな天井の勾配、不揃いの家具、低めに設えた窓、その向こうに切り取られた牧歌的な景色──視線を運びながら自然と心の置き場が“今、この瞬間”へと定まっていくのを感じる。
「青-AO-」の営業はランチが基本。ランチプレートやコース料理はなく、アラカルトを主役に据えている。この土地に根差した健やかな食材だけを選び抜き、“今日という日”に振る舞いたい一品メニューに仕立てている。シェフの片岡さんがお皿の上に料理という手紙を綴る書き手なら、客人への語り部は奥様の友紀さんが担当。

1人前のパスタに大きな地産の蛤が3個分も入る

香ばしいサバの燻製を、完熟の柿や葡萄、レインボーキュウイといった季節の果物でフレッシュに昇華
語り上手な友紀さんに魅了され、この日は4品をオーダー。前菜は、千葉県いすみ市の里山で山羊を放牧してチーズ作りを手がける「Le Chalet HATTORI」のフレッシュチーズに、南房総の完熟イチジクを添えて。「青-AO-」のシグネチャーでもあるマッシュルームのサラダは、歯応えを感じる厚めのスライスが鍵という。独特のソフトな食感の輪郭を際立たせるのは、しっかりと振った塩とレモン。キリリと冷えた白ワインが、前菜に軽妙な伴奏を添える。続いてテーブルを彩るのは、地元・九十九里で水揚げされた蛤を主役にしたパスタ。カラスミの塩梅がマイルドな塩気を誘い、ワイングラスへと伸びる手が止まらない。メインを飾るサバの燻製は、スモーキーな余韻に色とりどりのフルーツが甘美な色気を添えている。
お皿に吸い寄せられていた視線を窓の外へと移すと、陽光の階調の変化に気づく。ゆっくりと、ただ食事をする。そんな当たり前のことが、日常から失われていたのではないだろうか、と自分に問う。その日の夜、料理の艶やかな記憶を手繰り寄せる。海と大地の恵みに、真っ直ぐに愛を告げるラブレターのような一皿──そう日記に綴り、夢で再び味わいたいと目を閉じた。

不揃いのアンティークの家具が不思議と居心地よい
住所:千葉県長生郡一宮町東浪見2606-1
電話:0475-38-7049
公式インスタグラムはこちら
《STAY》「SANU 2nd Home一宮1st」
心を緩める、海辺の別荘

吹き抜けのリビングダイニングを据えた、全室メゾネット式の空間
海辺の街の空気は、なぜか気持ちを開いてくれる。今宵の宿は、海岸まで徒歩5分。別名“九十九里ビーチライン”と呼ばれる県道30号沿いに面した「SANU 2nd Home一宮1st」。海に向かって両手を広げたようにデザインされた、シンメトリーの2棟立ての長屋式キャビンである。設計を手がけたのは、Puddle(パドル)を主催する加藤匡毅さん。その土地に根付いた素材を礎に、人の手を介して美しい変化を遂げるような空間を設計する建築家として知られる。

空を仰ぐように2棟が並び、その間を海風がわたる

本来は会員制だが、トライアルで1度は誰もが宿泊体験できる
この連載でも北杜市の回で紹介した「SANU 2nd Home」は、月額制または共同所有で別荘をシェアできる、これまでにない仕組みを構築したカンパニー。2021年のスタートから話題を呼んでいる。当初は山や湖を中心に展開してきたが、2023年初冬に初の海エリアが誕生。それが、ここ一宮1stだ。山のキャビンが1棟独立型なのに対して、こちらは9室のメゾネットが長屋のように連なるのが特徴。

キッチンを軸とした空間設計は「SANU 2nd Home」のコンセプトのひとつ

周囲の住宅街から視線を遮断しながら、心地よい光が降り注ぐ設計に
壁を共有しながらも、明かり取りの窓やテラスから隣室の気配が交わらないように45°の角度で配置。規則的なデコボコが、風の通り道に添いながら2棟シンメトリーに並ぶ。洗練された佇まいながら、仰々しさはなく街に溶け込み、プライベート感を保ちながらも、どこか開放的。そんな不思議な心持ちが、さまざまな宿を訪れ尽くした大人には新鮮に映り、ほどよくコージーな抜け感も心地よい。などと頭で分析してはみたものの、日常と非日常、その境界線は案外心の中にあるのかもしれない。

地元の植栽を取り入れた、ランドスケープデザインが、美しい影を生んで
住所:千葉県長生郡一宮町一宮10147
公式サイトはこちら

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
▼あわせて読みたいおすすめ記事