TEXT AND PHOTOGRAPHS BY TERUNO TAIRA
雑誌やWEBでSHIGUCHIに関する記事を読んで以来、国内で行きたいデスティネーションNo.1だった宿へ、ようやく暑さが和らいだ初秋、訪れることができた。新千歳空港から、約2時間のドライブ。途中、車窓に広がる支笏湖の大きさに驚きながら、緑に包まれるように佇むSHIGUCHIに到着。ニセコの中心地からも離れた国定公園内だから、喧騒とは無縁。会津若松と栃木から移築した古民家は元の木材や白壁を活かしながら、巧みに鉄材などを組み合わせた地下1階地上2階の古民家3棟をゲストルームにしている。天井は高く、宿の大きな窓はまるで額縁のように国定公園の緑を美しい一枚の絵のように切り取っている。音はほぼなく、初日はその静けさに驚きつつも癒された。
SHIGUCHIの隣地にある予約困難な人気の宿「坐忘林」のプロデュースも手掛けたショウヤ・グリッグ。若き日に映像作家を目指していた彼曰く、SHIGUCHIは坐忘林から始まる3部作の2作目とのこと。「座して、日常の些末なことから解放された後、それによって生まれた余白にSHIGUCHIで新たなエッセンスを注入してほしい」。ギャラリーステイを謳うSHIGUCHIではテレビも時計もない。客室の随所にアート作品が置かれ、書棚には写真集やアートや建築、地元・北海道の文化を伝える本が並ぶ。レストランのある「そもざ」の地下にも、オーナーのショウヤが集めたコレクション作品を、訪れたゲストが見学できるギャラリーがある。ショウヤはこのSHIGUCHIを作るにあたって、「What is luxury?を追求した」と語ってくれたが、喧騒を遮断し、自分に没入できるこの空間にその答えを見た気がした。都会では次から次へと予定をこなすことに追われるが、ここでは何もしないことが究極のラグジュアリーだ。美しいニセコの景色を眺め、本を読み、アートを愛で、温泉に浸かり、ゆっくりと食事を味わう。ただそれだけの時間が本当に贅沢に感じられた。
縄文時代に存在した素材だけで
作ったパンの美味しさに感動
もう一度行きたいと思わせる宿には美味しい食事が欠かせない。SHIGUCHIでは、地元・倶知安生まれ倶知安育ち、ウィンザーホテル洞爺など星付きレストランで修行した佐藤朝男シェフが、この地の野菜や肉を使って腕を振るう。敷地内に地熱を利用して温室の畑も作り、フルーツや野菜を育てるという試みも。「この土地で始めるレストランということもあり、フレンチベースではありますがそこに、アイヌや縄文のエッセンスも取り入れるというショウヤの立てたコンセプトにのっとり、自分なりにいろんな文献や資料を読んで試行錯誤してメニューを作っています。保存性の高い発酵食品などが先人たちの知恵で遠い昔に確立されていたことに驚きます」。ディナーコースは11品。どの皿も滋味深く、提供される器と料理のプレゼンテーションも美しく、舌で、目で堪能させていただいた。中でもゲストの食事の時間から逆算して焼く自家製の縄文パンのおいしさときたら……! ほろほろとほどけるような柔らかな口どけで、きなこやごまの豊かな風味。このパンのためだけに再度、訪れたいと思うほど、初めて食べたやさしい味わい。
初日は秋晴れのニセコだったが、翌朝は大雨に。大きな窓の外から雨音が美しい調べを奏でている。聞けば、屋根から伝わり落ちる雨が地上に設けた樋の水溜まりに弾ける音まで計算しているという。静寂に包まれたSHIGUCHIだからこそできる雨の日の演出。普段は残念に思う曇天もここでは墨絵の世界のようで、こんな日に来られたことをむしろラッキーに思えたほどだ。帰り際、降りしきる雨の中、庭に積もった落ち葉を踏みしめながら「ようやくいい季節になってきましたね」と語ったショウヤの言葉に、これから冬を迎えるニセコを思い、再訪する日が楽しみになった。
SHIGUCHI
住所:北海道虻田郡倶知安町花園78-5
料金:夕朝食付きプラン 1名¥81,000~(2024年11月23日(土・祝)〜12月20日(金)、 2025年1月9日(木) 〜24日(金)、 2月6日(木)〜3月31日(月))
TEL. 0136-55-5235
公式サイトはこちら
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