1902年創業の老舗旅館「山田屋」をルーツに持ち、さらにアートをテーマにしたスイートとパブリックスペースを誕生させた「山中温泉 花紫」。日本文化を現代に再構築し、地元で活躍するアーティストの作品に囲まれた空間で、この場所だけの唯一無二の体験ができる。平均年齢28歳のスタッフを束ねる六代目夫妻が改装を決断した理由、そして旅館を通して世界に伝えたいこととは?

BY HARUMI KONO

画像: 明治35年(1902年)創業の山田屋が前身の花紫。「長くご贔屓にしてくださるお客様は、改装後の花紫に好意的なご意見を下さいます。父が生きていたら衝突することもあったかもしれませんが、母は黙って見守ってくれました」と耕平氏

明治35年(1902年)創業の山田屋が前身の花紫。「長くご贔屓にしてくださるお客様は、改装後の花紫に好意的なご意見を下さいます。父が生きていたら衝突することもあったかもしれませんが、母は黙って見守ってくれました」と耕平氏

 石川県加賀市の名湯、山中温泉で124年の歴史を有する花紫。2022年から3年の歳月をかけてスイート、ロビーラウンジ、ダイニングルームを大幅に改装し、いわゆる温泉旅館のイメージを良い意味で覆した。4階のロビーラウンジは目の前の鶴仙渓にかかる黒谷橋が見えるモダンな空間。ギャラリー、ギフトショップ、ライブラリー、そしてカウンターの茶房があり、ビジターが利用できる点も従来の旅館とは一線を画する。「日本の伝統を現代のライフスタイルに合う形にしたい」という花紫六代目の山田耕平氏と、取締役でありPRを担当する真名美夫人の思いが形になったものだ。

画像: 加賀杉で作られたカウンターの茶房。白衣を着用したスタッフは、お茶について定期的に専門の研修を受けている。この茶房のために山田夫妻が地元の作家に特注した美しい茶器を愛でながら味わう一服は、極上の体験

加賀杉で作られたカウンターの茶房。白衣を着用したスタッフは、お茶について定期的に専門の研修を受けている。この茶房のために山田夫妻が地元の作家に特注した美しい茶器を愛でながら味わう一服は、極上の体験

 耕平氏は地元の高校を卒業後東京で学び、その後にアメリカへ留学。この期間は故郷、山中温泉について考える時間でもあった。「山中にいたときはアメリカに憧れていました。実際にアメリカにいってみると、日本文化や日本の良さ、特に山中は、食、工藝、自然と素晴らしいものの宝庫であることに気付きました」と語る。その頃、耕平氏の父が急逝、母が旅館の仕事に携わるなかで2021年、正式に六代目を継承する。
 当時の花紫の客室は数奇屋造りの純和風旅館。若い人たちがこの旅館に魅力を感じてくれるのか、昔ながらのやり方で日本文化の良さが伝わるのだろうか、という疑問が頭をよぎった。自分がアメリカで感じたように日本文化の、そして山中温泉という地域の素晴らしさを伝えたい。そのためには何をすべきか。その答えが日本文化を現代のライフスタイルに適応させることだった。そこで指標にしたのが、この分野で先陣を切るSIMPLICITY代表の緒方慎一郎氏だった。

画像: ロビーラウンジでの和風アフタヌーンティーはビジターも受け入れている。お茶の後は、ギフトショップで茶葉や器を買い求めて旅の思い出にできる

ロビーラウンジでの和風アフタヌーンティーはビジターも受け入れている。お茶の後は、ギフトショップで茶葉や器を買い求めて旅の思い出にできる

 茶室ではなく茶房を作り、正座ではなく椅子で客をもてなす。茶葉は抹茶に限定せず煎茶、加賀棒茶、和紅茶、ハーブティー、茶酒(お茶のカクテル)を揃える。季節に合わせて茶葉を選別することで二十四節気、七十二候という日本の繊細な季節を感じてもらい、北陸の茶葉で丁寧に入れたお茶を味わっていただく。花紫を訪れるゲストが最初に口にするウエルカムティーにはこうした思いが込められている。茶房の横にはシンプルなデザインの蹲踞(つくばい)が設えられ、現代的な茶道は海外のゲストに好評だ。

画像: 基本和室。5階以上は伝統的な和室になっている。床間には富山県の漆芸家・村田佳彦氏の作品。花紫の名前の由来「山紫水明」に着想を得て「水」、「風」、「山」を表現した3部作で、写真は「山」の作品

基本和室。5階以上は伝統的な和室になっている。床間には富山県の漆芸家・村田佳彦氏の作品。花紫の名前の由来「山紫水明」に着想を得て「水」、「風」、「山」を表現した3部作で、写真は「山」の作品

 花紫は4階のロビーを中心に5階以上が伝統的な畳の客室、3階はダイニングルーム、1・2階がスイートという構成。そのすべての階に石川県を中心に北陸を拠点とするアーティストたちの作品が配されている。畳の客室の床間には村田佳彦氏の漆芸作品やLAKA氏のアート作品、そして改装で誕生したアートスイート「夏の5」には、佐々木類氏作による壁に埋め込まれたガラスの作品がステンドグラスのように自然光で空間を彩る。作品に使われているのは地元の草花。「佐々木さんと一緒に山に行き、摘んできた植物です」と耕平氏は語る。

画像: アートスイート「夏の5」の壁には金沢のガラス作家・佐々木類氏の「植物の記憶/夏のかけら- 鶴仙渓と大土町からのおくりもの」が埋め込まれている。モチーフは、わさび、ドクダミ、山椒など、佐々木氏と耕平氏が山で集めてきた植物

アートスイート「夏の5」の壁には金沢のガラス作家・佐々木類氏の「植物の記憶/夏のかけら- 鶴仙渓と大土町からのおくりもの」が埋め込まれている。モチーフは、わさび、ドクダミ、山椒など、佐々木氏と耕平氏が山で集めてきた植物

画像: 「夏の5」のリビングルーム。中央のテーブルは金沢の漆作家・杉田明彦氏がこの部屋のために制作。窓の手前に置かれたベッドから鶴仙渓の景観を独占できる

「夏の5」のリビングルーム。中央のテーブルは金沢の漆作家・杉田明彦氏がこの部屋のために制作。窓の手前に置かれたベッドから鶴仙渓の景観を独占できる

画像: 1階にあるモダンスイートルーム「春の5」は143㎡という広々とした空間。景観美を楽しんでいただきたいという思いから、あえて照明のトーンを落とし「陰翳礼讃」を体現。冬は掘り炬燵から雪景色を眺めたい

1階にあるモダンスイートルーム「春の5」は143㎡という広々とした空間。景観美を楽しんでいただきたいという思いから、あえて照明のトーンを落とし「陰翳礼讃」を体現。冬は掘り炬燵から雪景色を眺めたい

画像: 「春の5」の浴室は石川県小松市産の滝ヶ原石で作られている。半露天風呂と内風呂に加え、サウナを併設する贅沢な作り

「春の5」の浴室は石川県小松市産の滝ヶ原石で作られている。半露天風呂と内風呂に加え、サウナを併設する贅沢な作り

 旅館の楽しみの食事は、越前和紙や水引で作られたパーティションで区切られた3階のダイニングルーム「にほん」で。花紫に代々伝わる器、現代のアーティストが作る九谷や珠洲で作られた陶器、さらに山中や輪島の漆器に盛り付けられた、地元の食材による月替わりの懐石料理を堪能できる。秋から冬はブランド蟹「加能蟹」を使った特撰「蟹懐石」を、北陸で作られる日本酒とのペアリングで楽しみたい。醤油ではなく、醤油漬けの山菜と共にいただくお造りなど、中村雅和料理長のクリエイティヴな発想に次の一皿への期待が高まる。

画像: 改装前は宴会場だったダイニングルーム「にほん」。自然光を優しく通す越前和紙と水引のパーティション。和紙作家・堀木エリ子氏による月の満ち欠けをテーマにした壁一面の作品は圧巻。石川県を中心に北陸の食材と器との組み合わせを楽しみながら食事を味わう

改装前は宴会場だったダイニングルーム「にほん」。自然光を優しく通す越前和紙と水引のパーティション。和紙作家・堀木エリ子氏による月の満ち欠けをテーマにした壁一面の作品は圧巻。石川県を中心に北陸の食材と器との組み合わせを楽しみながら食事を味わう

画像: 石川特別栽培米こしひかり、お味噌汁、お漬物、地物たっぷりの温野菜、とすべて地元の食材で作られる朝食。北陸の味覚、七輪でいただく、のどぐろ、ほたるいかなどの干物は絶品

石川特別栽培米こしひかり、お味噌汁、お漬物、地物たっぷりの温野菜、とすべて地元の食材で作られる朝食。北陸の味覚、七輪でいただく、のどぐろ、ほたるいかなどの干物は絶品

画像: 石川県の冬の味覚、ブランドずわい蟹「加能蟹」。花紫では厳しい基準をクリアした青タグ付きの加能蟹だけを特撰「蟹懐石」で提供する(期間は毎年11月7日から3月20日まで。要・予約)

石川県の冬の味覚、ブランドずわい蟹「加能蟹」。花紫では厳しい基準をクリアした青タグ付きの加能蟹だけを特撰「蟹懐石」で提供する(期間は毎年11月7日から3月20日まで。要・予約)

画像: 特撰 「蟹懐石」では「加能蟹」を刺身、炭火焼き、出汁に浸して蟹味噌に付けるなど、さまざまな方法で味と食感を楽しむことができる

特撰 「蟹懐石」では「加能蟹」を刺身、炭火焼き、出汁に浸して蟹味噌に付けるなど、さまざまな方法で味と食感を楽しむことができる

「花紫はこの地で育まれる食材、歴史、文化、自然、人々の心に宿る精神、加賀藩が築いた工藝の美しさといった山中のテロワールを感じていただける宿です。そうしたすべてを、ホスピタリティを通して世の中に伝えることが自分たちの使命だと思っています」と語る耕平氏。また、金沢で新たなプロジェクトも始まる。2026年3月、金沢に現代アートギャラリー「YAMADART」がオープン。初回を飾るのはニューヨークを拠点に活躍するアーティスト・更谷源氏だ。北陸にルーツを持つ漆がニューヨークで進化、北陸に里帰りする。旅館とアートギャラリー、2つの施設を通して北陸をあらゆる角度でナビゲートする山田夫妻の目は、名湯「山中」から世界の「YAMANAKA」を見据えている。

画像: 株式会社山田屋 代表取締役社長 花紫六代目 山田耕平氏、取締役 山田真名美氏 サンフランシスコのアカデミー オブ アート大学(Academy of Art University)にてアートと写真を学ぶ。2021年、六代目を継承。館内の作品を手がけるアーティストについて「北陸を拠点に新しい視点を持って制作活動に励むアーティストを花紫に迎えたい」という耕平氏。PRを担当する真名美夫人とともに地域の魅力を発信すべく農家、漁師、酒蔵など、さまざまな分野の人々と連携し、文化交流の場としての旅館「花紫」を運営する。

株式会社山田屋 代表取締役社長 花紫六代目 山田耕平氏、取締役 山田真名美氏
サンフランシスコのアカデミー オブ アート大学(Academy of Art University)にてアートと写真を学ぶ。2021年、六代目を継承。館内の作品を手がけるアーティストについて「北陸を拠点に新しい視点を持って制作活動に励むアーティストを花紫に迎えたい」という耕平氏。PRを担当する真名美夫人とともに地域の魅力を発信すべく農家、漁師、酒蔵など、さまざまな分野の人々と連携し、文化交流の場としての旅館「花紫」を運営する。

PHOTOGRAPHS: COURTESY OF YAMANAKAONSEN HANAMURASAKI

山中温泉 花紫
住所:石川県加賀市山中温泉東町1丁目ホ17-1
TEL. 0761-78-0077
公式サイトはこちら
YAMADARTの公式サイトはこちら

髙野はるみ(こうの・はるみ)
株式会社クリル・プリヴェ代表
外資系航空会社、オークション会社、現代アートギャラリー勤務を経て現職。国内外のVIPに特化したプライベートコンシェルジュ業務を中心にホスピタリティコンサルティング業務も行う。世界のラグジュアリー・トラベル・コンソーシアム「Virtuoso (ヴァーチュオソ)」に加盟。得意分野はラグジュアリーホテル、現代アート、ワイン。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。
公式サイトはこちら

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