1泊2日、プレスツアーを機に香川県へ。豊かな文化的背景が息づく高松にて、独立系書店や和菓子の名店、一棟貸しの邸宅ホテルを、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が訪れた

BY TAKAKO KABASAWA

「三友堂」
渦巻きの烙印が歴史を語る銘菓「木守」

画像: かつて茶席で食し、忘れがたい美味しさだった和菓子「木守」

かつて茶席で食し、忘れがたい美味しさだった和菓子「木守」

 私事ではあるが、茶の湯の稽古をはじめて約20年となる。常の稽古はもちろん、彼方此方の茶会で全国の銘菓と出合う機会が多い。「木守(きまもり)」を初めて食べたのは、2〜3年前のことだったと記憶する。干柿の風味を感じる薄い羊羹と香ばしい麩焼き煎餅が、絶妙な調和を奏でるおいしさに衝撃を受け、菓子舗の名が記された包みをそっと持ち帰ったものだ。そして、この度。香川へのプレスツアーの話が舞い込んだ際、真っ先に訪れたいと浮かんだのが、100年以上に及び「木守」を作り続けている「三友堂」である。創業は明治5(1872)年。高松藩士の武士仲間3人で和菓子製造をはじめたことが屋号の由来だ。現在の店舗は、1972年に移転して、高松の中心地である片原町西部商店街に暖簾を掲げている。

画像: 暖簾に染め抜かれた「木守」の文字からも、その味を受け継いできた矜持がうかがえる

暖簾に染め抜かれた「木守」の文字からも、その味を受け継いできた矜持がうかがえる

 高さのある天井に個性を宿すオブジェのような照明をはじめ、随所に施された趣ある木工のあしらいなど、感性が光る店舗設計は桜製作所が設計を手がけた。その工房の名は、世界的な家具デザイナーのジョージ・ナカシマが唯一その技術を認め、長きに渡り家具製作の道を歩んできたことでも知られる。

 多彩な菓子が並ぶショーケースで、堂々たる存在感を放つ「木守」と再会。改めて由来を紐解くと、インスピレーションソースは千利休が愛玩した茶碗にあるという。楽焼の陶工・長次郎に焼かせた茶碗を高弟たちに譲り分けるなか、ひとつだけ選ばれずに残った赤楽茶碗があった。晩秋の柿の木に、翌年の豊作祈願を込めて一つだけ実を残す「木守」の風習に因んで、利休は残った赤楽茶碗にその名を銘打った。そんな名器の面影を偲び、「三友堂」の二代目大内松次が、柿の実を使った菓子「木守」を考案したのが昭和の初期。奥ゆかしい味わいは五代目を迎えた当代に至るまで、100年以上も愛され続けている。

画像: 50年以上の歳月を重ねながら、今なおモダンさを感じる空間美に魅了される

50年以上の歳月を重ねながら、今なおモダンさを感じる空間美に魅了される

「木守」の美味しさの秘密は、なんといっても自家製の濃厚な干柿ジャムを練り込んだ餡にある。火入れに心を配りながら、干柿の風味をしっかりと残し旨みを凝縮。冷める前に麩焼き煎餅で挟む。餡の熱がとれると、やがて薄い羊羹となり、軽やかな麩焼き煎餅との相性は抜群! 利休が愛でた名器の巴高台を模した、渦巻き柄の烙印をあしらい、最後に片面ずつ讃岐特産の和三盆糖を溶かした蜜を贅沢に塗りあげる。

 丁寧な菓子作りは伝統菓子に限らず、近年人気の「アールグレイ和三盆」や「アールグレイ琥珀糖」にも及ぶ。茶葉を贅沢に用いて濃厚に煮出したアールグレイは、本物の紅茶以上に香り高いと評判だ。そんな新旧の名品を再び舌の記憶に刻み、取材を終えたのち、私が大きな紙袋を抱えて店を出たのは言うまでもない。

画像: 口の中いっぱいに広がるアールグレイ紅茶の香りを楽しむ和三盆と琥珀糖

口の中いっぱいに広がるアールグレイ紅茶の香りを楽しむ和三盆と琥珀糖

「三友堂」
住所:香川県高松市片原町1-22
電話:087-851-2258
公式サイトはこちら

「本屋ルヌガンガ」
大人の好奇心を灯すノルタルジーな“街の書店”

画像: 所々に配した大小の椅子。大人から子どもまで、お気に入りの場所を見つけ、心ゆくまで本と過ごせる

所々に配した大小の椅子。大人から子どもまで、お気に入りの場所を見つけ、心ゆくまで本と過ごせる

 職業柄もあるが、旅先で書店を見つけると、つい足が向く。ことに独自セレクトによる蔵書が自慢となる個人経営の書店ならば、なおのこと。ご紹介の書店は、同連載の担当編集者Yさんからレコメンドされ、是が非でも訪れたいとスケジュールに組み入れた。本好きの大人たちのあいだで「一度は訪れたい」と話題にのぼる場所である。インターネットで必要な本だけを注文することが多い昨今、久しぶりに訪れるリアルな書棚巡りに期待が膨らむ。

 商店街を抜けた裏路地のビルの一階、午前中の清々しい光が入り口に差し込む「本屋ルヌガンガ」の扉を引く。迎えてくれたのは店主の中村勇亮氏。「まずは、ぐるーっと一周して店内を巡ってみてください。普段なら出合わない本がきっと見つかるはずです」と、店の奥へと促してくれる。ところが、なかなか歩みが進まない。行き当たる書棚ごとに、目にとまる本が多すぎるためである。

画像: ガラス越しに見える店内はカフェも併設。外から見るだけでも優しい空気が漂う

ガラス越しに見える店内はカフェも併設。外から見るだけでも優しい空気が漂う

画像: 自らセレクトトした本を整える店主の中村勇亮氏。店内は書棚を探検するようにレイアウトされている

自らセレクトトした本を整える店主の中村勇亮氏。店内は書棚を探検するようにレイアウトされている

 店主の中村氏と妻・涼子さんは、それぞれに書店員としての経験をもち、「街から書店が消えていく」ことを目の当たりにしてきた。「毎日ふらりと立ち寄れるような“馴染みの書店”をつくりたい」という思いを秘め、この地に“街の書店”の明かりを灯すことを決意。2017年に土地の人々の宿木のような本の園が幕開ける。「私たちが目指すのは、専門書店ではなく、ベストセラーや定番本が当たり前に並んでいる店でもありません。幅広いジャンルの窓口となるような本を、一冊一冊選書し、これまで触れることのなかった“未知との遭遇”の機会が届けられたらと思います」(中村氏)。さらに、読書会やトークイベントを通じ、本を介して集まった人が繋がる機会を提供することにも力を注ぐ。何でも、夫妻の馴れ初めも読書会が出会いの場だったとか。店の至る所には、座り心地にも配慮した異なるデザインの椅子が置かれ、奥には階段上のスペースやカフェも併設。コーヒーやビールを飲みながら、ゆっくり、じっくり、本と溶け合う空間が広がる。

画像: この日、中村氏が珈琲タイムを満たす一冊に選んでくれたのは『音盤の来歴 針を落とす日々』(榎本 空/晶文社)

この日、中村氏が珈琲タイムを満たす一冊に選んでくれたのは『音盤の来歴 針を落とす日々』(榎本 空/晶文社)

“ルヌガンガ”という耳慣れない響きを持つ店名は、スリランカの建築家・ジェフリー・バワが50年の年月をかけて作り上げた庭園邸宅の名称が由来。そこには、私的空間でありながら外へと開かれた“庭”のような存在でありたいという願いが込められている。「偉大な建築家が長い年月をかけて理想郷をつくり上げたように、ゆっくりと時間をかけて “これからの街の書店”のあり方をつくり上げていきたい」と中村氏は語る。

 帰りの飛行機でレコメンドされた『音盤の来歴 針を落とす日々』を読みふける。この書店を訪れなければ出合うはずもなかった一冊。作中に出てくるドニー・フリッツの名盤『Oh My Goodness』は、いつしかApple Musicで再生する定番となった。優しいアコースティックギターの音色と掠れた歌声を聴くと、ルヌガンガに流れる穏やかな空気と深煎りの珈琲の味が蘇る。

画像: 高松と所縁の深い猪熊弦一郎の著作や、瀬戸内の名建築の本も充実

高松と所縁の深い猪熊弦一郎の著作や、瀬戸内の名建築の本も充実

「本屋ルヌガンガ」
住所:香川県高松市亀井町11-13 中村第二ビル1階
電話:087-837-4646
公式サイトはこちら

「穴吹邸」
幸せの記憶が刻まれた邸宅ホテル

画像: 庭を望む1階の廊下にはフリッツ・ハンセンのエッグチェアが静かに佇む COURTESY OF ANABUKI-TEI

庭を望む1階の廊下にはフリッツ・ハンセンのエッグチェアが静かに佇む

COURTESY OF ANABUKI-TEI

 同連載をスタートして早3年の月日が経つ。これまで数々のホテルや一客一亭の宿を巡ってきたが、ここ「穴吹邸」は一風変わったプロフィールを持つ。初代邸主は、戦後この地の復興に情熱を注ぎ、大工から建築会社を興した穴吹工務店の創始者・穴吹夏次。重厚な門を抜けると、樹齢100年を超える黒松や巨岩に圧倒され、広々とした日本庭園から屋敷を見上げると、なんと天守閣が据えられている。手塩にかけ贅を尽くした私邸として1970年に誕生し、40年以上に及び家族の幸せな時間を刻んできた。そんな邸宅が、海外富裕層をはじめ多彩なゲストに極上の旅時間を担う一棟貸しのホテルとしてオープンしたのは2020年のこと。立役者は、海外でホテル業の研鑽を積み、ゲストハウス経営の経験を持つ夏次の孫・穴吹英太郎氏である。

画像: 庭に面して大きな窓が連なる構造ゆえ、照明を灯した姿も美しい COURTESY OF ANABUKI-TEI

庭に面して大きな窓が連なる構造ゆえ、照明を灯した姿も美しい

COURTESY OF ANABUKI-TEI

画像: 三代目の邸主となる穴吹英太郎氏。チェックイン時に振る舞われるコーヒーは、挽きたての豆をハンドドリップで淹れた香り高い一杯 COURTESY OF ANABUKI-TEI

三代目の邸主となる穴吹英太郎氏。チェックイン時に振る舞われるコーヒーは、挽きたての豆をハンドドリップで淹れた香り高い一杯

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 新たに生まれ変わった邸宅で真っ先にゲストを迎える玄関ホールでは、大きな火鉢がひときわ目を引く。聞けば、高松にアトリエを構えていたイサム・ノグチ作の豊島石(てしまいし)の火鉢だという。開放感のあるリビングダイニングに通されると、今ほど抜けてきた日本庭園が眺められ、廊下の突き当たりにはフリッツ・ハンセンの名作エッグチェアが存在感を放つ。

「この辺りの芝生の一角にはかつて深い池があり、たくさんの錦鯉が優雅に泳いでいました。全国の品評会で数々の賞を取る錦鯉のブリーダーでもあった祖父と一緒に、鯉に餌をやる朝のひとときが今でも鮮明に蘇ります」と英太郎氏は言う。さらに奥へ進むと、「この和室はかつて祖父母の部屋でした」と告げられ、リノベーション前の間取りを想像する。2階へ向かうと「この部屋は僕の勉強部屋、こちらは……」と、かつての建物の姿がノスタルジックな物語として立ち込める。

画像: イサム・ノグチの作による火鉢 COURTESY OF ANABUKI-TEI

イサム・ノグチの作による火鉢

COURTESY OF ANABUKI-TEI

画像: 1階の和室は、この4月から和洋折衷のマスタースイート「The Heritage Suite_承」として生まれ変わる COURTESY OF ANABUKI-TEI

1階の和室は、この4月から和洋折衷のマスタースイート「The Heritage Suite_承」として生まれ変わる

COURTESY OF ANABUKI-TEI

 初見では建物の豪奢な側面にばかり引き込まれたが、英太郎氏の案内に耳を傾けながら、家族の記憶がこの場所に奥行きをもたらし、一層特別な存在へと昇華させていると気づく。その旨を告げると、「この場で表現したいのは、まさに“穴吹家さらには穴吹英太郎の人生の文脈”そのものに泊まっていただくという、一点ものの空間づくりです」と語る。三代の家族が囲んできた空気感そのものが、この邸宅にしかない価値を生み出し、単なる宿泊施設とは一線を画す所以がわかる気がした。「祖父が『住まい』を通じて人々の暮らしを豊かにしようとしたように、私はこの場所での『体験』を通じて人々の心を豊かにしたい。形は異なりますが、志は祖父と同じつもりです」と英太郎氏は言葉を重ねた。

画像: 2階のライブラリースペース。窓からは青々とした庭園を見下ろす COURTESY OF ANABUKI-TEI

2階のライブラリースペース。窓からは青々とした庭園を見下ろす

COURTESY OF ANABUKI-TEI

画像: 24時間利用できる露天風呂には、フィンランド式サウナも併設 COURTESY OF ANABUKI-TEI

24時間利用できる露天風呂には、フィンランド式サウナも併設

COURTESY OF ANABUKI-TEI

 ありきたりのラグジュアリーを超越するのは、建物だけに限らない。夕食はフレンチや寿司職人による出張料理をダイニングで楽しめるほか、地元民のコネクションなしには立ち入れない隠れ家的な名店へも案内いただける。さらに、瀬戸内のアイランドホッピングのコーディネートから、香川随一の盆栽の老舗・中西珍松園へのプライベートツアーなど……ステレオタイプのツアーにはない、未知のディスティネーションさえもオーダーメイドできる。

画像: キッチンで整えられる出張料理を、英太郎氏がアテンド COURTESY OF ANABUKI-TEI

キッチンで整えられる出張料理を、英太郎氏がアテンド

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 さらに、2026年4月には新たなリノベーションにより、3室のマスタースイートルームが誕生する。全室に専用バスルームを完備した同格のスイートへと改修することで、グループや家族の誰一人として妥協することなく、真のプライバシーと安らぎを享受できる場所を目指した。

 1階『The Heritage Master Suite』は建築当時の面影を色濃く残し、邸宅が刻んできた穏やかな記憶に包まれる。2階の『The Modernist Master Suite』は、ジョージ・ナカシマとイサム・ノグチをテーマとした和室を伴うベッドルーム。さらに『The Artisan Master Suite』は、現代作家のアートが空間を彩り、直島や豊島といった島々へのデイトリップと繋がる高揚感を呼び起こす。
 魅力に尽きず長々と綴ってはきたが、何はともあれ百聞は一見に如かず。アジトのようなプライベート感とオープンマインドな空気が同居する邸宅ホテルで、“瀬戸内ヒュッゲ”を存分に堪能いただきたい。

画像: 樹齢100年を超える畏怖堂々とした黒松。高松の特別名勝「栗林公園」で長年に渡り松を守り続けてきた熟練の職人の手で、美しい樹形を整えている COURTESY OF ANABUKI-TEI

樹齢100年を超える畏怖堂々とした黒松。高松の特別名勝「栗林公園」で長年に渡り松を守り続けてきた熟練の職人の手で、美しい樹形を整えている

COURTESY OF ANABUKI-TEI

「穴吹邸」
住所:香川県高松市城東町1-7-15
電話:050-8880-9970
公式サイトはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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