BY ALIX BROWNE, PHOTOGRAPHS BY ADAM KREMER, TRANSLATED BY MIHO NAGANO
芸術作品を鑑賞するのは時にしんどい作業だ。美術館には腰を下ろして休める場所がほとんどないし、館内は混雑し、来場者を歓迎するような雰囲気も漂っていない。だが、昨年のホイットニー美術館のビエンナーレ展はちょっと違った。来場者たちは当然、美術品にさわってはいけないと心得ている。だが、ジェシー・リーブスの作品を前にして、彼らは奇妙なことに、ある合意に達した。彼らは作品の上に座るという行動に出たのだ。
来場者たちの擁護をするならば、このニューヨーク出身のアーティストが作る彫刻は、ごくありふれた椅子やテーブルやランプの役割を思い起こさせるような形をしているのだ。とはいえ、家具の機能をことさら強調するわけではない。彼女の作品は、私たちに家具の概念そのものを問い直してくる。展示作品のひとつ、『バスケットチェアと茶色の枕』は、19世紀のドイツのキャビネット作家ミヒャエル・トーネットによる伝統的なベントウッドチェアの作品番号14番と、大学の学生寮によくある鉄製のバタフライチェアが、まともに正面衝突したようなものだ。「こんなに大勢の観客が来て、彼らが座って作品が壊れることなど予想もしていなかった」とリーブスは言う。「でも来場者にインタラクティブに楽しんでもらうのに、繊細な機微を込めた説明書きなど出せるわけがない。『そっと腰掛けてください』なんて表示はありえないでしょ。好きなように座ってもらうか、禁止するか、どちらかしかないはず」
31歳のリーブスは、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインで油絵を学び、卒業後、フリーランスで家具や椅子の張り替え職人としての仕事を始め、人々の実生活により近い場所でキャリアをスタートした。「いろんな素材が私の周囲に山積みされている環境は素晴らしかった。それに、家具からいろんなものをはぎ取っていくのが快感で、未完成の状態がどうなっているのか、詳しくなっていくのも好きだったし」と語る。彼女は椅子をテーマにした一連の彫刻作品に着手した。トーネット作の椅子には、薄いピンクのカバーをつけて、まるで椅子が下着を着ているような感じを出した。また安いプラスチックの椅子をフリースジャケットで包み、高級家具店で見かけた高価な北欧製の椅子に見せかけた(もしくはもっと醜悪にしたバージョンの)彫刻を作った。「デザイン界では、アイデアの盗用は日常茶飯事。斬新で象徴的なものを作ろうとする人たちの間でもそう」と彼女は言う。さらにこうつけ加えた。「それって、すごくおかしいと思うし、仲間内の気安さが出てしまっている感じ」
リーブスは、まったく新しいものを生み出す栄光を手に入れようと頑張るタイプではなく、使いやすさと美しさ、双方のアイデアで遊びながら、繊細な機微のある面白さを追求するタイプなのだ。彼女の作品は、エロティックなまでに形がゆがんでいて、角が、単なる粗削りという以上に生々しい。美意識の観点から見ると、チャールズとレイのイームズ夫妻が作ったどの作品よりも、ジェニー・サヴィルの絵画と、より共通するものがある。彼女は2018年10月13日からピッツバーグで開催されるカーネギー・インターナショナル(註:現代美術の作品を世界中から集めた展覧会)の出品者として今年の初めに選ばれた。『リクライナーズ』と題した、なめらかな曲線で構成されたマルチメディア作品を出展する予定だ。さらに合板と籐と、おまけに財布を合体させてバロック風混沌を表現した作品――ほかにいい表現がないので「棚」とでも呼ぶべきか――も出品する。この展覧会で、彼女の作品は文字どおり、アート界とデザイン界のはざまの前人未踏の領域を占拠することになる。展示会場は、カーネギー博物館の建築ホールと、もともとフランク・ロイド・ライトの最後のオフィスを収容するために建設されたメイン・ギャラリーとの間にある空間だ。
リーブスの作品は全体として見るととことん革新的だが、彼女は各作品に宿る機能性や、その本来の目的に心を躍らせ続けている。ある日、私は彼女のスタジオを訪ねた。チェルシーにある、かつて馬車を収容していたキャリッジ・ハウスの地下室だ。彼女は、友人のマイク・エクハウスとゾーイ・ラッタのために制作している大きな扇風機を見せてくれた。ふたりはファッションデザイナーで、10月初旬までホイットニー美術館に彼らのインスタレーションが展示されていた。「扇風機が大好き。椅子と違って、その機能を働かせるために、自分で使用する必要がないから。指示を与えればちゃんとそのとおりに動くから」と彼女は言う。それでも、彼女はワイヤを使って装飾的な籠を作り、廃材の枝で作った台座の上にのせた。それは実際、最高にクールで、特別な椅子として、それ単体で独自の世界を形成していた。
SET DESIGNER: CHLOE DALEY. PHOTOGRAPHER’S ASSISTANT: SHAWN McCARNEY