BY CHIE SUMIYOSHI
JR
JR クロニクル京都 2024

© Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2025
フランス出身のアーティスト・JRはこれまで常にストリートの視点から社会を見つめ、人間に対するステレオタイプの見方を大胆に解体してきた。世界各国で地域の人々のポートレイトを撮影する市民参加型の壁画プロジェクト「クロニクル」を手がけてきた彼は、昨年の秋に移動式スタジオで京都のあちこちに出没。500名を超える多様な人物が登場するアジア初のモニュメンタルな大型作品を制作し、それを”JR”京都駅の壁面に設置した。
さらに京都新聞ビル地下の印刷工場跡では、本シリーズの過去作品や今回の制作プロセスとともに、参加者から選ばれた10名の人たちの巨大な肖像が立ち現れ、自らの人生を語る圧巻のインスタレーションを展開する。フィジカルとナラティブ両面から「HUMANITY」を祝福する、今年のKGを象徴する作品となった。
@京都駅ビル北側通路壁面・京都新聞ビル地下1F(印刷工場跡)&1F
グラシエラ・イトゥルビデ
グラシエラ・イトゥルビデ

©Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2025
故郷メキシコの自然や地域社会、先住民族などを撮影したモノクロ写真で知られる1942年生まれの写真家、グラシエラ・イトゥルビデ。本展では、建築家である息子たちによる端正なセノグラフィーが、彼女の質実な眼差しが切りとったイメージを支えている。左官職人たちが漆喰を施した薔薇色のテラコッタ調の壁と特注の大判和紙による壁は、白と黒で映し出された被写体の陰影とシルエットをこの上なく濃密に際立たせた。
「私は写真一枚一枚に、人として生きることの意味を少しでも込めたい」と語る作家の視点は、時にシュルレアリスム的でもある乾いた冷徹さと同時に、生きとし生けるものとあらゆる事物に宿る物語を読み取ろうとする潤いを含んだパッションに満ちている。
@京都市美術館 別館
Presented by DIOR
エリック・ポワトヴァン
両忘—The Space Between

©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
フランスの現代写真界を代表する1961年生まれのエリック・ポワトヴァン。その個展が建仁寺の塔頭である両足院で行われている。彼はこれまで古典絵画の主要なジャンル(ヌード、肖像、静物、風景など)をもとに、自然や人間の身体を再考してきた。
ポワトヴァンは撮影対象と長い時間をかけて向き合い、時には何ヶ月もかけて対話しながら撮影を進めることで知られている。本展では、世紀を超えて存在してきた両足院の建築や庭園の美学に敬意を払い、その空間に自らの詩的な作品世界をそっと滑り込ませている。凍てつく森、動植物や卵の殻、頭蓋骨といった象徴的なモチーフが白い襖や掛け軸に控えめに息づき、この世に生きるものの時間、その儚さと虚しさを西洋のヴァニタス画のように示唆するのである。
@両足院
Presented by Van Cleef and Arpels
プシュパマラ・N
Dressing Up: Pushpamala N
Mother India, Avega ~ The Passion and The Arrival of Vasco da Gama

©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
インドを代表するアーティストの1人、プシュパマラ・Nは自身の身体と写真媒体を通して、疎外されてきた人々の声を代弁する。彫刻家として活動を始め、90年代半ばからバンガロールを拠点に、さまざまな役柄に扮して物語を作り上げるフォト・パフォーマンスやステージド・フォトの創作に取り組む。
インドへの新航路を発見した最初のヨーロッパ人と称されるポルトガルの探検家ヴァスコ・ダ・ガマに扮した作品では、植民地時代から続く西洋と東洋の歴史観のズレを指摘する。国民的叙事詩「ラーマーヤナ」を題材にした作品では、物語の陰で軽視されてきた女性のキャラクターをフェミニズムの視点から描き出した。〈Mother India〉では母なるインドの歴史的表象を探求し、国民国家の概念、女性の市民権のあり方を考察している。重層的だが親しみやすいスペクタクルな視覚言語を通して、時代を超えた問題を炙り出す表現は観るものを力強く鼓舞する。
@京都文化博物館 別館
Presented by CHANEL Nexus Hall
石川真生
アカバナ

©Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2025
1953年沖縄県大宜味村生まれの写真家・石川真生は、沖縄を拠点に、沖縄の人々に寄り添い、彼らを取り巻く状況を活写する作品を制作し続ける。2023年の東京オペラシティアートギャラリーでの個展が高く評価され、令和5年度芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。さらに占領下の沖縄生まれの石川をアメリカと関わりの深い作家として再評価する動きが国際的に進んでいる。
本展では、米軍内で未だ人種差別意識の強かった1970年代後半、黒人兵が溜まり場にしていたバーで働く石川が、沖縄の女性とアメリカの黒人男性とのほのぼのとした交わりを捉えた最初期のシリーズ「アカバナ」を展示。複雑な境遇を共有しながらも生き生きと愛し合う様子は眩しく、逞しい。また奥の間には、2014年に開始された「大琉球写真絵巻」シリーズの最新作も展示されている。
@誉田屋源兵衛 竹院の間
Presented by SIGMA
レティシア・キイ
LOVE & JUSTICE

©Takeshi Asano-KYOTOGRAPHIE 2025
コートジボワール出身のアーティストでアクティビスト、起業家でもあるレティシア・キイは、自身の黒髪を使って表現した彫刻がユニークなセルフポートレイトを展示している。かつては彼女も縮毛矯正を考えたという特有の髪質を逆手に、植民地化以前の西アフリカの女性たちの伝統的な髪型や日常生活のスケッチ、あるいは現代社会において女性が直面する暴力や差別をテーマとする作品群を展開した。キッパリとしたビジュアルとステイトメントの表明は小気味よく痛快。自分自身を愛し誇りにすることを全力でエンパワーしてくれる魅力的な作家だ。
また、KYOTOGRAPHIEのアフリカンレジデンシープログラムで京都に2週間滞在した彼女は、出町桝形商店街アーケードの横断幕とDELTA/KYOTOGRAPHIE Permanent Space店内の展示で新作(A KYOTO HAIR-ITAGE)を発表。京都のさまざまな場所でロケを行い、日本の風景や文化に彼女の髪の彫刻がユーモラスに介入する光景を捉えた。創作のアイデアが限りなく湧いて次々と撮影したため、頭皮がヒリヒリしてきたほどだそうだ。
@ASPHODEL
Supported by Cheerio
リー・シュルマン& オマー・ヴィクター・ディオプ
The Anonymous Project presents Being There

©Kenryou Gu-KYOTOGRAPHIE 2025
ヴィンテージフォトをアーカイブするThe Anonymous Projectを創設した映像作家リー・シュルマンと、歴史上の人物や架空の人物に扮したセルフポートレイトを制作するセネガル出身のオマー・ヴィクター・ディオプがコラボレーションしたプロジェクト「Being There」。黒人差別と人種隔離がまかり通る1940-60年代、アメリカで撮影された白人家庭の幸せなスナップ写真に、決してそこに存在し得なかった黒人(オマー)の姿を忍び込ませたイメージが、小洒落たミッドセンチュリー風の室内に展示されている。何千枚ものファウンドフォトを収集してきたリーは、こうした写真の空いた席や空間は「君のためにあるんじゃないか?」とオマーをプロジェクトに引き入れた。これまで多彩な人物になりすましてきたオマーは、「家庭を作るつもりで、そこで与えられたかもしれない役割を演じた」と語る。人種や民族の違いにより、意識の領域に入らない「人格なきもの」とされる人々がいまもいることを想起させる、痛烈な批判に満ちた展示である。
@嶋臺(しまだい)ギャラリー東館
Presented by agnes b.
KYOTOGRAPHIEは初回から一貫して、政治性・社会性を持つ作品展示とステイトメントを言行一致で表明してきた国際写真祭だ。それは自由主義を標榜する世界諸国の国際展ではこれまで当たり前の基本スタンスだった。だがいま表現の多様性・包括性を危うくするリーダーや政権が生まれ、予断を許さない時代になった。人間性や人権を奪われることで、人々が心と体の生命を絶たれる状況は現在進行形で起こり続けている。。「Humanity」という大きなテーマを表明した今年のKYOTOGRAPHIE。京都の街中の美しい空間で写真芸術の魅力を感じつつ、自分自身の意思と立場をあらためて認識する機会ともなるはずだ。
京都国際写真祭 KYOTOGRAPHIE 2025
会期:2025年4月12日(土)~5月11日(日)
会場:京都市内各所
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