作家のイアン・マキューアンとアナレーナ・マカフィー夫妻がイングランド中央部の丘陵地帯につくりあげた庭園は、自然の喜びに満ちあふれている

BY MARY KAYE SCHILLING, PHOTOGRAPHS BY RICARDO LABOUGLE, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 作家のイアン・マキューアンとアナレーナ・マファフィー夫妻が偶然見つけたコッツウォルズのマナーハウス。二人はここで、作品を書き上げるかたわら、じっくりと庭園に向き合う。時間と手間を惜しまず、昔ながらの羊の牧草地が広がる自然あふれる世界を作り上げようとしているのだ。

 コッツウォルズに越してきた夫妻は9エーカー(約3万6000㎡)もある敷地に手を加えはじめた。家そのものは申し分ない状態だった。風格のある立派な建物だが、いわゆる“文化財として指定”されているわけではない。マキューアンに言わせれば「ある意味でハイブリッドな家」だ。建物の骨格は1923年にスコットランドの著名な建築家アンドルー・ノーブル・プレンティスによってつくられた。プレンティスは、アーツ&クラフツ運動の理念とイタリア風の装飾を、コッツウォルズから広めようとしたのだ。

1997年には前の所有者である建築家のロバート・ハードウィックが、カテドラル風のアーチ形の窓やドアなど、ストロベリー・ヒル・ゴシックと称されるゴシック様式の要素をつけ加えた。ハードウィックと妻のサリーアンはアーツ&クラフツ運動を体現した景観の庭をつくりあげた。背の高いイチイの生け垣でスペースを仕切り、背の低いツゲの垣根をつくり、装飾的な刈り込みを施した。スイレンを浮かべた池、ピンクのバラのツルを絡ませたパーゴラ、5月になるとあっという間に鮮やかな黄色い花が咲き誇るキングサリのアーチなどで随所にさりげない演出を加えた。マキューアンは言う。「私たちもあの幾何学的な庭園を気に入っていました。でも、その素晴らしい庭園を背景に、もっとカラフルで混沌とした雰囲気を出したいと思ったのです」

画像: 切妻屋根の家の下にある芝生。 セイヨウイチイの間につくられた花壇には ゼラニウム、ハナダイコン、オリエンタルポピーが花盛り

切妻屋根の家の下にある芝生。
セイヨウイチイの間につくられた花壇には
ゼラニウム、ハナダイコン、オリエンタルポピーが花盛り

当初の庭園には確かに整然とした落ち着きがあった。ハードウィックは、家の下にふたつの段状の庭をつくっていた。そして壁に囲まれた下段の庭は事実上、土地をふたつに分断していた。マキューアンが最初に感じたのは「敷地内の動線を遮るべきではない」ということだった。そこで、芝生の真ん中から森や牧草地に入れるようにした。そして、ハードウィックにライムストーンを使った荘厳な雰囲気の階段の設計を依頼した。湖づくりが一段落したところで、牧草地へ続く階段づくりを始めた夫妻だったが「またしても困難が待ち受けていた」という。

 マキューアンは屋敷の裏手にある長いパティオを遮っていた、ピラミッド型の4本のイチイの大木を抜いた。この改造について、「広々しすぎて、ひざ掛けをかけた老人がベンチに座って外を眺めている、老人ホームのテラスみたいに殺風景に見えるのではないかと心配した」と言うマカフィーに、「僕たちも老人だよ」とマキューアンは茶々を入れた。マカフィーの心配に反して、家の裏手を遮るものがなくなり、外の日射しが室内に差し込むようになった。外壁には藤やツルバラを這わせ、タチアオイ、シャクヤク、デルフィニウム、アガパンサス、アカンサス、アリウムなどの、ありとあらゆる多年草や球根を植えた。庭でパーティを開く晩には、芳しい香りが漂うように、沈丁花やメキシコオレンジなど、よい香りを放つ低木も植えた。

 パティオの敷石の隙間から、野草やハーブがここぞとばかりに飛び出している。このアイデアは夫妻の友人で詩人の、ジェームズ・フェントンから拝借した。オックスフォードの元教授であるフェントンは夫妻にまっさきにインスピレーションを与えてくれる人物でもあった。多種多様な多年草を植えた花壇は、デヴォン州のダーティントンホール、サセックス州のチャールストン・ファームハウス、世界有数の庭園デザイナーのひとりでコッツウォルズの隣人、友人でもあるメアリー・キーンの家にもあった。以前は、芝生と、円柱状にきちんと刈り込まれたセイヨウイチイしかなかった1段目の庭に、ふたつの長い花壇をつくったのもキーンのアイデアだった。

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