アヴァンギャルドのアーティストから建築家に転身した荒川修作とマドリン・ギンズ夫妻にとって、“永遠の命”はただの夢ではなかった。不自由な生活に身をおきさえすれば、人間は永遠に生きられると信じていた

BY MARIE DOEZEMA, PHOTOGRAPHS BY MATT HARRINGTON, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 いつの時代も“永遠の命”の探求は建築に込められたテーマだった。死んだファラオ(王)の魂が天に昇っていけるようにつくられたという巨大な階段状のピラミッドに始まり、野心的なネーミングの展示会場「ニューヨーク・コロシアム」(1956年竣工、2000年解体、歴史的建造物を遺した古代ローマ皇帝の仲間入りを果たそうと目論んだ都市開発の帝王ロバート・モーゼスが建設)に至るまで、数多くの建造物が永遠の命を求めてつくられてきた。

 60年代ニューヨークのコンセプチュアルアーティストでアマチュア建築家、ダダとフルクサス運動の架け橋的存在とみなされていたマドリン・ギンズと夫の荒川修作(名字の「アラカワ」で通っていた)に至っては、「死を逃れる」というテーマを――風変わりではあるかもしれないが――文字どおりに解釈し、それを建築で表現した。そして、ふたりがつくった家に住めば、本当に永遠の命を手に入れることができると確信していた。

画像: 荒川修作&マドリン・ギンズの設計によるニューヨーク州イースト・ハンプトンにある≪バイオスクリーブ・ハウス:寿命を延ばす家≫(2008年)。土を固めた凸凹の床や強烈な色彩の壁は住みにくくするための工夫。おかげで命を延ばすことができる

荒川修作&マドリン・ギンズの設計によるニューヨーク州イースト・ハンプトンにある≪バイオスクリーブ・ハウス:寿命を延ばす家≫(2008年)。土を固めた凸凹の床や強烈な色彩の壁は住みにくくするための工夫。おかげで命を延ばすことができる

 荒川とギンズの“天命反転”という思想はイタリアの作家イタロ・カルヴィーノ(ふたりの作品展に一文を寄せている)やアメリカの詩人ロバート・クリーリーなど、世界中の著名人から支持を集めた。ふたりは「快適すぎる生活は人間の健康状態に悲惨な結果をもたらす」と持論を展開した。1961年にニューヨークに渡った荒川は入学したアートスクールでロングアイランド出身の詩人でアーティストのマドリン・ギンズと出会う。「人間は常に不安定な状態で生活すべきだ」とふたりは考え、「精神的・身体的な刺激を増やすような建物を設計すれば、人間の寿命を永遠に延ばすことができる」と仮説をたてた。彼らが設計した住居は床と壁が垂直に交わることなく、対称性が欠如し、凸凹の床も天井も傾いている。こうした住居は免疫システムを刺激し、マインドをシャープにしてくれる。その結果、人間を不死へと導くというのだ。

 荒川とギンズはニューヨークのダウンタウンを拠点に長きにわたり創作活動を続けた。その間にマルセル・デュシャンとの交流を深めた。また荒川は、フルクサスの代表的アーティスト、オノ・ヨーコのトライベッカ地区にあるロフトに住んでいたこともあった。その後1990年代から2000年代にかけてふたりは少数のプロジェクトを発表した。発展性を秘めた作品を発表し続ける中で、“天命反転”という概念を徹底的に追求していこうとした。こうして1963年から始まったプロジェクト≪意味のメカニズム≫は、いわば進化し続ける「宣言書+アート作品」である。80枚のキャンバスで構成され、何十年にわたって加筆修正が繰り返され、洗練度を増していった。その多くがアクリル絵の具や異なる素材を組み合わせて文字や記号をキャンバスに描き込んだハイコンセプトなダイアグラム(図式絵画)やパズルで、指示や文章(「忘れるための覚え方」「声に出さずに“1”と言い、次に声に出して“2”と言いましょう」など)が記されている。

画像: ≪Drawing for a Ubiquitous Site X≫(1990年)

≪Drawing for a Ubiquitous Site X≫(1990年)

グッゲンハイム美術館の個展(1997年)で発表された≪意味のメカニズム≫の概要の中で、荒川とギンズは「取り返しのつかない死はもうたくさんだ」「死は時代遅れだ」と宣言した。ニューヨーク近代美術館やパリのポンピドゥセンターに所蔵される作品でも、「死なないため」の壮大な探求を試みたが、批評家の間ではふたりの本気度に関して意見が分かれた。仮に「死なない」という言葉を単なるメタファーとして使っていたとしても、ふたりとも決してそれを認めたりしなかっただろう。実際、荒川は2010年に73歳で、その4年後にギンズも72歳で故人となったが、「死に抗うこと」はふたりが生涯を賭して取り組んだライフワークとなった。

 荒川とギンズの思想を実際に体験できる数少ない場所のひとつが、ふたりの初の住宅作品である≪三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー≫(2005年竣工)である。東京から西に20分ほどの郊外に位置する、色とりどりの立方体や球体、円筒形の部屋からなる全9戸の集合住宅。完成直後に訪れた作家の瀬戸内寂聴はデザイン雑誌のエッセイで「極彩色の死なない家」と表現した。何の変哲もないコンクリートの集合住宅が立ち並ぶ殺風景な景観の中で、この建物はひときわ挑発的な存在感を放っている。ヘレン・ケラーに献辞が捧げられているのは、彼女が究極の“天命反転”の実践を成し遂げた人物だから。目も見えず、耳も聞こえなかったヘレン・ケラーは自分を取り巻く世界を絶えず再認識しなければならなかったのだ。

画像: 東京郊外の≪三鷹天命反転住宅≫(2005年)のスタディルームのひとつ。床はお椀状。天井から吊り下げたブランコはテーブルとして使用

東京郊外の≪三鷹天命反転住宅≫(2005年)のスタディルームのひとつ。床はお椀状。天井から吊り下げたブランコはテーブルとして使用

 Airbnbを通じて借りられる302号室は、アメリカのTVドラマ『Girls』の撮影に利用されたこともある。主人公の一人ショシャンナが短期間滞在する東京のアパートとして登場し、まるでシュールレアリスムを体現した遊び場のように見える。土とセメントを固めたリビングの床には大小の突起があり、大きいほうはグレープフルーツ、小さいほうはテニスボールほどのサイズになっている。そして、普通の家具や備品があまり置かれていないのは、床の傾斜や凸凹に合わせて身体をいっぱいに伸ばすため。初めは岩だらけの海辺で手足を伸ばしているような感覚だが、何度か試行錯誤を繰り返すうちに、適切な体の使い方を身につけてゆく。

コンセントのコードが天井からぶら下がっており、その天井には手の届かないドアがついているが、どこに通じているわけでもない。照明スイッチは肩の高さや、床から30cmほどの位置に設置されている。タンスやクロゼットなどの収納スペースはないが、天井にフックが設置してあり、そこに持ち物を吊るすことができる。メタル製の登り棒や、床から天井まで届く作りつけのハシゴ、吊り輪も設置してある。内外装にはカンタロープ(黄色がかったオレンジ)、マリーゴールド、空色など14色ものクレヨンのように鮮やかな色彩が施されている。フラットな床に布団が敷いてある寝室だけが、絶え間ない視覚的・身体的刺激の嵐から離れてほっとひと息つける空間となっている。

 明るい黄色に塗られた球体の「スタディルーム」はコンサートホールのように音が反響する空間。全9戸の間取りはだいたい同じだが、スタディルームに何も置かず、部屋の斬新さを楽しむ人、天井に写真を貼って壁にもたれながら鑑賞するフォトギャラリーとして利用する人、お椀状の床にクッションを並べて60年代の簡易宿泊施設(クラッシュパッド)のような雰囲気を演出する人など、インテリアやレイアウトはさまざまだ。

 傾斜した床と天井のせいで方向感覚がなくなってしまうかもしれない。それこそがこの建物の狙いだ。立っている場所によって、自分が巨人にも子どもにも感じられる。リビングの真ん中の一段下がった位置にある円形のキッチンは、中からだとカウンターが上半身までくるが、外側からだとせいぜい膝の高さぐらいしかない。こうした身体感覚を揺さぶるような刺激にさらされながら、人々はこれまでの体の使い方を絶えず見直し、調整し、現在の環境に適応することを求められる。それは言わば、心と身体の感覚に意識を集中させるエクササイズである。真夜中に起きて、部屋の中を歩き回ってみよう。凸凹の月面を苦労しながら歩いているような感覚が味わえるだろう。

≪天命反転住宅≫のパンフレットはこんな言葉で始まる。「この住戸に入居された方に、自分を取り巻く環境との多面的・双方向的な関わりの中で、新たな意識や感覚を芽生えさせながら生きていく『バイオトポロジスト(生体位相研究家)』となることをご提案します」。このパンフレットには32項目にわたる住宅の使用法が記載されており、「2〜3歳の子どもでもあり、100歳の老人でもあるという者として、この住戸に入ってみましょう」や「月ごとにいろいろな動物(たとえば、ヘビ、シカ、カメ、ゾウ、キリン、ペンギンなど)のふりをして、住戸内を動きまわりましょう」......。

画像: 荒川&ギンズの実現しなかったプロジェクトのデッサン(1987年)

荒川&ギンズの実現しなかったプロジェクトのデッサン(1987年)

 映画監督の山岡信貴は2006年から2010年まで妻と幼い子ども二人とともに天命反転住宅の201号室(2LDK)に暮らし、バイオトポロジストとしてのミッションに真剣に取り組んだ。そして、その間に経験した娘の誕生や祖母の死など、濃密な家族の記録を織り交ぜながら、“天命反転”という荒川修作の思想を考察した『死なない子供、荒川修作』(2010年)と題するドキュメンタリーを発表した。映像にはある講演で現状に対する不満を訴える荒川の姿が収録されている。「人間は素晴らしい有機体として生命を与えられながら、それを無視して生きている。車のために目を見張るような高速道路を建設するのに、人間にはほんのわずかなスペースしか残そうとしない。そんな人間の生き方は大いに間違っている」

 山岡によれば、天命反転住宅は彼の精神や身体に決定的な変化をもたらしたという。そこに暮らすだけで絶え間ない刺激にさらされ、まるでヨガをしているようだった。最初の数カ月で体重が落ち、以前より活動的になったような気がした。花粉症に悩まされることもなくなった。そこを離れたのは、子どもたちの通い始めた学校が別の地区にあったためだ。普通の家に引っ越したとき、落ち着いた色合いも、水平な床も、傾斜のない壁も、なんだか拍子抜けして気力がなくなり、「すごく奇妙な感じがして、ひどく疲れた」という。

 荒川とギンズはこうした個人住宅の他に、公共施設の建築も手がけた。名古屋から48キロほど北西に位置する岐阜県養老町にある≪養老天命反転地≫(1995年)は、ビックリハウスやアスレチックコースからなるテーマパーク。若いカップルも家族連れも楽しめる場所として人気がある。約18,000m²の広大な敷地には鮮やかな色彩の建物に加え、迷路、起伏の激しい丘、坂道が点在している。急な傾斜や思いがけない窪み、死角など危険な場所もあるため、ヘルメットや運動靴を無料で貸し出している。野ざらしにされたシンクや机、ベッドの枠、ソファ、マットレス、便器などの生活用品が至るところに配置され、迷路のような建物の天井や壁に埋め込まれていたり、埋蔵品のように地中に埋まっているのが通路のガラス越しに見えたりする。こうしたガラクタは人々に何かを問いかけているように思える。「これってそんなに必要なものなの?」「モノのほうが人間より長もちするなんて。人間の存在って何なの?」

画像: 岐阜県養老町にある約18,000m²のテーマパークにある≪養老天命反転地オフィス≫の内装

岐阜県養老町にある約18,000m²のテーマパークにある≪養老天命反転地オフィス≫の内装

 40年以上にわたって共同制作を続けた荒川とギンズは2008年、彼らの米国での唯一の住宅プロジェクト≪バイオスクリーブ・ハウス:寿命を延ばす家≫をニューヨークのイースト・ハンプトンに完成させた。イタリアのアートコレクターであるアンジェラ・ガルマンの依頼を受け、プレハブ工法の第一人者カール・コッチによる約84m²のAフレーム構造に251m²の増築を行った。

≪三鷹天命反転住宅≫のコンセプトを極限まで追求した≪バイオスクリーブ・ハウス≫は、内外装に約48色(アクアマリン、バブルガム・ピンク、ケリー・グリーンなど)の鮮やかな色が施されている。開放的なリビングの周りに4つの長方形の部屋が配置され、真ん中の一段下がった位置にキッチンがある。メインルームのリビングの土を固めた床は三鷹の住宅よりずっと傾斜角度がきつく、鮮やかな12色の柱は単なる飾りではなく、つかまってバランスを取るために必要不可欠なものだ。窓は目の高さより上か床に近い位置に、照明スイッチは斜めに設置され、三鷹と同様に屋内の各部屋にはドアがない。

画像: 荒川修作&マドリン・ギンズの米国における唯一の住宅作品≪バイオス クリーブ・ハウス≫の裏手。窓は意図的に方向感覚を失わせる場所につくられている。常に居住者がいたわけではない

荒川修作&マドリン・ギンズの米国における唯一の住宅作品≪バイオス クリーブ・ハウス≫の裏手。窓は意図的に方向感覚を失わせる場所につくられている。常に居住者がいたわけではない

 建築の教育を受けたことがなく、アメリカで建築作品を発表したこともないアーティストならあり得る話だが、この建築プロジェクトは予算を大幅に超過してしまった。進行の遅れとコストの上昇に業を煮やした建築主のガルマンは、完成を待たずに建設中止を決めた。2007年にこの建物を購入した匿名の投資家グループが1年後に完成させたが、ほんのたまにしか人が住むことはなかった。今年に入って129万ドルで売りに出されたものの買い手はつかなかった。20世紀半ばに建てられた質素な別荘に加えて、新しい豪華な別荘が立ち並ぶイースト・ハンプトンでひときわ目立つラディカルな建物≪バイオスクリーブ・ハウス≫。お金でほとんど何でも買える高級別荘地で買えないものは“永遠の命”だけといっているかのようだ。

 誰に聞いても、共生関係にあったという荒川とギンズだったが、永遠の命の探求は荒川の死をもって終わることはなかった。2013年にはコム デ ギャルソンの創業者でデザイナーの川久保玲の依頼を受けて、ギンズの最後のプロジェクトが、マンハッタンにオープンした「ドーバーストリートマーケット」の新店舗に完成した。

画像: 岡山県の奈義町現代美術館の常設インスタレーション太陽≪遍在の湯・奈義の龍安寺・建築する身体≫(1994年)は感覚に挑戦する円筒形の部屋

岡山県の奈義町現代美術館の常設インスタレーション太陽≪遍在の湯・奈義の龍安寺・建築する身体≫(1994年)は感覚に挑戦する円筒形の部屋

≪Biotopological Scale-Juggling Escalator≫と題するそのインスタレーションは、淡い黄緑色の洞窟のような漆喰のトンネルの中に階段がつくられている。ショッキングピンクとへこみのある紫色の両側の壁はオフホワイトの天井に向かって徐々に明るい色調に変わっていく。階段から見えるインスタレーション4点は、荒川とギンズが作品で表現した環境の縮小模型。その中には未知の環境を探索しているミニチュアのフィギュアが置かれている。この作品は小さいながら力強さを感じさせ、いつでも立ち寄って荒川とギンズが生涯をかけて追求したテーマに思いを馳せることができる。彼らは「永遠に生きる」という難題を解けなかったかもしれないが、当面はこの階段がピラミッドのように魂を永遠の世界へと導いてくれるだろう。

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