スペインのマヨルカ島、パルマ郊外。島の由緒ある家系に生まれた女性が、18世紀に建てられた邸宅の歴史と魂を今も守り続けている

BY ZOEY POLL, PHOTOGRAPHS BY RICARDO LABOUGLE, TRANSLATED BY YUMIKO UEHARA

画像: 〈ソン・ベルガ〉の書斎。スペインのマヨルカ島、パルマ郊外のエスタブリメンツにあるこの邸宅は、18世紀に建てられ、今はマリア・ザフォルテサ・ドゥケ・デ・エストラーダの夏の別荘だ。中央に、真鍮のインク入れを置いた木製の机。奥の壁には島を1 枚に収めた18世紀後半の地図と、一族の紋章が飾られ、その周囲は美術館の版画室のように切り抜きや切符などがちりばめられている。天井には19世紀のマヨルカ島の闘牛ポスター。

〈ソン・ベルガ〉の書斎。スペインのマヨルカ島、パルマ郊外のエスタブリメンツにあるこの邸宅は、18世紀に建てられ、今はマリア・ザフォルテサ・ドゥケ・デ・エストラーダの夏の別荘だ。中央に、真鍮のインク入れを置いた木製の机。奥の壁には島を1 枚に収めた18世紀後半の地図と、一族の紋章が飾られ、その周囲は美術館の版画室のように切り抜きや切符などがちりばめられている。天井には19世紀のマヨルカ島の闘牛ポスター。

 18世紀初め頃、中世フィレンツェにルーツがあるといわれる貴族ザフォルテサ家は、同じくマヨルカ島で力をもつ名家とともに「ノウカサス」(「九つの家」)という連合体を結成した。連合体に加わる九家は婚姻関係で絆を深めながら─当時、地中海沿岸地域の貴族では珍しくない風習だった─土地や邸宅の建造、相続、獲得を進め、18世紀末頃には島の大半を手中に収めた。海岸沿いの都市パルマにあるいくつかの宮殿も含まれていたが、肥沃な内陸側の広大な領土にも邸宅(マナーハウス)があり、ザフォルテサ家はほかの貴族たちと同じように、避暑のため、毎年夏にラバや馬に引かせた馬車で訪れていた。

 現在68歳のマリア・ザフォルテサ・ドゥケ・デ・エストラーダ─「デレイトサ伯爵夫人」という名でも知られる─が成人する頃、こうした資産は売却あるいは一般公開されつつあった。学生時代の彼女は考古学者を志していたが、結婚して20代で2 児の母となり、父を亡くしたあと、一族の財産の守り手として生きる道を選んだ。「義務でもあり喜びでもあるのよ」。
18世紀の新古典主義様式で造られた邸宅〈ソン・ベルガ〉のテラスから、パルマの地平線を見晴らしつつ、そう語る。建物は延べ3000㎡弱、敷地に広がる庭園は約8 万㎡で、オレンジの花が芳香を放ち、松とイトスギが木陰を差し出している。マリア・ザフォルテサはここを夏の別荘として使いながら、事実上のファミリーアルバムとして、過去40年にわたり細心の注意を払って保存に努めてきた。

画像: 書斎の隣室にも、何世紀にもわたる夏の休暇に集められ飾られたコラージュが。劇場のプログラム、冠婚葬祭の招待状、雑誌や新聞の切り抜きなど。

書斎の隣室にも、何世紀にもわたる夏の休暇に集められ飾られたコラージュが。劇場のプログラム、冠婚葬祭の招待状、雑誌や新聞の切り抜きなど。

 町の中心から車で15分、陽射しで白くなったヤシの木とウチワサボテンが左右に並ぶ長い私道をさらに走っていくと、この邸宅が現れる。パルマの宮殿がまとう格式と華麗な装飾が、ここでもいくつか見受けられる。2 階がメインフロアだ。天井がアーチを描く1 階は、中庭とつながったロッジア(註:壁のかわりに柱が支える開放感のある空間)で、そこから幅広の石段を上がり、2階分の高さがある扉─格子状の装飾が施され、金の鋲が打たれた松材の扉─を通ると、洞窟のような印象の大広間が出迎える。壁の大きな肖像画に描かれた騎士、聖職者、領主、その他の貴族たちが来訪者を見下ろす。背もたれの高い椅子が空席のまま壁際に並び、主賓の到着を待つかのよう。室内装飾は厳粛だが、田園の環境から生じる軽やかさがあり、気楽とさえ言えそうだ。さらりとした石の床、白漆喰の壁、外気を取り込む広々とした開口部のおかげで、この広間も、そして邸宅全体にも、簡素な色調と素朴な雰囲気がある。

 マリア・ザフォルテサはパルマにも、一族が700年にわたり受け継いできた邸宅を所有している。そちらはすっかり近代的に改築して使っているのだが、ここ〈ソン・ベルガ〉のほうは、屋根瓦の交換や、コウモリの巣の除去など、あくまで目につかない形で手を加えてきた。とはいえ小さな修理でも簡単には進められない。46歳になる息子フェルナンド・ダメト・ザフォルテサが「所有者となっている家族が複数いるので、変更には時間がかかるんですよ」と説明する。フェルナンドは幼少期のほぼ毎夏を〈ソン・ベルガ〉で過ごした。歴史学者となった今はイングランドのサマセット在住だが、8 歳の娘イザベルを連れて年に一度は訪れる。邸宅には12の寝室があり、母マリア・ザフォルテサは6 月と7 月のほとんどをここで過ごすという。「友人たちには、『寂しくないの?』と聞かれるわ」と彼女は言った。「でも、『ひとりじゃないもの』って答えるの。家族を感じますからね。寄り添われている気がするのよ。ご先祖の誰かが額縁からお出ましになって、お話を聞かせてくれる光景をいつも思い浮かべているのですよ」

画像: 〈秋の間〉。ブロンズの照明の下に置かれたテーブルにはビー玉のゲーム盤。

〈秋の間〉。ブロンズの照明の下に置かれたテーブルにはビー玉のゲーム盤。

 天井が高く涼しいこの邸宅は、1760年代に、ザフォルテサ家の父とベルガ家の母をもつセシリア・ザフォルテサ・イ・デ・ベルガが建てさせたものだ。籐家具が多く置かれた〈秋の間〉にある肖像画に描かれたこの女性当主はマヨルカの伝統的なスカーフをかぶり、白いひだ襟できっちり首元を留めている。夫に先立たれていた彼女は、当時の慣習に沿って、ここを敷地内ですべてが完結する世界にした。石造りの礼拝堂があり、隣に聖具保管室があり、厩舎と鶏小屋もある。今では大半が使われていないが、副庭園のはずれにある肉の熟成室には、10個ほどのソブラサーダ(註:熟成サラミ。マヨルカ島の名産品)が天井の梁から紐で吊るされている。ワイン貯蔵庫だった小屋には、ブドウの足踏みに使った木製の桶が置かれていた。1990年代までは、敷地内の果樹園で収穫したブドウで、素朴なカベルネ・ソーヴィニヨンをつくっていたものだった。三日月とアイリスの花をモチーフとした紋章を掲げる礼拝堂で日曜のミサが開かれなくなってから少なくとも70年はたつが、今も時折、交流会や結婚式などに利用されている。

画像: 書斎隣の使っていない部屋。扉左側に農業用噴霧器の広告ポスター。自然史関連のエッチングと、チケットなどの紙類も。

書斎隣の使っていない部屋。扉左側に農業用噴霧器の広告ポスター。自然史関連のエッチングと、チケットなどの紙類も。

 反対側の建物は、一族が受け継ぐ最も変わった宝物で埋め尽くされている。扉と扉がつながったコネクティングルームになった4部屋が、とりとめもないコラージュ装飾でいっぱいなのだ。先祖たちが何百回という夏を過ごすあいだに集めて足していった装飾である。印刷物からの丁寧な切り抜きや、切符や入場券などの紙類が、何千枚も壁、扉、アーチ型天井に糊づけされている─まるで、テラコッタ・タイルの床を除き、部屋のすべてがスクラップブックの空白ページだったかのように。短気だったスペイン大臣の色褪せた風刺画など、当時の政治や流行を表したものもある。世相というより日記に近いものもある。ある扉の裏にパッチワークのように貼られている文書は古い手紙と事務書類で、200年前に庭仕事を依頼した際の明細書も含まれていた。「いろんな個性が見えてきますよね」とフェルナンドは言い、祖父が葉巻煙草のラベルを並べて貼りつけたカラフルな二重の十字模様を指さした。コラージュに新たな作品を足したのは、この祖父が最後だったようだ。2005年に地元の美術修復家が、めくれかけていた紙をはがし、残りをアクリルポリマーの光沢あるコーティング剤でカバーする処理を施した。

画像: メインホール。天井高は約8m。カタルーニャ様式のシャンデリアの下に、マヨルカの伝統的な長方形テーブル。壁の一番上は帯状に装飾が描かれ、次に風景画。その下に架けられた肖像画は、16世紀から19世紀のザフォルテサ家の主な主人たち。

メインホール。天井高は約8m。カタルーニャ様式のシャンデリアの下に、マヨルカの伝統的な長方形テーブル。壁の一番上は帯状に装飾が描かれ、次に風景画。その下に架けられた肖像画は、16世紀から19世紀のザフォルテサ家の主な主人たち。

 それ以外では近年ではほぼ変化がない。マリア・ザフォルテサが毎年夏に〈ソン・ベルガ〉に戻るのも、ここがそういう場所だからだ。滞在中は毎日のように、柱廊のテラスに置いたテーブルで朝食をとる。枝でたっぷり太陽を浴びて熟した果実や苺などを、ミルク入りのコーヒーと一緒に楽しみながら、目の前の果樹園を眺める。バレンシアで生まれた曾曾祖母が19世紀に持ち込んだシトラスから始まった果樹園だ。朝食後は広くて風通しのよい主寝室で用事をすませる。ゴシック調のアンティークのポルトガル製天蓋つきベッドの周りに、カーテンが半分引かれている。客人が来たときには、好きなように邸宅内をめぐってもらい、古く珍しい品々を見学させているという。簡素な寝室や居間も、コネクティングルーム仕様だ。古びた木製のベビーベッドも見られる。中庭には修繕ずみの馬車もある。ダイニングルームに置かれたチェリー材のテーブルは、50人が着席可能だ。かつて15歳未満はこのテーブルに参加できず、幼い息子や娘は別の部屋で昼食や夕食をとることになっていた。しかし最近では年齢を問わずみんなで一緒に食卓を囲む。それ以外に唯一、アップデートを検討しているのは、あちこちをもう少しだけ居心地よくすることだという。「柱廊にもっとやわらかなソファがあればいいと思うのよ」とマリア・ザフォルテサは言う。「でも、ここでは変化がゆっくり進むものですからね」

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