11月に入り、大作からミニシアター系まで注目映画の公開が相次いでいる。なかでも女性が主人公かつ、ジェンダー・ロールについて考えさせられる作品をピックアップした。自然のなかで一人で生きてきた女性、理想の結婚生活とは何なのか、母と娘の絆について、を描いた新作映画を3作品紹介する

BY KANA ENDO

母なる自然が育んだ型破りな少女の物語『ザリガニの鳴くところ』

 1969年、ノースカロライナ州の湿地帯で、将来を嘱望された青年チェイスの死体が発見される。容疑者として逮捕されたのは“湿地の少女”と街の人から呼ばれているカイアだった。カイアは幼い頃、家族から捨てられ湿地の中に建つ家でたった一人で生きてきた。他者との関わりを絶ち、自然から生きる術を学んだカイアだったが、一人の青年と出会うことで、徐々に社会性を身につけていく。それまで誰にも語られることがなかったカイアの生い立ちが、法廷で少しずつ明らかになっていくが、決定的な証拠は見つからない。そしてついに判決がくだされることになる。

画像: 作品内に登場するカイアのスケッチの多くは、アートディレクターのカービー・フィーガンによって描かれたもの © 2022 SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC. ALL RIGHTS RESERVED.

作品内に登場するカイアのスケッチの多くは、アートディレクターのカービー・フィーガンによって描かれたもの
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 原作は動物学者ディーリア・オーエンズによる同名のミステリー小説。2019年、2020年の2年連続でアメリカで最も売れた本であり、日本でも2021年の本屋大賞翻訳小説部門第1位に輝いた世界的人気小説だ。リース・ウィザースプーンが映画化権を獲得し、テイラー・スウィフトが自ら楽曲参加を懇願したことからも、この小説の人気ぶりがうかがえる。このようにストーリーの面白さはお墨付きなわけだが、この映画を際立たせる要素として、俳優のデイジー・エドガー=ジョーンズと製作チーム、ロケーションの3点をあげたいと思う。主人公のカイアを演じたエドガー=ジョーンズは生粋のロンドン子。それゆえ、彼女はイギリス英語のアクセントを封印し、アメリカ南部の訛りを習得した。カイアの年齢によって声の高さを変えボートの操縦までやってのけ、自然のなかに生きる力強さと、少女の儚さを併せ持ったミステリアスでロマンティックなカイアを見事に演じきっている。

 また、製作チームの大半が女性であり、その感性や視点が生かされていることも、この作品を類のない上作にしている理由のひとつといえるだろう。そして何よりもこの作品を際立たせるのが、そのロケーションの圧倒的な美しさだ。ルイジアナ州ニューオーリンズ周辺の複数の地域でロケ撮影され、みずみずしく生命の営みが匂い立つような湿地やビーチ、そして当時ノースカロライナで使われていた建材を使って建てられたカイアの家など、鮮やかな色彩が物語と一体となり映像に紡がれる。犯人探しというミステリー要素を主軸にし、DVやネグレクト、黒人に対する人種差別などの社会問題を織り交ぜた傑作だ。

画像: カイアの家はルイジアナ州のフェアビュー・リバーサイド州立公園の中に実際に建てられた © 2022 SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC. ALL RIGHTS RESERVED.

カイアの家はルイジアナ州のフェアビュー・リバーサイド州立公園の中に実際に建てられた
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画像: 『ザリガニの鳴くところ』 全国の映画館で公開中 配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント © 2022 SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC. ALL RIGHTS RESERVED. 公式サイトはこちら

『ザリガニの鳴くところ』
全国の映画館で公開中
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
© 2022 SONY PICTURES ENTERTAINMENT (JAPAN) INC. ALL RIGHTS RESERVED.

公式サイトはこちら

理想の暮らしとは何かを問うユートピアスリラー『ドント・ウォーリー・ダーリン』

 アリスは夫のジャックとともに何不自由なく幸せな生活を送っている。彼らはビクトリーと呼ばれるコミュニティに暮らし、このコミュニティ内の夫たちは皆ビクトリー社に勤めている。妻たちは夫が出かけた後、風呂を掃除し窓ガラスを磨き上げ、バレエを習い、プールサイドで日光浴をし、夕食の準備を整え、美しく着飾って夫の帰りを待つ。ただ一つのルールは夫の仕事の詮索をしないこと。妻たちは夫が何の仕事をしているのか知らされず、ただ世界を良くする仕事だと伝えられていた。ユートピアのように美しい世界で理想の生活を楽しんでいたアリスだったが、身の回りで“不気味な現象”が頻繁に起こるようになり、この世界に疑問を持ち始める。

画像: アリスを『ミッドサマー』での狂気に溢れた演技が高く評価されたフローレンス・ピュー、ジャックをシンガーで『ダンケルク』や『エターナルズ』に出演した経験を持つハリー・スタイルズが演じている © 2022 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

アリスを『ミッドサマー』での狂気に溢れた演技が高く評価されたフローレンス・ピュー、ジャックをシンガーで『ダンケルク』や『エターナルズ』に出演した経験を持つハリー・スタイルズが演じている
© 2022 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』で長編監督デビューした女優オリビア・ワイルドの長編2作目。異常なまでに完璧に整備された町並みや、明るく親切でユーモアのある完璧な隣人たち。“男は外で仕事をし、女は家庭を守る”という世界に住む“幸せ”な人々の生活をこれでもかと描き続ける。そんな隙がない世界がかえって不穏さを際立たせ、不気味な雰囲気がそこかしこに漂うのが本作の世界観だ。妻たちは何かおかしいと感じていながらも、目を伏せ意志を持って無知でいようとする。この理想的な生活を失いたくないゆえ、絶対に波風をたてたくないと考えているが、アリスだけはそうできなかった。製作/脚本&原案を担当したケイティ・シルバーマンは「自分が身を置いている体制が破綻していると認めるのは いかに難しいかということを示したかった」と語る。男性によって作られ組織化された世界を客観的に見ること、そして女性がその不自然さに気づくというテーマを、ユートピアという狂気を用いてファッショナブルに描く。またアリスの隣人であるバニーのように自らこの世界を選び、家父長制のなかで生きる選択をする女性がいることも否定しない。自分にとって、またパートナーにとってのユートピア、幸せとは何なのか、を考えさせられる。胸の奥に響くような重低音サウンドがストーリーを盛り上げるので、劇場での鑑賞がおすすめだ。

画像: 建築家リチャード・ノイトラ設計のカウフマン邸で撮影されたシーンは必見。アリスのスタイルはブリジット・バルドーやリタ・ヘイワース、ジャックはフランク・シナトラやジーン・ケリーをイメージしたという © 2022 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

建築家リチャード・ノイトラ設計のカウフマン邸で撮影されたシーンは必見。アリスのスタイルはブリジット・バルドーやリタ・ヘイワース、ジャックはフランク・シナトラやジーン・ケリーをイメージしたという
© 2022 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

画像: 『ドント・ウォーリー・ダーリン』 TOHOシネマズ六本木ヒルズなど全国の映画館で公開中 配給:ワーナー・ブラザーズ映画 © 2022 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED. 公式サイトはこちら

『ドント・ウォーリー・ダーリン』
TOHOシネマズ六本木ヒルズなど全国の映画館で公開中
配給:ワーナー・ブラザーズ映画
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公式サイトはこちら

生みの親と育ての親、家族の絆とは何なのかを考える『パラレル・マザーズ』

 写真家であるジャニスは、撮影で出会った既婚者である法人類学者と恋に落ち妊娠。40歳を目前にしてシングルマザーになる決意をする。産院でジャニスと同室だったアナは17歳。彼女もジャニスと同様シングルマザーで、同じ日に女の子を出産し、意気投合した二人は連絡先を交換する。元恋人に娘のセシリアを見せると、肌の色などから「自分の子供とは思えない」と言われてしまい激昂するジャニスだったが、自分のなかにも不安がありDNA検査をすることに。するとセシリアは実の子ではないと判明。病院で取り違えられたのでは、と苦悩するアナだったが、秘密を封印してセシリアと生きていくことを決意する。それから1年後、アナと偶然再会するも、アナの娘は亡くなっていた。

画像: 監督はペドロ・アルモドバル、ジャニスをペネロペ・クルス(右)、アナを長編映画2作目の新人ミレナ・スミット(右から二人目)が好演 © REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU

監督はペドロ・アルモドバル、ジャニスをペネロペ・クルス(右)、アナを長編映画2作目の新人ミレナ・スミット(右から二人目)が好演
© REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU

 赤ちゃんの取り違えで病院の責任を追求するのかと思いきや、物語は意外な展開をみせていく。本作は、『オール・アバウト・マイ・マザー』や『ボルベール〈帰郷〉』などでペドロ・アルモドバル監督が描き続けている“母”に焦点を当てた作品だ。自分が産んだ子供を亡くし、さらに育てている子供まで奪われるかもしれないという恐怖に苛まれたジャニスは、一度はその事実を隠して生きていこうとするが、彼女の信条がそうさせない。ジャニスの人生の大きなテーマが、“スペイン内戦で虐殺され共同墓地に無残に葬られた曽祖父の遺骨の発掘”だからだ。強制連行されたまま行方不明になり、闇に葬られてしまった多くの遺骨のように、セシリアの出生の秘密をアナに知らせず、闇に葬ることは彼女にはできなかったのだ。物語後半、アナに料理の仕方や家事を熱心に教えるジャニスは、いつかセシリアをアナに渡す日が来ることを悟っているかのようで、ジャニスの抱える悲しみが垣間見える。母と子の血の繋がりや自分のルーツに関するスペインの歴史が見事にリンクし、家族のあり方とは何なのかを問いかける作品。

画像: 母がジャニス・ジョプリンを好きだったことからジャニスと名付けられたという。劇中で流れるジョプリンが歌う「サマータイム」が作品を彩る © REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU

母がジャニス・ジョプリンを好きだったことからジャニスと名付けられたという。劇中で流れるジョプリンが歌う「サマータイム」が作品を彩る
© REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU

画像: 『パラレル・マザーズ』 ヒューマントラストシネマ有楽町など全国の映画館で公開中 配給:キノフィルムズ © REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU 公式サイトはこちら

『パラレル・マザーズ』
ヒューマントラストシネマ有楽町など全国の映画館で公開中
配給:キノフィルムズ
© REMOTAMENTE FILMS AIE & EL DESEO DASLU

公式サイトはこちら

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