今年3月にフランスで公開されて大ヒットした『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』で主演を務めたイザベル・ユペール。実話を映画化した社会派サスペンスの本作で、自らが勤務する会社とその未来のために6 年間闘い続けた女性を演じきったユペールにインタビューが実現!

BY KURIKO SATO

画像: 俳優として充実したキャリアを重ねてなお、意欲作に挑戦し続けるユペール ©️Independent Photo Agency Srl / Alamy Stock Photo

俳優として充実したキャリアを重ねてなお、意欲作に挑戦し続けるユペール 

©️Independent Photo Agency Srl / Alamy Stock Photo

 小柄な体躯なのに、ひとたび役に入り込むと空間を圧倒するような風格が漂う。アカデミー賞主演女優賞にノミネートされた『エル ELLE』(2016)や、カンヌ国際映画祭の主演女優賞に輝いた『ピアニスト』(2001)のような屈折した役柄から、『8人の女たち』(2002)に代表されるコメディまで、さまざまなタイプの役柄を鮮やかに演じ分ける、フランスを代表する名優、イザベル・ユペール。そんな彼女の新作は、『ゴッドマザー』(2021)で組んだジャン=ポール・サロメ監督による、実話を映画化した社会派サスペンス『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』だ。

 2011年、フランスの原子力発電会アレバ(現オラノ)の労働組合書記長であったカーニーは、社員の立場を揺るがすような会社の内部機密を入手し、5万人の従業員を守るため、内部告発と政府に訴えるロビー活動を開始する。だが、さまざまな脅迫を受けた末、ある日自宅に押し入った何者かによって、体を傷つけられる。すぐに警察に訴えるが、証拠が出ずに、あろうことか自作自演の茶番劇と受け取られてしまう。

 カーニー本人の風貌に似せた黒縁メガネとシニョンに結ったヘアスタイル、シックな出で立ちで、見えない敵に立ち向かうユペール演じるキャラクターは、向こう見ずなほどの勇気と脆さが同居し、尊大な男たちに囲まれるとなおさら、はらはらさせられずにはいられない。その豊かなフィルモグラフィに、またひとつ代表作が加わった経験から、#MeToo以降の映画界に対する視野まで、率直に語ってもらった。

画像: 『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』では実在の人物であるモーリーンの外見的な特徴をつかむことからキャラクターづくりを始めたという ©️2022 le Bureau Films - Heimatfilm GmbH + CO KG – France 2 Cinéma

『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』では実在の人物であるモーリーンの外見的な特徴をつかむことからキャラクターづくりを始めたという

©️2022 le Bureau Films - Heimatfilm GmbH + CO KG – France 2 Cinéma

——フランス映画にはあまりないタイプの、骨太な社会派スリラーと感じました。実話の重要性に惹かれたのでしょうか。

ユペール もちろん、実話として多くの人に知ってもらうことはとても重要です。でもわたしの個人的な興味としては、まず素晴らしい役だということ。そして『ゴッドマザー』で組んだサロメ監督と再び一緒に仕事がしたかったからです。脚本を読んですぐに、とても豊かな素材であると感じた。政治的で社会性があり、でもそれだけではなくドラマティックで映画的でもある。そこに惹かれました。わたしがとても信頼しているサロメ監督となら、楽しい経験になるという確信があった。彼は自分の望むものがわかっていて、迷いがない。それに役者を信頼して任せてくれる。何か要求するときも、とても控え目でそれとわからないようなやり方なので、こちらはやる気と自信をもたせてもらえます。そして編集がとても巧いと思う。ときにスピードアップして、ときにはスローペースで、俳優の表情をクローズアップで捉える。緩急をつけながら観る者を惹きつける素晴らしい技量があります。

——実在の人物を演じることは、架空のキャラクターを演じる場合と異なりますか。たとえば責任が増すという意味で。

ユペール わたしはあまりそのようには考えません。というのも、リアルなキャラクターでも映画ではフィクションになるから。描き方という意味では責任がありますが、それは監督の領域だと思います。演技とはつねに想像の仕事で、映画はフィクションの世界を作り出します。

 ただモーリーンの場合は、彼女の外見にとてもインスパイアされました。彼女はいつもメガネをかけて、髪をシニョンに結って、アクセサリーをつけて、典型的な労働組合員といった風情ではなかったからです。彼女には撮影前に会いましたが、むしろ写真を観て研究しました。外見的な特徴をつかめたら、あとはスムーズでした。もはやとくに意識するようなこともなく、彼女の佇まいはわたしの一部になっていました。

 わたしが心がけたことは、観客に彼女を信じさせるようにする一方で、同時にどこか疑わしいところも残すことです。一方の面だけでキャラクターを作るわけにはいかなかった。現実に彼女は最初、虚偽と思われていたからです。その曖昧さも、信じられるものにすることが興味深い挑戦でした。

画像: 本作をはじめ数々の社会的な作品に出演してきたユペール。「映画は答えを与えることが役目ではない。実話を映画化するのでも、そこに想像や、アーティスティックな要素を付け加えることができる。そこがアートの醍醐味」と語る ©️2022 le Bureau Films - Heimatfilm GmbH + CO KG – France 2 Cinéma

本作をはじめ数々の社会的な作品に出演してきたユペール。「映画は答えを与えることが役目ではない。実話を映画化するのでも、そこに想像や、アーティスティックな要素を付け加えることができる。そこがアートの醍醐味」と語る

©️2022 le Bureau Films - Heimatfilm GmbH + CO KG – France 2 Cinéma

——この事件から、どのような印象を受けましたか。

ユペール 彼女は“良い被害者”になりたくなかった。諦めず反抗を続けたから、あのようなことが起こったのです。彼女の目的はシンプルで、労働者のために戦うということでした。でもそれによってとくに意識することもなく政治的になり、フェミニストにもなった。おそらく最初は、これまでの経歴から抜け出し、より大きなことをしたいという大志があったのかもしれない。彼女がアレバに就職したときは、職員を教育する英語の教師という立場だったからです。これまでの人生とは異なるものを築くことを欲していたのだと。結果として、屈辱を被り、世界から孤立してしまう。ちょっとエリン・ブロコビッチを思い出しますね。

——あなたは『主婦マリーがしたこと』(1988)や『権力への陶酔』(2006)でも、社会的な実話の映画化に関わっていますが、仕事を通して社会的な正義を訴えることに惹かれますか。

ユペール  個人的にはそれが第一のモチベーションではないし、俳優や映画にとってミッションとも思いませんが、もちろん、そういう映画は問題を提起するという点でとても興味深いと思います。ただ映画は答えを与えることが役目ではない。実話を映画化するのでも、そこに想像や、アーティスティックな要素を付け加えることができる。そこがアートの醍醐味だと思います。

——#MeToo以来、映画界の状況は変わってきていると感じますか。

ユペール そう願いますが、わたし自身は困難な状況に遭遇したことがないので、なんとも言えません。ただフランスは他の国に比べて女性監督が多いし、より可能性、活躍の機会は広がっていると思います。

画像: イザベル・ユペール フランス・パリ出身。初主演映画となったクロード・シャブロル監督『ヴィオレット・ノジエール』( 1978)でカンヌ国際映画祭女優賞、 クロード・ シャブロル監督『主婦マリーがしたこと』(1988) でヴェネチア国際映画祭女優賞、『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』(1995) でヴェネチア国際映画祭女優賞 、 ミヒャエル・ハネケ監督『ピアニスト』(2001) でカンヌ国際映画祭女優賞 、 フランソワ・オゾン監督『 8 人の女たち』( 2002) でベルリン国際映画祭銀熊賞 芸術貢献賞 を受賞。2009年、レジオンドヌール勲章受章。同年、カンヌ国際映画祭コンペ部門の審査委員長、2021 年 には 東京国際映画祭コンペ 部門で 審査員長を務める ©️Doreen Kennedy / Alamy Stock Photo

イザベル・ユペール フランス・パリ出身。初主演映画となったクロード・シャブロル監督『ヴィオレット・ノジエール』( 1978)でカンヌ国際映画祭女優賞、 クロード・ シャブロル監督『主婦マリーがしたこと』(1988) でヴェネチア国際映画祭女優賞、『沈黙の女/ロウフィールド館の惨劇』(1995) でヴェネチア国際映画祭女優賞 、 ミヒャエル・ハネケ監督『ピアニスト』(2001) でカンヌ国際映画祭女優賞 、 フランソワ・オゾン監督『 8 人の女たち』( 2002) でベルリン国際映画祭銀熊賞 芸術貢献賞 を受賞。2009年、レジオンドヌール勲章受章。同年、カンヌ国際映画祭コンペ部門の審査委員長、2021 年 には 東京国際映画祭コンペ 部門で 審査員長を務める

©️Doreen Kennedy / Alamy Stock Photo

——女性監督がさらに進化するためには何が必要だと思いますか。

ユペール お金ですね。映画を作るにはつねにお金が掛かるので。女性監督にとってハードルが高いのは、もしかしたら彼女たちの方がより困難な、商業的ではないテーマに取り組もうとするからかもしれません。それは資金を集めるのが難しい。

——あなたは多くの新人俳優にとって、ロールモデルとなっていますが、ご自身でそれをどんな風に受け止められていますか。

ユペール とくに意識したことはありません。するべきかしら(笑)? わたし自身とくにロールモデルを持ったことはないし、その言葉自体、ちょっと大げさに感じられます(笑)

画像: 『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』予告編 10月20日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下 他にて順次公開 www.youtube.com

『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』予告編 10月20日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下 他にて順次公開

www.youtube.com

『私はモーリーン・カーニー 正義を殺すのは誰?』
10月20日(金)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下 他にて順次公開
公式サイトはこちら

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