BY CHIE SUMIYOSHI, PHOTOGRAPHS BY YUSUKE ABE
『TIME』での宮田の存在は「自然」を象徴しているという。そして、アムステルダム公演では、夏目漱石の「夢十夜〈第一夜〉」に登場する「女」も表現していた。今回の日本公演では宮田は笙の演奏に専念し、初演より制作面で本作に関わるダンサーの石原淋がその「女」を体現する。
「初演の制作的な対応として、坂本さんとは密に連絡を取り合い、かなり深く掘り下げた対話をしてきました。今回は自身も出演するわけですが、たとえば神話や伝説に現れるような女性像、そういう比喩的な『女』、存在感としての『女』として捉えています。これまで田中泯のもとで訓練してきた身体性を通して、できることを精一杯やるだけですね」と石原は意欲を示す。
そして、唯一無二のダンサーであり俳優である田中泯は、いったいどのように舞台に存在するのだろうか。
「『人類』になってくれ、と坂本さんに言われました。『人類』が初めて水を発見するときってどうだったんだろう、というのを泯さんに託したい、と。だから僕は、うんわかった、と答えたんです。2007年頃に初めてニューヨークで会ったときから、坂本さんと自分は似ているところがあると思っています。それは、音楽や踊りという行為の始まりに遡り、人間の歴史のすべてを知るためにそれぞれの仕事をやってきたことです。互いに自分の存在を飾ることなく話ができる相手が見つかって、とてもうれしかった」と田中は坂本との関係性を語る。
舞台では、田中、すなわち「人類」は水というものに初めて出合い、その水を渡るための道をつくろうとする。土塊を型に詰めてこしらえたブロックを水の中に置いていくが、それらはもろく溶けてしまい、多くは形をなさない。「自然」を象徴する宮田がたやすく水を渡る一方で、水の中にまっすぐな道を通し向こう側へ渡ろうと格闘する「人間」はきわめて脆弱だ。田中泯はここでも人間の行為の原初に立ち返る。
「道というものは、決して単純に向こうへ歩いていくだけのものではなく、まさに時間の変容を象徴するものだと僕は思います。そこには虚しさとか、儚さとか、あるいは無常さとか、そういうものが詰まっている」
坂本自身が生前に語ったとおり、「シーシュポスのように、道をつくり自然を支配したいという情熱」に駆り立てられ、直線的な時間とともに生きざるを得なかった人類の本質をめぐる、深い考察を促されるシーンである。
本作では「水」もまた象徴的な意味を帯びている。舞台上に張られた水や降り注ぐ水のみならず、背後のスクリーンには烈しい濁流や驟雨 、地球を俯瞰する気象システムなど、水に関係するさまざまな映像が映し出される。本作を観る人の多くが、おそらく近年の地球環境を脅かす気候変動を思い浮かべるだろう。「人間」と「自然」の対比を示すこの作品の根底には、地球温暖化という喫緊の問題があると捉えるはずだ。これに対して、坂本は「もちろんテーマに含まれてはいるが、それがメインのテーマではありません。人類と自然に関する神話をつくりたかったのです」と生前に語っている。
坂本にとって「人間と自然」は永遠のテーマだ。『TIME』のコンセプト立案にも協力した生物学者・福岡伸一と坂本は、ともにニューヨークに拠点を置き、二十年来の交流をもった。坂本は音楽、福岡は生物学において、人間がロゴス(言葉や理性)によって自然を理解することに頼り、理論では説明できないピュシス(人間を含む本来の自然)を蔑ろにしてきたことに危機感を募らせてきた。坂本と福岡とともに『TIME』のコンセプトを担った高谷は次のように解釈する。
「坂本さんが『TIME』というタイトルを掲げ、あえて現代の時間概念の否定に挑戦したのは、ピュシス的な時間の捉え方によるものだと思います。宮田さんの笙の音の話にも通じるように、今見えているものはすべてこの世の仮の姿であるという考え方を思考転換のポイントとして、時間の側に立って時間のことを考えたらどうだろう、ということに至ったのでしょう。もしも今この世の中で、ロゴス的に捉える一直線の時間が共通概念としてなかったとしたら、資本主義など世界の歴史はすべて成り立たなくなります。そういう意味で、坂本さんは人類の神話を根底から覆したかったのではないでしょうか」
高谷の語るところによると、坂本は自身の死後できるだけ早く自然に還り、他の生物の養分になることを望んでいたという。
『TIME』の舞台では、地中に葬られた「女」は100年後に百合の花になってまたこの世に姿を現す。夏目漱石の「夢十夜」にインスパイアされたこの物語について、坂本は「輪廻転生に関する私の信念」と語った。
夢幻能の物語の中では、生と死、夢と現実が境のないものとして捉えられる。私たち「人間」を含む「自然」の時間もまた、永遠のつながりの中で循環しつづける。坂本龍一が遺したこの舞台作品は、時間とその真理をめぐる深遠な問いを投げかけながら、静かに仮の終わりに近づく。
FOR MIN TANAKA:STYLED BY KYU AT YOLKEN, HAIR & MAKEUP BY SHIKIE MURAKAMI
RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI
「TIME」
音楽+コンセプト:坂本龍一
ヴィジュアルデザイン+コンセプト:高谷史郎
出演:田中泯、宮田まゆみ、石原淋
期間: 3 月28日〜4 月14日 東京・新国立劇場(中劇場)
4 月27日〜4 月28日 京都・ロームシアター京都(メインホール)
特別協賛:シャボン玉石けん
お問い合わせ先:パルコステージ
TEL.03-3477-5858
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