坂本龍一が生前、全曲を書き下ろした最新にして最後の舞台作品『TIME』。3 月28日からの日本初公演を前に、ともにコンセプトを考案した高谷史郎、ダンサー田中泯をはじめとする出演者に、坂本とのクリエーションの経緯を聞いた

BY CHIE SUMIYOSHI, PHOTOGRAPHS BY YUSUKE ABE

画像: 坂本龍一はアルバム『async』(2017年)のリリース後、「インスタレーションのための空間的な音楽」というそのコンセプトを発展させ、パフォーマンスとの境目のない舞台芸術として結実させたいと考えた。高谷史郎らとの協働により約4年間にわたって『TIME』の制作に取り組み、2021年のコロナ禍で全世界にストリーミング配信されたオランダ公演を経て、今春の日本初公演を前に2023年3 月逝去した

坂本龍一はアルバム『async』(2017年)のリリース後、「インスタレーションのための空間的な音楽」というそのコンセプトを発展させ、パフォーマンスとの境目のない舞台芸術として結実させたいと考えた。高谷史郎らとの協働により約4年間にわたって『TIME』の制作に取り組み、2021年のコロナ禍で全世界にストリーミング配信されたオランダ公演を経て、今春の日本初公演を前に2023年3 月逝去した

 類いまれな芸術家として、同時代のオピニオンリーダーとして、生涯を通じて輝きを放った坂本龍一が世を去ってから1 年がたつ。奇しくもその一周忌となる日、坂本と高谷史郎(ダムタイプ)による最後のコラボレーションとなった舞台作品『TIME』が日本初上演の初日を迎える。
 本作『TIME』は、1999年初演のオペラ『LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999』に続いて坂本が全曲を書き下ろし、ヴィジュアル・アーティストである高谷とともにコンセプトを考案し、長い時間をかけて創作に取り組んだ作品だ。コロナ禍の2021年、アムステルダムでの初演は、出演者にダンサーであり俳優である田中泯、日本を代表する笙奏者の宮田まゆみを迎え、さらに照明デザインの吉本有輝子、音響エンジニアのZAK、衣装デザインのソニア・パークといった強力なスタッフ陣に支えられて実現。欧州のオーディエンスの反響は予想を超える熱量で、舞台を満たす静寂を吸い込んだかのように沈思する客席が、次の瞬間には歓声と喝采の渦と化したと聞く。

 2024年春の日本初上演では、出演者にダンサーの石原淋が加わり、パフォーマンス、サウンド・インスタレーション、ヴィジュアル・アートが融合する舞台を再びつくり上げる。『TIME』では3 篇の夢にまつわる物語が引用される。夏目漱石の「夢十夜」。能の演目『邯鄲(かんたん)』。そして荘子の「胡蝶の夢」である。いくつもの夢の世界が交錯する『TIME』は、現世と異界が束の間に交わる「夢幻能」と呼ばれる能楽を彷彿させる作品であるといわれてきた。そこでこのテキストでは、亡き坂本龍一をシテに見立て、本作に関わるアーティストたちが坂本との関係性や背景の中で『TIME』という作品をどう捉え、創作に携わったのか、それぞれに話を聞くことにした。

画像: 高谷史郎(たかたに・しろう) 1963年生まれ。京都市立芸術大学卒業。1984年よりアーティストグループ「ダムタイプ」に参加。多様なメディアを用いたパフォーマンスやインスタレーションを世界各地で発表。1998年から個人の制作活動も開始。1999年坂本龍一のオペラ『LIFE』に参加。2022年ダムタイプは坂本をメンバーに迎え、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館で新作を発表し、翌年東京で帰国展を開催した

高谷史郎(たかたに・しろう)
1963年生まれ。京都市立芸術大学卒業。1984年よりアーティストグループ「ダムタイプ」に参加。多様なメディアを用いたパフォーマンスやインスタレーションを世界各地で発表。1998年から個人の制作活動も開始。1999年坂本龍一のオペラ『LIFE』に参加。2022年ダムタイプは坂本をメンバーに迎え、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館で新作を発表し、翌年東京で帰国展を開催した

 これまで坂本龍一と数多くの作品を制作し、『TIME』ではヴィジュアル・ディレクションを担当した高谷史郎は、ふたりが協働した作品はすべて一貫していると感じるという。

「ダムタイプの作品から昨年(坂本の没後に)発表した作品まで、坂本さんにとってすべてが変化しながらつながっていたのだと思います。『TIME』について話し始めた2018年頃は、坂本さんは体調もよく、山をひとつ越えるとその向こうにもうひとつの山が見えてきたタイミングだったのでしょう。劇場のオペラではなく、インスタレーションのような、コンサートのような、ダンス作品のようなパフォーマンスをつくろうと、まずは抽象的にコンセプトの話を始めました」

『TIME』のクリエーションは、通常の舞台作品のような演出とパフォーマンスの関係性とは異なるプロセスを踏んで行われたという。たとえば、演出家が出演者に細かなディレクションを施し、全員でリハーサルを重ねるということはほとんどなかった、と高谷は振り返る。

「演者たちがもともと持っているものを申し合わせるだけで、あとは、わっと進んでいくようなつくり方で。練習して出てくるものではなく、一期一会の最高の瞬間を捉えたいと坂本さんは望んでいたと思います。演技を超えた存在として信頼するパフォーマーがそこにいることが重要である、という意味で、能と同じようなつくりだと思いました」

画像: 宮田まゆみ(みやた・まゆみ) 東洋の伝統楽器「笙」を国際的に広めた第一人者。国立音楽大学ピアノ科卒業後、雅楽を学ぶ。古典雅楽はもとより現代音楽、オーケストラとの共演などにより「笙」の多彩な可能性を積極的に追求。武満徹、ジョン・ケージ、ヘルムート・ラッヘンマン、細川俊夫など現代作品の初演も多数。1998年長野オリンピック開会式での「君が代」の演奏は全世界の注目を浴びた

宮田まゆみ(みやた・まゆみ)
東洋の伝統楽器「笙」を国際的に広めた第一人者。国立音楽大学ピアノ科卒業後、雅楽を学ぶ。古典雅楽はもとより現代音楽、オーケストラとの共演などにより「笙」の多彩な可能性を積極的に追求。武満徹、ジョン・ケージ、ヘルムート・ラッヘンマン、細川俊夫など現代作品の初演も多数。1998年長野オリンピック開会式での「君が代」の演奏は全世界の注目を浴びた

 水が張られた舞台は、水鏡のように光を反射している。静けさの中からかすかな音が生まれ、日本古来の管楽器である笙を祈りの形で捧げ持った宮田まゆみが舞台をゆっくりと横切っていく。宮田は坂本とのやりとりについてこう語る。

「最初に坂本さんから、静かに演奏してほしいというリクエストがありました。暗いところからすでに音は始まり、しだいに耳に聴こえる音になる。どこからともなく虚空から音が生まれ、だんだんと世界に現れ、最後は暗闇に消えていく。そのような感じをお望みなのだなと思いました。それは笙にとっては自然なことで、なかでも古典の演奏は、何もないところからわずかに息が始まって音の形になり、最後はまた息だけになって静寂の中に消えていく。耳に聴こえている音はこの世の仮の姿ともいえます」

 舞台では、やがて笙の音色がさえざえとした響きに変わり、テクノミュージックにも似た未来的な音に聴こえる瞬間がある。坂本自身が過去に「宇宙人の音だと思った」と語ったように、どこか現世のものではないような音色だ。山口県のアートセンターYCAMで宮田とセッションした際、宮田の笙の演奏に、「坂本さんは究極の抽象的な音だと感じたようだ」と高谷は語る。宮田はこう振り返る。

「YCAMの展示室や階段を歩きながら演奏したのですが、坂本さんは空間の中であちこちに音が反響して、音の塊が移動していくことに興味をもたれたのかもしれません。古典の笙の独奏を聴くと、響きの焦点が空間の中で予想外に移動します。誰がつくったのかもわからず時代性も感じさせないその曲は、宇宙の音楽という感じでしょうか。人間の情緒を表現するのではなく、自然と一体になるような感覚で演奏されてきたのです。自分自身も、人間ではなく自然界のひとつとなって、自然に対して音を返していくように演奏したいと思っています」

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画像1: 坂本龍一、刻み続ける時と記憶
最新にして最後の舞台作品『TIME』
日本初公演の制作過程とは【前編】

RYUICHI SAKAMOTO + SHIRO TAKATANI
「TIME」

音楽+コンセプト:坂本龍一 
ヴィジュアルデザイン+コンセプト:高谷史郎 
出演:田中泯、宮田まゆみ、石原淋 
期間: 3 月28日〜4 月14日 東京・新国立劇場(中劇場)
    4 月27日〜4 月28日 京都・ロームシアター京都(メインホール)
特別協賛:シャボン玉石けん
お問い合わせ先:パルコステージ
TEL.03-3477-5858 
公式サイトはこちら

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