発見、感動、思索……知的好奇心を刺激する、映画好きな大人のための今月の新作を厳選!

BY REIKO KUBO

桃農園を営む大家族を舞台に、自然と人間の在り方を見つめるベルリン国際映画祭受賞作『太陽と桃の歌』

画像: 本作は第72回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で、最高位の金熊賞を受賞した © 2022 AVALON PC / ELASTICA FILMS / VILAÜT FILMS / KINO PRODUZIONI / ALCARRÀS FILM AI

本作は第72回ベルリン国際映画祭コンペティション部門で、最高位の金熊賞を受賞した

© 2022 AVALON PC / ELASTICA FILMS / VILAÜT FILMS / KINO PRODUZIONI / ALCARRÀS FILM AI

 スペインのカタルーニャにある小さな村で、ソレ家は祖父の代から桃農家を営んでいる。祖父と大伯母、長男キメット夫婦と息子と娘、キメットの妹夫婦と大家族総出で働いてきた。そんな桃畑にはキメットの幼い末娘と従兄弟の双子の笑い声が溢れる。ところが収穫期を迎えたある日、彼らは地主から一帯にソーラーパネルを設置するという理由で、土地の返還を求められる。土地は祖父が仲の良かった先代から口約束だけで借り受けていたため、なす術もなかった。

 いきなり未来が絶たれた不安と憤りによって家族がギクシャクし、共に食卓を囲み、ともに働いてきた大家族に危機が訪れる。怒りの収まらない父を支えようと、高校生の息子は収穫に精を出すが、「勉強の方に身を入れろ」とそっけない父の態度には農業の将来に抱く不安ものぞく。そんなひとりひとりの心の揺れをとらえながら、大切に育ててきた桃の最後の収穫に向かうソレ家の夏の物語が映し出される。

画像: 大家族の群像を見事に演じたキャストのほとんどは、農作業の動きと農業への切実な思いが体に染み込んだ地元カタルーニャの演技未経験者から選ばれた © 2022 AVALON PC / ELASTICA FILMS / VILAÜT FILMS / KINO PRODUZIONI / ALCARRÀS FILM AI

大家族の群像を見事に演じたキャストのほとんどは、農作業の動きと農業への切実な思いが体に染み込んだ地元カタルーニャの演技未経験者から選ばれた

© 2022 AVALON PC / ELASTICA FILMS / VILAÜT FILMS / KINO PRODUZIONI / ALCARRÀS FILM AI

 日本の農業の苦境や、緑の森や畑を黒々と覆い尽くすソーラーパネルの問題とも重なるところの多い本作を監督し、ベルリン国際映画祭金熊賞に輝いたのは、自身の家族もこのカタルーニャで桃農家を営んでいるというスペインのカルラ・シモン。そんな彼女の伝統的な農業と農家、そして桃の木々への愛情が、土地とアイデンティティを失いかけた厳しい状況にも陽の光を注ぎ込む。

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『太陽と桃の歌』
全国上映中
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アキ・カウリスマキ監督が文字通り手づくりした、愛あふれる映画館の物語『キノ・ライカ 小さな町の映画館』

画像: カウリスマキ自身(写真手前)が映画館を手作りしていく様子を丹念に追う © 43eParallele

カウリスマキ自身(写真手前)が映画館を手作りしていく様子を丹念に追う

© 43eParallele

『浮き雲』『希望のかなた』、昨年の『枯れ葉』等の珠玉作によって、世界の映画ファンを魅了し続けてきたアキ・カウリスマキ監督。『キノ・ライカ 小さな町の映画館』は、この人気監督がフィンランドの首都ヘルシンキから車で1時間の小さな町カルッキラに、初の映画館を作る様子を追ったドキュメンタリーだ。昨年公開された映画『枯れ葉』にも登場したカルッキラには、深い森と湖が広がり、鉄鋼の町として栄えた頃の工場が立ち並ぶ。その閉鎖された一棟を借り受けたカウリスマキ監督は、リサイクルの木材や鉄、家具を使って仲間たちと映画館を手作りする。そんな過程や町の人々の興奮を掬い取ったフィルムには、盟友ジム・ジャームッシュ監督や『コンパートメントNo.6』のユホ・クオスマネン監督も登場する。

 2017年の『希望のかなた』を最後に監督引退を表明していたカウリスマキ監督だったが、長引く戦争を前になすすべのない世界を前に引退を撤回して2023年に復帰し『枯れ葉』でぬくもりを届けてくれたが、映画館キノ・ライカは40年近く住むこの町に感謝の気持ちを贈りたいというのが発端だったという。かつての過酷な労働の記憶が残る場所を、新たな町のコミュニティ・センターへと変え、映画を見て仲間と一杯やりながら語り合う映画館のある暮らしをプレゼントしようなんてなんとも心憎い。 

画像: 作中にはさまざまな仲間たちが登場。右はカウリスマキの盟友、ジム・ジャームッシュ © 43eParallele

作中にはさまざまな仲間たちが登場。右はカウリスマキの盟友、ジム・ジャームッシュ

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 カルッキラに1年間滞在し、開館作業を手伝いながらカメラを回したクロアチア人監督ヴェリコ・ヴィダクによるドキュメンタリーの本作は、カウリスマキ作品同様に「真の幸福とは、心の豊かさとは何か」を映し出しながら、観る者を映画がもたらす喜びに浸らせる。

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『キノ・ライカ 小さな町の映画館』
ユーロスペースほか 全国順次公開中
公式サイトはこちら

中年女性が新たな人生の一歩を踏み出す、一編の詩のような作品『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』

画像: 主役のエテロを演じるのは、ジョージアで主に舞台を中心に活躍してきた俳優エカ・チャヴレイシュヴィリ Ⓒ - 2023 - ALVA FILM PRODUCTION SARL - TAKES FILM LLC

主役のエテロを演じるのは、ジョージアで主に舞台を中心に活躍してきた俳優エカ・チャヴレイシュヴィリ

Ⓒ - 2023 - ALVA FILM PRODUCTION SARL - TAKES FILM LLC

 ジョージアの田舎町で、「美しさと快適さを ONLY FOR YOU」と看板を掲げ、女性のための日用品店を営む女性エテロ。意志の強そうな黒々とした太い眉、キリッと結ばれた唇、堂々たる体躯。近所の女たちは、48歳、独身の彼女の身の上や体型を面白おかしく噂しているが、当のエテロは「私は独身だから、誰からも自由なの。だからあなたたちと違って、肌も胸もお尻もハリがあるの」と堂々としている。町のカフェで「あんな体型では結婚できまい」と失礼な言葉を浴びせてくる爺さんには、「結婚やペニスが幸せを運ぶなら世の女たちはみな幸せなはず。でもどこに幸せな女がいる?」と鋭く投げ返し、好物のケーキ「ナポレオン」を美味しそうに頬張り続ける。

画像: ジョージアのライフスタイルを映し出す、レトロで独特の色彩感覚が広がる映像も見どころ Ⓒ - 2023 - ALVA FILM PRODUCTION SARL - TAKES FILM LLC

ジョージアのライフスタイルを映し出す、レトロで独特の色彩感覚が広がる映像も見どころ

Ⓒ - 2023 - ALVA FILM PRODUCTION SARL - TAKES FILM LLC

 ジョージアの新鋭監督エレネ・ナヴェリアニ監督が自国のベストセラーを、アキ・カウリスマキを思わせる鮮やかな色合いの中に描き出した話題作。詩人の心を持ち、孤独と親密な関係を結びながら我が道をゆくエテロというヒロインがなんとも魅力的だ。そんなエテロは、秘密の丘でブルーベリーを摘み、美しいブラックバード(黒つぐみ)のささやきに吸い寄せられ、死の淵を覗いたことで心と体を目覚めさせる。そして死の淵から、予想もしていなかった新たな生の物語を手繰り寄せるスリルと詩に満ちた美しい逸品だ。

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『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』
2025年1月3日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町他にて公開
公式サイトはこちら

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