BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

『人情噺文七元結』手代文七=中村鶴松
2024年の「猿若祭二月大歌舞伎」で『新版歌祭文 野崎村』のヒロインのお光に抜擢され、その存在感を放った中村鶴松。2025年の「新春浅草歌舞伎」では一新されたメンバーにその名を連ね、古典の大作である『絵本太功記』では武智十次郎と操の2役を演じ、好評を博した。出会った役の一つ一つと向き合うことで確実にステップアップしている彼が、2025年の「猿若祭二月大歌舞伎」では『人情噺文七元結』で文七役に挑む。その心境に迫る。
──『新版歌祭文 野崎村』でお光を演じた時にどんなことが印象に残っていますか?
鶴松:初日に、お光の扮装姿でのれんをくぐって舞台へと出ていった時、猿若祭に来てくださったお客様が客席にたくさんいらっしゃる光景が一面に広がって、照明が僕にあたるとお客様が一斉に拍手をしてくださいました。その感覚は今なお蘇ってきて、忘れられないですね。お兄さんたち(中村勘九郎、中村七之助)も褒めてくれましたし、共演させていただいた(中村)東蔵さんは、千穐楽に「お光はあなたの当り役ですね。これからもずっと演ってください」とおっしゃってくださいました。このようなお言葉をいただけてとても嬉しかったです。
──お光を演じた時を振り返って、今思うことを教えてください。
鶴松:お光を演じたことは、今の僕にすごく“生きている”と思います。僕はこれまで、わりと新作歌舞伎に出演する機会が多かったこともあり、『野崎村』のお光や『絵本太功記』の十次郎のような義太夫狂言で主役を演じるのは初めての経験でした。ですから、先輩方から聞いてはいるものの、古典歌舞伎で演じることの難しさというものを全く理解していませんでした。しかし、『野崎村』を経験したことで、役を演じる上で、すべてを突き詰めて、すごく細かいところまで考えて、それから逆算するということを学びました。ですから(坂東)玉三郎さんが日頃から「芝居は逆算だ」とおっしゃっている意味もようやくわかったように思います。この経験が、「新春浅草歌舞伎」で勤めた『絵本太功記』の十次郎や今回の文七にもいきていると思います。
──2025年は「新春浅草歌舞伎」への出演から始まりました。一新されたメンバーたちと過ごしたこの1か月はどんな日々でしたか?
鶴松:今までで一番、“時が過ぎるのが早い”と感じた1か月でした。メンバーは僕が最年長で、(市川)染五郎くんと(尾上)左近ちゃんはまだ10代。今回は国ちゃん(中村橋之助)が座頭でしたがみんながフラットな関係で、楽屋も同じなので、誰もが必死にやっているのを肌で感じていました。それぞれの役割がしっかりとあって、全員が同じ方向を向いていいものを創ろうとして、“あそこはこうしよう、ああしよう”と話し合うこともでき、とてもいいメンバーだなと思いました。みんなで創り上げた感じがしています。
──『絵本太功記』の武智十次郎は初役で演じてみていかがでしたか?
鶴松:役としては古典の難役なのでそういう意味では重い1か月でしたが、演じていて気持ちがよくてとてもいいお役なので、ずっと終わって欲しくないと思っていました。『野崎村』のお光は演じていて苦しいところもありましたが、十次郎は、後半では手負いで扮装もボロボロですが綺麗に死んでいきますし、何よりも物語を語っている姿が格好いいので、もっとこの役が演りたいと思いました。千穐楽の日にご挨拶にうかがった勘九郎さんからは、「僕は(武智)光秀が演りたいから、あなたはまた十次郎で、いつか平成中村座で一緒にやろうよ」という言葉をいただきました。
──先輩からのダメ出しは何かありましたか?
鶴松:十次郎は(松本)幸四郎さんに教わったので、教わった通りに演じていました。そして自分が演じているのを撮影して、その映像を幸四郎さんに送って見ていただいたのですが、ダメ出しをPDFの書面で送ってくださいました。染五郎くんに聞いたら「(息子の)僕にはされたことはないです」と言っていましたが、気にかけてくださってありがたかったです。
でも、同じ中村屋の厳しい環境で育ってきた国ちゃん(中村橋之助)と話していて気づけたことが一つありました。普段の舞台では先輩から何かを指摘されると、それを直さなきゃいけないと思って、そればかりが頭に残ってしまいます。でも、今回は同じ舞台に先輩方がいないので、お互いに「良い意味でマイナスな感情を持たずにお芝居の楽しさを実感できているね」と。確かにこの気持ちはいつの間にか忘れてしまっていました。どうしても怒られたくないとか、注意されないようにしようという意識の方が強くなってしまっていたんですね。二人で、子どもの頃に楽しく、気持ちよく演じていたことを思い出しながら、この心は忘れないようにしようと思いました。
かといって自分たちが思うようにやっているだけだと、自分よがりの芝居になってしまって第三者から見ると良くなかったりします。この兼ね合いは非常に難しい所だと思います。ですが、根本としてやっぱり自分たちが楽しんでいないとお客様も楽しめないですよね! (二月に上演される)『人情噺文七元結』の稽古の時に(中村)勘太郎くんのお久を見ていると、僕が中学 2 年生の時に「筆屋幸兵衛(『水天宮利生 深川』の通称)」のお雪を演じていた時のことを思い出しました。似たような境遇の役だか らだと思いますが、ものすごく怒られたなと。でも勘太郎くんは頑張っていますし、真面目に真摯に役に向き合っている姿を毎日見て負けていられないなと思います。

『人情噺文七元結』手代文七=中村鶴松(左)、左官長兵衛=中村勘九郎
──メンバーも、演目の配役も、とても新鮮な組み合わせの公演だったと思いますが、どんな学びを得ることができましたか?
鶴松:最初に演目が『絵本太功記』の十段目を昼夜ともに上演すると聞いたときは、古典の演目ではお客様の足が遠ざかってしまうのではないかという危惧がありましたが、結果的には評判も良くて、お客様もたくさん来てくださいました。僕たち若手は古典の大役を勤めさせていただくことで勉強したこともたくさんありますので、そういう意味でもありがたい公演でした。
今回のメンバーの中では(尾上)左近ちゃんと大ちゃん(中村鷹之資)とご一緒したのは初めてでしたが、ほかのみんなとはこれまでも交流したことがありました。中でも染五郎くんと左近ちゃんはまだ10代ですが、すごくしっかりしていて、研究熱心なんです。同じ年ごろの自分を思い返すと、絶対にこんなことはできていなかったと思います。左近ちゃんが、自分が演じる役の過去の扮装写真を見せながら、「こういう風に着たいんです」と、衣裳の着方にまでこだわっていて、偉いなと思いました。年を重ねておろそかになっている部分は絶対にあるので、きちんと自分の考えを持って取り組んでいる若手たちから刺激を受けました。
──2025年の「猿若祭二月大歌舞伎」で上演される『人情噺文七元結』では文七役をなさいますね。これが決まったと聞いた時の心境を教えてください。
鶴松:文七の前にお久を演じるものだと思っていたので、文七を演らせていただけるとは思ってもみませんでした。『文七元結』は中村屋の大切な演目で、文七は勘九郎さんも七之助さんもなさったことがある思い入れのあるお役です。でも後になってから、勘太郎くんがお久だと聞いて、『俊寛』でもカップル役を演じて楽しかったこともあったので、とても嬉しいです。
ポスター用スチール撮影では勘太郎くんも僕も緊張していたのですが、お兄さんたちが笑わせてくれて、出来上がったポスターを見ると、家族って感じがしましたね。恒例のドキュメンタリー番組でも“中村屋ファミリー”というタイトルになっているくらいなので、この家族らしさはうちでしか出せないのではないでしょうか。

『人情噺文七元結』手代文七=中村鶴松
──文七は勘九郎さんから教わっているのですか?
鶴松:教えてくださいとお願いはしたのですが、「稽古するものではないから、一緒に演じながら作っていこう」といわれました。確かに感情で演じる役なので、稽古をしていてもとても楽しいです。勘九郎お兄さんとの二人の場面は2,3回のそれぞれの長台詞のラリーがありますが、積み重ねていくことで、もっといいものにできるだろうと思っています。勘九郎さんが去年から『髪結新三』や今回の『文七元結』という(中村)勘三郎さんが得意としていた世話物を演ってきていて、僕もその中に入ることができて嬉しいです。
──どんな文七を目指していますか?
鶴松:『文七元結』という演目は山田洋次監督が演出されたものが頭に残っていますが、それ以前の演出にも子どもの頃から慣れ親しんでいるので、当時観たお芝居の台詞回しが脳裡にしっかりと残っています。勘九郎さんが完全に勘三郎さんのなさった通りに演じているので、僕も勘九郎さんが演じた文七を完全コピーして演じています。本番でどうなるのか、ぜひご覧いただけたらと思います。

『人情噺文七元結』(右から)泉屋清兵衛=中村芝翫、手代文七=中村鶴松、左官長兵衛=中村勘九郎、長兵衛娘お久=中村勘太郎、女房お兼=中村七之助
──初日を迎えて 2月7日に歌舞伎座の楽屋で取材
猿若祭で文七というお役を初役でなさってみて、いかがでしたか?
鶴松:初日の『文七元結』は観客から笑いが起こって、こんなにも笑いが起こるんだと衝撃的なレベルの反応でした。僕はあまり喜劇に出たことがなかったのもありますが、“歌舞伎座が劇場全体で笑っている”という、しびれるような初めての感覚でした。でもその笑いが逆に怖かったですね。お客様の反応が良すぎるので、特に長兵衛の家の場面で自分が台詞を言い始めることに怖さを感じました。公演を重ねてきて、だいぶ落ち着いてはきましたが、初日は特にすごかったです。
──勘九郎さんと共演された感想をお聞かせください。
鶴松:勘九郎さんと二人きりでこんなにがっつりとお芝居を演らせていただいたことはあったかなと記憶を辿っても思い出せないほど、久しぶりなことだと思います。こういう二人の芝居には怖いものがあります。文七が身投げをする場面は、二人の気持ちが乗ってバチッと気持ちよくできたときは、お客様の心に何倍もの感動が残るのではないかなと思います。毎日、100%の全力で演じていますが、ほころびがあったら、それも直接伝わってしまう。動きがほとんどなくて、ほぼ台詞だけの場面なので、そこは演じる上で毎日新鮮に感じていかないとダメなところだと思っています。
僕は役を演じることに考え込んでしまって一人で稽古をしがちなタイプなのですが、今回は稽古をするのではなく、その日その日に感じることを大切にしています。その積み重ねで、自然に言葉のキャッチボールができるようになってきた気がします。
僕は勘九郎さんが過去に演じていた文七を目指して演じていましたが、今の勘九郎さんが求めている文七はそれとは少し違うようです。だからあまり頭で考えずに、リアルにその時感じたことをどう受け止めるか。長兵衛の長台詞を聞いているときに、頷いているとか、ここでこう思ってとか、その日によって僕自身の反応も違っていると思いますし、それが芝居の極論なのだろうと思います。文七という人物像から逸脱しなければ何をやってもいい。心で演じられる役なので、毎日発見があって、楽しいですね。
──昼の部と夜の部の間がかなり開いていますが、何をして過ごしていますか?
鶴松:出ずっぱりのときもありますが、今回は3時間半くらい開いていて、こんなに時間があるのは初めてです。今のところ大変な役が先に控えている訳ではないので、サウナに行っています。気楽ですが、一度帰るわけにもいかないのでサウナがちょうどいいですね(笑)。

『きらら浮世伝』(右から)十返舎一九=中村鶴松、滝沢馬琴=中村福之助、蔦屋重三郎=中村勘九郎
中村鶴松(NAKAMURA TSURUMATSU)
東京都生まれ。2000年5月歌舞伎座『源氏物語』竹麿役に本名の清水大希で初舞台。以来、子役として数多くの舞台に出演。2005年5月歌舞伎座『菅原伝授手習鑑』車引の杉王丸で2代目中村鶴松を名乗り、18代目中村勘三郎の部屋子として披露。2018年6月平成中村座スペイン公演では『連獅子』に出演。2024年の猿若祭二月大歌舞伎では『新版歌祭文 野崎村』久作娘お光を初役で務めた。
猿若祭二月大歌舞伎
昼の部 11:00開演
一、其俤対編笠『鞘當』
二、『醍醐の花見』
三、『きらら浮世伝』版元蔦屋重三郎魁申し候
夜の部16時30分開演
一、『壇浦兜軍記』阿古屋
二、『江島生島』
三、『人情噺文七元結』
※中村鶴松さんは、
昼の部『きらら浮世伝』、
夜の部『人情噺文七元結』に出演。
会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
上演日程:2025年2月2日(日)〜25日(火)
休園日:10日、18日
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL. 0570-000-489
チケットweb松竹
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
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