BY SHION YAMASHITA

ミュージカル『ジキル&ハイド』は2001年の日本初演以来、多くの名優たちが挑んできた名作。2023年の公演で主演を務めた柿澤勇人は、人間の内に潜む闇を鋭くえぐり出すことで新たな一面を見せ、第31回読売演劇大賞優秀男優賞を受賞した。そして2026年、新演出版にて、善と悪の狭間に立つジキル、ハイドとして、再び舞台に立つ。
多くの役を表現してきた彼だからこそ、二面性のあるこの二役を見事に立ち上げることができたのだろう。その充実したキャリアの上で転機として印象に残っているのはどんな作品なのか。
柿澤勇人(以下柿澤):僕の役者人生において、三谷幸喜さんと出会えたということが、“転機”だったと思います。『愛と哀しみのシャーロック・ホームズ』(2019年)という作品なのですが、初めて“当て書き”というものをしていただきました。当時の僕にとって経験したことがないほど台詞量が多くて、覚えるのは大変でしたが、そんなに時間はかかりませんでしたね。語尾なども一切変えずにスラスラと頭に入ってきて、演じることがこんなに楽しいんだと思えたのも初めてだったかもしれません。
当て書きといえば、特定の俳優を想定して脚本を書くこと。俳優の個性や魅力を最大限に引き出し、物語の中へと融合させていく。三谷が柿澤をどのように捉えているかが、台詞を通して伝わっていたはずだ。
柿澤:いろいろなところで自分をこういうふうに思ってくれていたのだなと感じました。例えば役について“精神年齢は基本的に8歳でいてください”と言われたり、コミュニケーションがすごく苦手で一人になりがちだけれど、実は周りのことを気にしていたり(笑)。僕のガキっぽいところは見抜かれていましたし、僕が“楽しそうにすればするほど悲しく見える”ともおっしゃっていました。
でも、三谷さんは当て書きするための事前のリサーチも、インタビューもなさっていません。ただ、僕が出演していたミュージカル『メリー・ポピンズ』を観てくださって。三谷さんは『メリー・ポピンズ』をはじめ、『ジキル&ハイド』や『ジャック・ザ・リッパー』、シャーロックホームズシリーズの舞台である1800年代のロンドンが特にお好きなんだと思います。貧困で犯罪の巣窟ともいえる世の中で、ダークヒーローや探偵などの物語が生まれている時代。
ところが『メリー・ポピンズ』で僕が演じたバートという役は天真爛漫な大道芸人であり、煙突掃除をする自由な人なんです。台詞もそれほど多くなく、タップダンスを踊るハッピーな役。それをご覧になって“シャーロックがいた!”と。そして僕が演じた作品の中のシャーロック・ホームズは常にしゃべって、常に動いて、推理が大好きで探偵ごっこをしている少年のような人物として描かれていました。大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にも出させていただいたのですが、源実朝という役は孤独というか、悲哀感のようなものが滲んでいました。そうした役を楽しいというのは変かもしれませんが、演じていてモチベーションが上がって、役者として“生きている”と三谷さんのおかげで改めて実感することができましたね。


三谷作品を通して、演じることに“生きている”と感じた柿澤だが、ジキルとハイドを演じる上ではどのような難しさを感じていたのだろうか。
柿澤:正直に言ってしまうと、この作品は常に体が痛くて疲弊もしてしまって、演じていて楽しいとはあまり感じないんです。常に戦闘モードで、心して臨まないと倒れてしまうほどのエネルギーが必要。僕はどの作品を演じる時も、絶対に冷静なもう一人の自分がいて、演じている自分を俯瞰しています。演じるときに役が憑依する役者さんもいらっしゃいますが、僕は全くそういうことがありません。作品と役に徹するためにはやらなければならないことがたくさんあると思い、それをクリアしなければと常に考えています。
ジキルとハイドは物理的にも2つのセクションがあって、単純に“ジキル”と“ハイド”で声を変えると、当然動きも変わってきます。ナチュラルではない声で話すので前回の初日は喉の調子が悪くなり、このままもっと悪くなっていくのではないかと懸念していたのですが、徐々に良くなっていきました。役が馴染んでいったのだと思います。また、薬を投与して変身する場面などはハードなので体がボロボロになります。藤原竜也さんに相談したら、愛用されているスパッツを教えてくださいました。竜也さんも体のメンテナンスにはめちゃくちゃ気を遣っていらっしゃるので参考になりましたね。準備をしっかり行って本番に臨みたいと思います。
こうした表には見えない努力やケアがあるからこそ成り立っているのが舞台作品。その一つである本作は「時が来た」という名曲をはじめ、観客の期待度も高い。だからこそ柿澤ほどの俳優でさえ、作品の象徴的な楽曲を歌うことには大きな重圧がある。
柿澤:「時が来た」はとてもキャッチーなメロディですし、一度聞けば皆さんが口ずさめる。でも劇中では、あの曲を歌うまでに気持ちが積み重なっていくようになっているんです。冒頭、医者であり研究者でもあるジキルが精神病棟で無残な姿の父親と対面した時に、“自分が研究者として薬を開発して、性格を善と悪に分離させ、それをコントロールすることができれば父を救える”と考えます。
そしてそののち、自分を実験台にするということを決意します。その時に歌うのが「時が来た」。父への誓いの曲です。単純にいい曲だから歌っていて気持ちがいいという感じは僕には少しもありません。技術的にも音を外してはいけないし、声量をほかよりも上げなければならないといった課題も多い。毎回、大きなプレッシャーがあります。
「時が来た」は歌い手によって表現が異なるのも聴きどころだ。今回は柿澤のほか、ダブルキャストの佐藤隆紀のバージョンも楽しむことができる。二人はどんなジキルとハイドを演じるのだろうか。柿澤には自身がジキルとハイドのどちらに共感できるのかを尋ねてみた。
柿澤:どちらにも共感できますね(笑)。いい人でありつづけるのも辛いですし、かといってずっとひねくれていても疲れてしまいます。ただ、正直ではいたいですよね。『ジキル&ハイド』でいえば、前回は演じ分けることや歌を歌うことに注力していて、そこに100%の気持ちで臨んでいたので、その先には進めなかったという悔しさがあります。
次に挑むのは何か、と考えたときに大切にするべきなのは、“何が善で、何が悪なのかということが『ジキル&ハイド』には描かれている”ということ。殺人を犯しているから、“ハイド=悪”ということはわかりやすいのですが、無差別に殺すというのではなく、自分の研究を邪魔した人たちを殺してしまうというストーリーです。暮らしていくのも大変な人が多い中で権力者たちはいい生活をしていて、それを裁くことはひょっとしたら悪ではないのではないか……。そうした物語自体の深いところに、僕自身も到達できたらと思っています。


柿澤が語る言葉には、考え抜かれた答えというよりも、その瞬間に浮かんだ思いがそのまま宿っている。できなかったこと、やろうとしたこと、できたこと、そしてこれから目指すこと。そこには飾らない、ありのままの気持ちがある。「正直でいたい」と語る彼の姿勢は、言葉の端々から静かに伝わってくる。再演となる『ジキル&ハイド』においても、柿澤勇人の演技と歌は、善と悪という二項対立を超え、物語の本質へと観客を導いてくれるに違いない。
柿澤勇人(かきざわ・はやと)
神奈川県出身。2007年、劇団四季『ジーザス・クライスト=スーパースター』でデビュー。第49回菊田一夫演劇賞、第31回読売演劇大賞優秀男優賞を受賞。近年の主な出演作に、【舞台】『ボニー&クライド』『ハムレット』『オデッサ』、【映画】『トリツカレ男』(声の出演)、【ドラマ】『不適切にもほどがある!』『ライオンの隠れ家』(TBS)、『新東京水上警察』『全領域異常解決室』(CX)など。現在放送中のTBSドラマストリーム『終のひと』では主人公・嗣江を好演している。7月開幕の『ディア・エヴァン・ハンセン』でも主演を務める。「Sky presents 柿澤勇人のカキノキ坂ラジオ」がABCラジオ、TBSラジオにて好評O.A中。ウエンツ瑛士・木南晴夏とのユニット『カキンツハルカ』としても活動中。趣味はサウナと芋焼酎。
ミュージカル『ジキル&ハイド』
原作:R.L.スティーヴンソン
音楽:フランク・ワイルドホーン
脚本・詞:レスリー・ブリカッス
演出:山田和也
上演台本・詞:高平哲郎
<東京公演>
会場:東京国際フォーラム ホールC
公演日時:2026年3月15日(日)〜29日(日)
<大阪公演>
会場:梅田芸術劇場メインホール
公演日時:2026年4月3日(金)〜6日(月)
<福岡公演>
会場:福岡市民ホール 大ホール
公演日時:4月11日(土)〜12日(日)
<愛知公演>
会場:愛知県芸術劇場 大ホール
公演日時:2026年4月18日(土)〜19日(日)
<山形公演>
会場:やまぎん県民ホール
公演日時:2026年4月18日(土)〜19日(日)
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